1 見知らぬ土地と駆け寄る少女

 一面草原という見晴らしの良い場所で行われた乱闘劇。

 武志と甲冑の騎士は、二人を取り囲んでいたトカゲ人間の群れを一掃していた。

 殴られ蹴られ、斬り殺されたトカゲ人間達は生き絶えるとその身体は紫の煙へと変貌し宙へ溶けていく。


「これは・・・・・・何処かで操ってるヤツでもいるのか?」


 以前見た似たような死体の状況に、武志は“本体”の存在を警戒するが甲冑の騎士はすっかり戦闘終了だと言わんばかりに構えを解いていた。

 辺りに気を張る武志に向かってまた何事かを喋っているが、それを武志は言葉として把握できないままだった。

 しかし、何とはなしに言いたいことはわからなくもなかった。

 もう安心だ、とか、もう終わったぞ、とか、戦いの終わりを昂る新兵に諭すもの言い 。


「・・・・・・わかったよ」


 言葉は通じないとしても、何も返事しないわけにもいかず武志は頷くジェスチャーも添えて、構えを、変身を解いた。

 身体を包む黒鉄が肌に溶け込むように消えていく。


 さて、この後はどうしたものか?

 目が覚めれば見知らぬ土地、言葉の通じない甲冑騎士、見馴れぬ怪物。

 どうもこの状況に陥る直前の記憶がぼやけていて、武志はここにいる理由がわからなかった。

 何かがあってここに飛ばされた、という普通なら信じがたい話もここ最近の出来事からするとあり得るから、それは前提として話を考えるしかない。

 しかし、何があったのかはハッキリと思い出せない。

 ならば、状況確認と情報収集に動くしかないのだけれど、見知らぬ土地で言葉も通じないとあれば何から始めればいいのかもすぐに思いつかない。

 武志は生まれてこの方、海外経験が無かったのでその基本行動や作法なんていうのもわからなかった。


「国内旅行だって、数少ない経験なんだぜ」


 思考から漏れて愚痴が溢れる。

 武志の呟きに甲冑の騎士が、何だ?、と言わんばかりに顔を覗いてくるが、何でもない、と手を振り応えた。

 大男に見下ろされて威圧感が凄い。

 ジェスチャーはなんとか伝わるようで、甲冑の騎士は納得したように頷く。

 それから──何故か地面に突き刺した大剣を拳で叩き出した。

 強度を確認してる訳ではなく、ゴォンゴォンと響かせる音を誰かに伝えようとしているようだ。

 信号か、狼煙のような使い方なのだろうか、それとも勝利を称える戦闘民族的な風習か。

 剣の扱い方として正しいのか?、と武志は疑問に思ったが異文化なのだろうと無理矢理な納得をした。


 音に反応してか、草原の奥、随分と遠い場所に人影がいくつか見えた。

 向かってくる人影にトカゲ人間の増援の可能性も考えたが、大きく掲げた手を振る素振りは武志もよく見た人間のそれだ。

 知り合いの姿を見つけてここだよと伝えるジェスチャー。

 甲冑の騎士の表情を見るに、笑みを浮かべてるように感じたので武志はどうやら味方だと理解した。


 見える人影の数は少しずつ増え、その中から一人、小柄な人影が駆けてくる。

 雑多に育った草を踏みしめて駆け寄る、赤に近いオレンジ髪の少女。

 眉にかかる前髪、肩まで伸びたクセ毛。

 武志の中のファッション用語にあるユルフワと揶揄するには、乱暴さが目立つクセっぷり。

 光に反射して輝く青い瞳は、強めの印象を与えるくっきりとした形をしていて、目鼻立ちから輪郭までそれを踏襲したようにスッキリとしている。

 背丈は低いものの、顔立ちには幼さは滲んでいなかった。

 背丈は低いものの、耳の上部先端が尖っていて特徴的だった。

 背丈は低いものの──


 甲冑の騎士に向かって駆け寄って来ていた少女が、キッと武志を睨む。

 背丈については触れるなと、心を読まれたような気がして武志は恐縮した。

 武志に一睨み効かせると、少女は次に甲冑の騎士に向かって何やら怒声を浴びせる。

 武志には何を言ってるかわからないが、どうやら注意をしているようだ。

 甲冑の騎士は頬を掻きながら少女の注意を聞いていたが、少しずつ合間に状況を説明してるようだった。

 反論というか言い訳を含んでいるのだろう。

 甲冑の騎士の説明に納得はしていないものの、少女は状況を理解して続きは後だとでも言ったのか一言強めに言葉を放ち、息を吐いて武志に振り向いた。


 少女が手のひらを武志に向ける、じっとしとけ、とでも言いたげな制止。

 何をするのかわからないのだが、素直に聞いておくしかないので武志はじっと待ち構えた。

 少女が武志の間近まで歩み寄ると、武志のこめかみ近くまで手を伸ばした。

 目と鼻の先まで近寄る少女から、良い香りがして武志は僅かに緊張して身を固くした。

 ワンピースの様な軽装の服が擦れる音が聞こえる。

 少女は伸ばし手で、ネジを巻くような動作を取った。

 絞めるわけではなく、ラジオのアンテナを調整するように前後に捻る。


「な、何をしてるんだ? って、え?」


「言語の認識能力を弄ってたの。ほら、私の言葉、わかるようになったでしょ?」


 武志が自分の口から発せられたいつもとは違う聞き慣れない音に驚いていると、少女は出来たと達成感に満ちた顔をしている。


「私はミュレット。あっちの騎士はノール。アンタは?」


 警戒心は含むものの単純な自己紹介。

 武志は意思疎通出来ることに安堵した。

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