2 自己紹介と無い国ニホン

 この場合の自己紹介というものは名字も名乗るものなのかな、と悩みながら武志は名乗る。


「俺は武志。本庄武志」


「タケシ? ホンジョーって言うのは家の名前? それとも、アンタの国の身分のこと?」


 ミュレットはタケシとホンジョーを繰り返し発音する。

 どうやら、何かしらの力で言葉が通じるようになったとしてもその二つは聞き慣れないものらしい。


「あ、えっと、本庄は家の名前、ってことになるんだけど、その貴族とか階級とかそういうのとは違くて」


「平家の出か? それとも貴族制が無い国の出か?」


 武志とミュレットが話していることで言葉が通じるようになったと判別した甲冑の騎士──ノールも近寄って会話に加わってくる。

 先程まで武志には旋律のように聴こえていた音は、言葉として認識できるや重低音の響く音に変わる。


「いや、貴族制・・・・・・一応あんのか、いや、無いのか、やっぱ。よくわかんないけど、家の出が重要視されるのって金持ちとか上級家庭とか遠い世界の話だから、えっとその、アレ、やっぱ貴族制なのか、日本って」


 身近な日常には他人の家の出自など気にする習慣はないのだけれど、それによる贔屓や迫害が無いとも言い切れないのは知っている。

 過去の事件やドラマや創作物、現実感は無いもののあるにはあるよね、という制度。

 武志がもっと大人になって社会に出ればより近い認識になるのかもしれないが 、今の武志にはわからなかった。


「アンタ、自分の国のこともわからないの? もしかして、記憶障害とか? ニホン?、とか知らない国の話してるし」


「オイ、ミュレット。自分の知識だけでそこまで決めつけて話すな。ニホンという国があって、そこの国の文化が複雑なのかも知れないだろう?」


「いや、だけどさノール、この大陸にはニホンなんて国は無いよ。ヴィンド爺が地図で教えてくれた中にそんな国はなかったし」


「なぁ、ミュレット。その地図ももう何年も前の地図だってヴィンド爺が説明していただろう? 地図が出来てから生まれた国もあれば潰れた国もある。そもそも調査隊が確認しきれなかった国の可能性もあるんだぞ──」


 だけどさ、と再びミュレットが反論し始めていつの間にやら武志のことをそっちのけで、ミュレットとノールの二人の口論が始まる。

 妹と兄、二人の口論ぶりに武志は自分と直美の姿を被せてしまう。

 ミュレットとノールの関係性はわからないが、喧嘩するほど仲が良いという言葉が頭に浮かぶ。

 それにしても。

 それにしても、さらっと日本がこの大陸には無いと言われてしまった。

 武志は薄々とは考えていたのだが、その情報を提示されてしまっては、やはりそうなのかと納得せざるを得なかった。

 甲冑の騎士に耳長オレンジ髪の少女。

 トカゲ人間は、日本でも似たようなものと相対していたので何とも判別しにくいが、出会った二人だけでも現実感の無さ、フィクションの世界、ファンタジーの世界だとわかる。

 何処に飛ばされたんだよ、俺は。


「なぁ──」


 問おうと声をかけるもミュレットとノールは、ニホンという国の存在の可能性についての口論に熱が入っていた。

 ヴィンド爺という人物に教えてもらった恩義からか、頑なに地図の情報を絶対とするミュレット。

 あらゆる可能性を信じて、未知の国へ期待を乗せてるようなノール。

 有るとも無いとも言い難く、どう制止すればいいのかと困惑する武志。


「止めなさい、お二人共!」


 理路整然と反論するノールに対して、いよいよ語彙が無くなってきたミュレットがだんだん口悪くなっていき始めたタイミングでしわがれた声が割って入る。

 指揮者のような燕尾服に似た服、オールバックにした白髪を後ろで束ね、支えというよりもアクセサリーのように持つ杖。


「そちらの方がお困りの様子。お二人が口論してる場合ではないのでは? ノール様はもう少し譲歩の精神を。ミュレットは未来の王に対してもっと敬意を、王にバカと言うのは止めなさいとあれほど申し上げたでしょう?」


 現れた老紳士にミュレットとノールは振り向き、お互い気まずそうな顔をして謝った。

 その様子を老紳士の横に立つ緑髪の青年が見て、笑いを堪えている。

 緑髪の青年は老紳士より背が高く、背中に弓と矢を背負っていて立ち振舞いからして護衛役のようだ。


「旅人さんですかな? 私はヴィンド。このノール王子に仕えるしがない僧侶です。隣に立つのはこの老体を護衛してくれる弓使いのアースカ」


「アースカだ。ノール王子の命でヴィンド爺の護衛を任されてる。ノール王子が何分勝手気ままに突っ込みたがるんでな、後衛を護る責を担ってるんだ」


 ノールが、オイッ、と抗議するもミュレットが、そうだそうだ勝手にまたやってたし、と追撃する。

 あのなぁ、とノールが弁明を口にしようしたところヴィンドの視線がクイッと武志に向けられて打ち切られた。

 今はこの方の話を聞こうじゃないか。


「え、ああ、これって、もう一回自己紹介する感じ?」


 僧侶だ弓使いだ、ファンタジー大集合の装いに武志は困惑しきりだった。 

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