15 駆けつけるバイクと一時帰宅

 司馬の後始末が一段落着いた頃、一台のバイクが荒れた駐車場にやってきた。

 聞き慣れたエンジン音に武志は、T125

だと車種を特定し、それを運転する人物が誰かもすぐに理解した。


叔父おやっさん!」


「やっぱり武志か!? どうなってるのか、事情は後で聞く。とにかくマスコミに嗅ぎ付けられる前にここを離れるぞ、乗れ!」


 白を基調に赤いラインの入ったバイクに跨がる黒のライダースーツ。

 フルフェイスから僅かに見える刀兵衛の視線は辺りの様子を伺っていて、後ろに乗れと親指で差して武志を呼ぶ。


「君は・・・・・・司馬君、だったか。司馬君はどうする?」


 駐車場の照明と月明かり、司馬はそれらを避けるように影の中で刀兵衛のことをじっと見ていた。

 その視線に気づき刀兵衛は、保護者会の連絡網で知った生徒達の顔を頭の中で照合する。


「オレは・・・・・・この病院を離れるわけにはいきません。見つからないようにして、病室に戻ります」


 それは刀兵衛への返事であり、武志への改めての挨拶だった。

 武志が無言で頷き返してるのを見て、刀兵衛はわかったと言葉を返した。


叔父おやっさん、何処へ行くんだ?」


 刀兵衛の後ろに跨がる武志。

 馴染み深いバイクではあるものの、こうして後ろに乗るのは随分と久しぶりのことだ。

 刀兵衛の娘である直美が大きくなってからは、三人での移動が増えたので車に乗ることが多かった。

 込み上げてくる懐かしさと、思い出せる特訓という名のサバイバル。

 いつか役に立つと叩き込まれた山篭もり、その現地までの送り迎えのことが頭に過る。


「まずは、そのボロボロになっちまった服の替えを取りに帰る。家で事情を聞いてからその後の予定を決める気だが、必要ならば身を隠す為にまた山篭もりになるかもな」


 いつか必要になる、というのがこのタイミングなのかと、武志は苦笑いを浮かべた。

 こんなことを想定してたとすると刀兵衛は相当奇抜な想像力の持ち主なのかもしれないが、たまたまなのか、元刑事の感か。

 それとも、何かの研究者である父親を家族の一員としたことへの警戒だったのだろうか。

 備えあれば憂いなし。

 頭の隅には必ず置いておけよと刀兵衛に言われた言葉。


「・・・・・・何処か気になる場所でもあるのか?」


「ああ。バスの事故現場、あの山道の下で、司馬は父さんと姉さんに会ったって言うんだ」


「何だって? そいつは本当か!?」


 武志の言葉に刀兵衛は司馬の姿を探すが、司馬は既に音もなく姿を消していた。

 宣言通り病室へと帰っていったのだろう。

 その情報を先に聞いていたら刀兵衛は司馬を問い詰めていたのだが、今から追いかけていくわけにもいかない。


 刀兵衛はバイクを走り出させた。

 遠くの方からサイレンの音が聞こえる。

 司馬が病院内の人間を気絶させる前に通報があったのだろう。

 マスコミへのタレコミ、もしくはマスコミ関係者が中に潜入してた可能性もある。

 あっという間に大騒ぎになるだろう。

 患者や院内の人間への対処は僅かながらに司馬がしたとはいえ、病院や駐車場の派手に破損した部分の修復は出来てはいない。

 あからさまな異常を、わかりやすく残してしまってる形だ。


 刀兵衛はなるべく対向車すら来ない道を選んでバイクを走らせていく。

 ボロボロに破れた服を着た少年とのニケツなんて目撃されたら一発で情報拡散対象だ。

 少しばかり荒く、法スレスレ、いやライン越えの運転になろうとも今は目撃されないということを優先し、かつ、早急の到着が望まれる。


 気を抜いたら振り落とされる、という危機感は武志にとって馴染み深いものだった。

 それは小中の身体の出来上がっていない少年期だから感じるものかと思っていたが、身体を鍛え上げた今でさえ思わされるのだから冷や汗ものだ。

 刀兵衛の腰に回した手をがっしりと組んで掴む。

 フルフェイスのマスク越しに聞こえる、風が猛スピードで流れていく音。

 荒々しいエンジン音と共に速度が増すほど、洗練されていき心地好いものへと変わっていく。

 夜の街、街灯や建物から漏れる明かりが流れて流線を描き綺麗だ、などと楽しんでいたのも束の間、度重なる左右のGに景色を楽しんでる場合じゃないぞと告げられる。

 脳を揺さぶられる具合で言えば、つい先ほどまで闘っていた司馬の音波といい勝負だ。


 家に辿り着いた時に、果たして起きた物事を上手く説明出来るだろうか。

 それ以前に辿り着いた瞬間に気を失い倒れてしまうんじゃないか、と武志はバイクが走る道が補整された道路では無くなっていくのを見てだんだんと不安になってきていた。


「口は閉じとけよ、舌噛むぞ」


 轟音で過ぎていく風の音に紛れて刀兵衛の声が聞こえた。

 命懸けで友を説得した後に、こうして命の危機に晒されることになるとは。

 武志は辟易しながら、なるがままよ、と身を委ねた。

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