10 蠢く患者と傷つかない身体
四肢を何処かしらあり得ない方向に曲げながら、操られた患者たちが駆けてくる。
足の使えない者は這いずって手を異常な早さで動かして迫り来る。
アスファルトを叩きつけるように引っ掻き身を進めていく。
その際に、指の爪が剥がれようが骨折しようがお構いなしだ。
痛みなどに怯むことなく武志に向かって突き進む。
「やめろ、司馬! 無関係の人を巻き込むな!!」
「無関係? だったらオレは何の関係でこんな姿にされたってんだ! アアッ!?」
激昂する司馬。
脳に響く音波。
「ぐっ、」
武志は耳を押さえて音波を聞かないようにするが、そんなことで対抗できるものではなかった。
そもそも武志の顔面も黒鉄が覆っているのだろうから、押さえた耳の部分は最早生身の部分ではなかった。
つまり──。
「黒鉄を通り越して聞こえるぐらい聴力が良くなってるのか、司馬の音波が聴力関係無いのかどっちだ!?」
誰に問うわけでもなく、頭の整理がつかなくて考えを言葉にした。
どちらにしても耳を塞ぐことが音波対策にはならない、ということだけはわかった。
それが、わかったからには。
「わー、わー、わー、わー、わー、わー」
「とち狂ったか、本庄!?」
武志は大声を上げて司馬へと駆け出した。
自分の声で音波を打ち消そうという作戦。
「そんなもので、欠き消せるかぁ!!」
より激昂し両手──両翼を大きく広げる司馬。
夜空に向けた口から音波が放たれて、空気を振動で歪ませてるのが見える。
より大きく頭に響く音波が武志の視界を歪ませて、駆ける足がもつれそうになる。
「クソ、それ止めろ、司馬!」
あと何歩走れば司馬に届くのか。
その距離感すらあやふやになっていく。
歪む視界、響く音。
足がもつれて武志は転ぶ。
駐車場にうつ伏せに倒れる武志。
そこに音波に混じって人ならざる呻きが聞こえてくる。
何だ、と武志が思ったのも束の間、何かが倒れる武志に覆い被さってくる。
次から次へと、のし掛かってくる。
病院から抜け出した意識の無い患者たちが武志に覆い被さってきた。
一人や二人ではない、足音と呻きは十はくだらない数であると告げる。
重さはあれど、痛みはなかった。
全身が黒鉄に覆われた武志は、こんなことでは痛みを感じないらしい。
重さも払いのけれないと思うような重さではなかった。
何故だかわからないが、退かすのは簡単だとハッキリと理解している。
しかし、ここで強引に起き上がり覆い被さる患者たちを退かしていいものか。
頭の上から聞こえる呻きに混じり、ミシミシという音が聞こえる。
武志は重さに耐えれるが、重なった患者たちは重さに耐えれていないのだろう。
身体の軋む音が聞こえる。
強引に脱出するのも、このまま悩み続けるのも、無関係な患者たちを傷つけてしまう。
どうする、どうする、どうする?
「そのまま埋もれて死ね、本庄!」
押し潰されて死ぬわけないな、と武志は確信していたがこのまま患者の山の下にいたらいずれ空腹で餓死するとかはあり得るかもしれない。
そんな気の長い殺し方で気が済むのかと武志は疑問に思った。
司馬の激昂はそんなもので解消されるはずがない。
「俺をその手で殺さなくていいのか、司馬」
「ああっ!?」
「生憎だが、俺も変貌しちまったらしくてな。こんな人が上に乗っかったぐらいで痛くも痒くも無いんだよ。圧迫死みたいなことにはならなそうだぜ」
「ベラベラと喋る余裕があるってことは、あながち嘘じゃないみたいだな」
「そういうこと。だから、このままじゃ俺は死なないぜ」
わざわざ餓死の線は説明しなくてもいいかと、武志は思い強気な言葉を口にした。
「なら──」
狙いは挑発だ。
乗ってこい、司馬。
「退け、お前ら! 本庄を殺すのは、俺だ!!」
夜空に向けた咆哮が新たな音波を鳴らす。
呻き声を洩らす患者たちがのそのそと武志の身体から離れていく。
覆い被さる重みがゆっくりと軽くなっていくのを感じながら、アスファルトに手をついた武志は力を込める。
バサッと翼を羽ばたかせる音が聞こえる。
司馬は空へと飛び上がるつもりだ。
先程のドリルのような一撃をもう一度行う気か。
行かせるか、と武志は患者の重みが全て無くなった瞬間にアスファルトを叩いて身体を前方へと滑らせるように跳ね飛んだ。
超低空、地面スレスレの人間ロケット。
「な──」
一気に距離を詰めて、驚愕の声を上げる司馬の足を掴む武志。
人間ロケットの目的はタックルではなく、捕獲。
また上空に飛び上がられたら、闘うに闘えない。
「無関係な人を巻き込むってんなら、俺はお前を殴ってでも止めてやるぜ、司馬っ!」
掴んだ手に力を込めて、飛び上がろうとする司馬を引っ張る。
「このっ、離せ!」
掴まれてない方の足で武志を踏みつける司馬。
黒鉄の身体はそんなことでは傷つきもしない。
ゆっくりと起き上がり、司馬の顔へと手を伸ばす武志。
武志の手を払いのけようと、司馬は腕を動かすが大きくなった翼を折り曲げただけに過ぎず、まだ馴れない身体の動かし方に苛立つだけだった。
武志の手が、握り拳が司馬の顔面を捉え、強く殴りつけた。
「こんなこと止めるって言うなら、今だぞ司馬!」
「ぐっ、ば、馬鹿にするなっ!!」
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