7 踏みつける巨足と黒鉄の鎧
顔面を殴られ、ドラゴンの口から出た火炎放射が荒れ狂う。
荒れ果てた村の残骸を焼き尽くす炎。
そして、瓦礫の上に横たわるノールにも火炎放射が襲いゆく。
痺れたままの右半身、それを庇うようにノールは左側へと転がる。
転がった先に、手放した大剣が落ちていてノールはそれを掴むと、剣先を縦にしテコの要領で大剣を支えに身体を起こす。
のんびりと起き上がっていくノールに火炎放射は容赦無く襲いかかる。
人のサイズなど簡単に飲み込めるほどの大きな火炎の放射。
ノールのことも全身を丸々と焼き尽くそうと包んでいく。
「ノールっ!? クソっ、止められなかったか」
ジャンピングパンチをぶち当てた武志は、反動で空中へ浮き上がっていた。
ゆっくりと落下していく中、燃えていくノールの姿を見ていた。
「余所見は禁物ですぞ、タケシ殿!」
ヴィントの注意に武志はハッと驚く。
ゆっくりと落下、ゆっくりと燃える、そんな遅い速度に油断があった。
その反省を、迫り来るドラゴンの爪先に抱く。
初撃の前足の動きとは比べ物にならぬ、急速の一撃。
ヴィントに斬られたはずの傷がいつの間にか癒えた左足が武志を襲う。
さながら、ぶち当たる巨大な壁。
空中で身動き取れぬ武志の身体に襲いかかる衝撃は、隙間ない平面の衝撃。
「……バカ! 油断してんじゃないわよ!」
大の字で吹っ飛ばされる武志。
ミュレットは文句を言いながら、杖を回転させ先端の水晶から炎を呼び出すと、追撃を狙うドラゴンの左足へぶつけた。
武志のことを下から突き上げた左足の軌道を、更に押し上げて振り下ろしのタイミングをズラす。
浮かび上がった前左足にドラゴンがバランスを崩す期待は僅かにあったが、そこまで上手くは行かない。
タイミングはズレた、しかし未だ上げた足を振りおろせば武志を踏みつけられる距離。
巨体ゆえのリーチ。
大の字に身体を開いたまま落下する武志。
枯れ草が燃える地面に叩きつけられる。
「ミュレット、小さい炎じゃダメだ。大きいのを一発、練ることは出来るか?」
「団子みたいに言わないで。ん、と……やってみるから時間稼ぎをお願い、アースカ」
了解、とアースカは答え、弓矢を力強く弾いた。
振り下ろし始めたドラゴンの左足へ数本、矢を突き刺しその勢いを弱める。
弱める、がそれが制止にまで到達することはなく武志を踏みつけようとする足は降ろされる。
空気を踏みつけ、空気を歪ませていく。
仰向けに倒れる武志に襲いかかるは、足そのものだけではなく空気の圧ものしかかる。
「ちょっ、バカ! とっとと逃げなさいよ、アンタっ!!」
怒鳴るミュレット、しかし武志はそれに反応出来ずにいた。
地に張り付けられたように身動き取れぬ武志は、迫り来るドラゴンの足裏をじっと見ていた。
潰される予感よりも、魔素で形成された黒鉄の鎧が耐えてくれるものだと実感があった。
村の地面を砕き抉る、ドラゴンの踏みつけ。
大地が大きく揺れる。
「ちょっ……」
地面に倒れたままの武志が危機を抜け出す様は見えなかった。
ミュレットの視界には、ドラゴンに踏み潰される様子が鮮明に見えた。
先程会ったばかりとはいえ、同行人があっさりと踏み潰されてしまうというのは気持ちのいいものでは決してない。
ノールとヴィントが何を期待していたのかわからないが、謎の流浪人を魔素に飲み込まれた村になど連れてくるものではなかったのだ。
ミュレットの動揺が杖に練られていた炎に直に伝わる。
徐々に大きくなりつつあった炎が揺らいでいく。
「集中しろ、ミュレット。彼なら大丈夫だ」
アースカがミュレットを落ち着かせる為に静かに告げる。
それと同時に地にめり込んでいたドラゴンの左足が僅かに浮き始める。
足裏を両手で持ち上げて、まるで地から生えた植物のように武志が姿を現す。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
再びの咆哮。
ドラゴンの左半身が浮かび上がるほどの力で、武志は押し返す。
「豪快っ!」
バランスを崩すドラゴンの右足へと駆ける一つの影。
炎に焼かれた跡など微塵も無く、大剣を振り上げるノール。
迫る巨大な足、それは大木などではなく、やはり壁であると思える。
それを剣でぶった切ろうなどというのは、豪快さなどを超えた狂気の沙汰。
ノールはその狂気を力の限り振り下ろした。
ぶしゅああああああっ!!
硬い皮膚を斬り、分厚い肉を斬り、血飛沫が飛び、魔素が散る。
巨大なグリーンドラゴンが苦悶の声を上げる。
身を、空気を、震わせる咆哮。
それに構うことなくノールは大剣を振り切った。
壁が、ドラゴンの右足が、斜めに走る銀閃にぶった斬られた。
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