3 小さな森と飲み込まれた村
二度目の自己紹介を始めようと武志が口を開いた瞬間、ヴィンドに手で制止される。
「すまないが、話は道中で」
そう言ってヴィンドは武志の背後に広がる草原の先へと指を差す。
それでいいのだろう、と続けてノールに問うとノールは、ああ、と頷く。
道中で、と言われてしまいついていくことが確定してしまったが、武志はそれも仕方ないかと了承した。
見知らぬ土地に突然放り出されたので、結局誰かに頼るのであれば僅かでも交流を持てた人達がいることは手っ取り早かったし、ノールには助けてもらった礼が、ミュレットには意思疎通出来るようにしてもらった礼もある。
恩を受けて何も返さずさようなら、というわけには行かないだろう。
一面の草原を越えた先には、背の高い木々がぽつぽつと並ぶ小さな森と呼べる場所に辿り着く。
そこまでの道中で、現在地がマークリウス王国と呼ばれる国の南方だと教えられる。
ノール一行の目的地は、その小さな森の中にある村らしい。
「これから向かう村は、魔素に飲み込まれてしまっておる」
気を引き締めろという意味合いで告げるヴィンドに、武志は首をかしげる。
「マ、ソ?」
この国独特の何かかと思ったが、どうやら頭では魔素と漢字に変換できてるあたり、思い当たるものらしい。
しかしながら、全くピンと来るものは無い。
疑問を口にする武志に、ヴィンドは、ふむ、と眉をひそめ、前を歩いていたミュレットが振り返り目を丸くしていた。
「ア、アンタ、魔素を知らないって言うの?」
武志の胸の高さから突き上げるように見つめる好奇な青い瞳。
知らないことを馬鹿にしてるわけではなく、知らないということを珍しく、そして、貴重に思ってる瞳。
「先程リザードマンとの一戦で、纏っていたアレのことだが、呼び方を知らないのか? それとも別の呼び方が?」
ミュレットと同じく前方を進むノールも振り向き、武志に質問を投げかける。
王子、と呼ばれていた気がしたがその甲冑と大剣から一行の先陣を切る役らしい。
武装よりも、もしかしたら性格によるものかもしれないが。
武志は変身する際に、自分に纏うものに名称を付けてないことに今更ながら気づいた。
まとわりつく何か、得たいの知れないものを得たいの知れないままに取り扱っていた。
「名前、考えたこともなかったな」
「何、アンタ、魔素を纏うの? 正気!? よくそれで飲み込まれずにいるわね? もしかして、スッゴい魔法使いなの?」
ミュレットの問いに、他の面々も期待の表情を武志に向けるが、武志は慌てて首を横に振る。
「魔法使いなんて、とんでもない。使うっていうか、まともに操れてるのかどうかも怪しいとこなんだよ、実際」
「だとしたら、飲み込まれずにいたのは運が良かったから、飲み込まれるのも時間の問題という可能性もあるのかな」
アースカが片手で顎を触りながらポツリと呟く。
思案してる時のクセのようだ。
「さっきから言う、その魔素に飲み込まれるというのはどういう状態なんだ?」
武志の問いに、一行は揃って目的他のある森の奥へと視線を向ける。
「百聞は一見にしかず、という。これも何かの縁、知らぬままではタケシ殿も不味いことになります故、このまま同行願いましょうか」
ここまでついてきて今更と武志は思ったが、もしかしたら先程リザードマンから助けてくれたように、草原に一人放置するつもりは無かったのだろうか。
道すがらを同行するが、魔素がどうこうの厄介ごとには巻き込む気は無かったのかもしれない。
どこまで守ってくれるんだよ。
「よくわかってない上で言わせてもらうけど、そこまで過保護に扱わなくてもいい。さっきの戦いでわかったと思うけど、俺だって戦えるんだ。恩を返すために協力だってするつもりだ」
シャドーボクシングのように拳を二振り、戦う意思を武志は見せる。
そういうことじゃない、とミュレットは呆れた顔をするが、その横でノールは、わかった、と頷いてみせた。
小さな森を一行は進む。
一見何の変哲もない木々が並ぶ場所であったが、数分間進むうちに違和感が生まれてくる。
何処か見知らぬ国の見知らぬ森の中とはいえ、森の音──鳥や虫の音が一切聞こえず、ましてや風に揺れる葉が擦れる音すらしないのには、不穏な空気を感じざるを得ない。
武志を含め一行は警戒態勢を崩さぬまま、どんどん目的地へと近づいていく。
「着きましたな。では──」
村の入り口、ボロボロに崩れた木製の門が見えてきたところで、ヴィンドが今回の作戦を提案しようと口を開いたところで──。
ブォンッ!
一行の間を巨大な何かが通りすぎ、後方の木々を薙ぎ倒していく。
「早速、お出ましだな」
先陣を切る役。
ノールはそう言うとヴィンドの作戦を聞くことなく突っ込んでいく。
重たい全身甲冑などものともしない疾走。
迎え撃つは、門より遥かに大きなリザードマン。
4メートルほどありそうな巨体、その片手に半身ほどある大きな斧。
投げてきたのはそれか、と武志も警戒しながらノールの後を追いかけた。
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