5 僧侶と大トカゲ
顔面が縦に避け、前倒れに地面に沈む大リザードマン。
ドスンッ、と大地を揺らす振動と音を鳴らし、生命がそこで絶えたのか魔素は分解され、宙に霧散していく。
巨大なリザードマンを仕留め、その後ろに控えていたリザードマン達も次々と倒していき、始まった闘いがあっという間に終わりを迎えていると武志は感じていた。
しかし、減っていく敵の気配とは裏腹に構えを解くことができない大きな殺気が、村の奥にまだ一つ。
何があるのかと、構える武志。
その何かを目掛け躊躇うことなく突っ込んでいく、ノール。
残るリザードマン達へ攻撃を仕掛けつつ、突っ込むノールを支援するために追いかけるミュレットとアースカ。
「魔素に取り込まれぬ自信がおありならば、この先は纏って行った方がよろしいかもしれませんな?」
三人に遅れぬようにと踏み出そうとする武志の横に、すっとヴィンドが近づく。
「何が待ち受けてるかわからないが、ヴィンドさん達は問題ないのか? この先に進んでも」
すぐ横にいる老人、そして先行する三人に向けて視線を送る武志。
ふむ、とヴィンドは頷いて先行する三人を指差す。
「ミュレットは魔法使いと呼ばれる、魔素をある法に則り扱えるものです。まだ未熟ではありますが。アースカは生まれもった資質として魔素の取り扱いに長けている。この国では魔素を取り扱うこと自体は、そう珍しくも無いのですが、アースカのように武器として扱うのは魔法使い以外では稀です」
自分の意識や同級生の意識を乗っ取り惑わしてきた魔素が、取り扱われることが珍しくもないと言われ武志は驚いた。
こんなものが身近にあり続ける暮らしというものの恐怖をあまり考えたくはない。
「そして、ノール王子。あの方はミュレットやアースカと違い、全く魔素を扱うことが出来ません。数千人に一人の確率で生まれる、無能と罵られる忌み子です」
忌み子。
そう口にするヴィンドは目を細める。
説明する老人自身、その言葉をあまり口にしたくないのだろう。
「魔素を扱うことが出来ない分、魔素の影響を受けることもあまりありません。この村の様に魔素が溢れ渦巻いてる地に立っていても、何の防護策無しで居てられるでしょう」
「ん、ちょっと待ってくれ。だとすると、あの怪力っぷり、魔素とかそういう補助なしの純粋な筋力によるものかよ」
「ええ、あの力は魔素を扱えない王子が努力して身に付けたものです。忌み子として王家から排除されそうになった御自身を、御自身の力で守りなさった──と、その話は後にしましょうか。長々と話していては置いていかれます故」
では、とヴィンドが武志に促すように視線を送る。
わかったよ、と武志は魔素を身体に纏わりつかせていく。
「変身」
小さくそう一言言うと、武志の全身は黒鉄の皮膚を纏った。
岩を荒削りしたようなゴツゴツとした鋭利さを一度生んだあと、それは徐々に流線型の丸みを帯びたフォルムへと変化していく。
頭部だけは荒々しさを残したまま、兜のような勇ましさと刺々しい角を作り上げた。
武志がその自分の姿を鏡で見たときに、鬼だと受け止めたことが強く影響を残している。
一角の、黒鉄の鬼。
「ほぉ、なるほど」
武志のその姿に何かしらの納得があったのか、ヴィンドは小さく数度頷いた。
「それで、この先に何が待ち構えてるっていうんだ?」
「まぁ、それは見ればわかりますが。トカゲを生み出す《魔素溜まり》からは、よく現れるのですよ。トカゲ繋がりなのかはわかりませんが──」
話ながらヴィンドは、老人とは思えぬ速度で前進しだした。
先行する三人に遅れを取るとは到底思えぬ速度に、武志は遅れまいとついていく。
矢を刺されたリザードマン、炎に焼かれたリザードマン、次々と命絶え魔素として散り宙へと溶けていく。
斬撃の跡が見当たらないのは、ノールが一直線に突っ走っている証拠なのだろう。
先行する三人の姿が見えてきたところで、待ち構えている何かの正体がわかった。
魔素渦巻く森の中、廃墟となった村の潰された廃屋の上に構える、巨大で異形な緑のトカゲが一匹。
いや、トカゲなんてものではない。
背中に大きく生えた、その巨体を空に飛ばす為の翼。
人など容易く飲み込むことのできる大きく開けた口から見える、炎の塊。
巨岩と見間違うほどの巨大で硬い皮膚、村を引き裂き崩壊させただろう鋭利な爪。
「──ドラゴン、厄介な相手です」
ヴィンドはそう告げると、遅れを取り戻すように先行していた三人を横切りドラゴンの足下へと駆け抜けた。
前傾で地面に伏っするほどの低い姿勢、手に持つ杖を構える。
杖の先端が抜ける仕組みになっていて、持ち手となって杖の中から銀閃を抜き出す。
仕込み刀。
大リザードマンより硬い皮膚を、水平に薙ぎ払う銀閃が切り裂く。
「オイ、僧侶って何だよ、ジィさん」
先行していた三人とドラゴンの睨み合いを無視するような開幕の合図。
森を揺らすほどの咆哮をドラゴンがあげた。
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