9 亡き家族と超音波
「へ? う、うぉぉぉぉぉぉ!? なんだよ、コレ!」
身体を起こした武志の視界に黒鉄に包まれた手が映る。
アスファルトにぶつかった感触が構えてたよりも痛くなかったという困惑。
自分が落下しただろう場所のアスファルトが抉れて割れていた。
「え、え? どうなってんだよ、俺の身体!?」
常に平常心を忘れるべからず。
刀兵衛に幼き頃からそう叩き込まれていたのだが、あまりのことに落ち着きなど保っていられなかった。
黒鉄に包まれた手を触って感触を確かめようとするも、触る手も黒鉄に包まれているので冷たく硬いという程度のことしかわからないし、それも触ったものの感触なのか黒鉄の指先の感触なのか判断つかなかった。
ただ手は普段と変わらぬ感覚で動かせたので、見た目とは違い黒鉄は軽いのかもしれない。
かもしれないと武志が考えるのは、黒鉄が外装としてのものであるとした場合であり、体内から変質してしまっていた場合黒鉄をも軽く感じるほどの力が備わったとも想定できる。
自分の変化は一体どういったものなのか?
その疑問を武志の目の前で大きく変化した司馬へと向ける。
遥か上空、腕であった翼を広げ滞空する司馬。
月明かりに照らされた大蝙蝠。
見上げる武志と見下ろす司馬。
目が合うと同時に司馬が身体を捻った。
捻る身体を両翼が覆い、まるでドリルのような形状へと変貌する。
遥か上空、ドリルが夜空を舞い、武志を目掛け急落下。
「今度は何だよ!」
身構える武志。
超速落下の蝙蝠ドリル。
避けることもままならぬまま。
黒翼の先端が武志の胸に突き刺さる。
「チィッ!!」
舌打ちを打つのは、司馬。
武志の服を捻り巻き込み破いたドリルは、その内に潜む黒鉄に包まれた胸に僅かな孔を開けたのだが。
「は、離せ、本庄!」
「そっちからぶつかって来といてそれは無いぜ、司馬!」
開けた孔は驚くほどの速さで修復していく。
黒鉄がドリルの先端をも飲み込むように胸の孔を埋める。
「けど、お望み通り、ホラよ!」
武志は司馬の身体を抱え込むように掴むと、力任せに振り投げた。
錐揉みして飛ばされる司馬がアスファルトの上に転がる。
「とりあえずよ、司馬、一旦話できないかな?」
司馬と呼んでいるソレは最早同級生の司馬正弥の姿をしてはいなかった。
アスファルトに倒れるそれは人型を僅かに残した大蝙蝠であり、異形の生物だ。
「話? 何の話だよ?」
返ってきた声はいつもの司馬の声だったので、そこに安堵と違和感を抱く。
「お前が言ってるみたいにさ、俺は何か知ってるわけじゃないんだよ。俺だって何でこんなことになってるのかわからないし。何でそう考えたのかとか教えてくれないか?」
上着が破れ露になる黒鉄に包まれた武志の上半身。
手で顔を触れば、冷たく硬い感触がある。
司馬が蝙蝠に変身したのであれば、自分は何に変わったのだろうか?
黒鉄に変わる身体を触れども答えはわからなかった。
「お前・・・・・・バスが事故に遭ったあとのこと、覚えてないのか?」
翼で地面を叩き司馬が起き上がる。
「あとのこと?」
バスの天井に落下する司馬。
手を伸ばした武志。
手が届かなかったこと。
窓から飛び出していく瑠璃。
そこで意識は途切れて、次目を覚ましたのは病室だった。
「お前の、父親を名乗る男に会った」
「な──」
「そして、お前の姉貴にも会ったよ」
「そんな! 嘘を言うなよ、司馬! 俺の家族は十二年前に死んでんだよ!! 車の、転落事故で・・・・・・俺、以外は、皆・・・・・・」
言葉にして妙な感覚に囚われた。
父親、母親、姉。
車を運転中、山道での突然の転落事故。
後に武志だけは救助隊に助けられたが、他三名は見つかることなく捜索打ちきりとなった。
死んではいない、行方不明なだけだ。
そう思い込んでいたのは小学校を卒業するまでのことで、少しずつ家族の死を武志は受け入れつつあった。
夢で会えるのは姉だけだが、それは救いで呪いだった。
「朦朧した意識の中だけど、確かにそう言ったのは覚えてる。オレはお前の家庭事情知ってたから聞き返したしな、本当にそうなのかって」
「生きてるのか、父さんも姉さんも」
「そうだ、生きてる。そして、オレたちをこんな姿にしやがった!」
司馬が翼を大きく広げた。
そして、咆哮するように口も大きく開ける。
「ぐあっっ、」
耳をつんざく高音に武志は思わず耳を塞ぐが、手のガードを無視する音波が脳を揺さぶる。
「見ろよ、本庄! 聴けよ、本庄!! お前の家族によって化け物に変えられたオレの力は、ただ飛び上がるだけじゃぁない!!」
揺さぶられる脳。
三半規管が乱れて、吐き気と眩暈に襲われる。
震える身体、崩れゆく足。
地面に膝をつく武志。
響く高音に駐車場に停められていた車の窓ガラスが割れる。
バンッとパリンッが交互に聴こえ、破片が辺りに散らばる中で遠くからも聞こえる割れる音。
武志がその方向を向くと、自分が入院していた病院が見えて、自分が入室していた病室の窓ガラスのように他の部屋の窓ガラスが割れていくのが見えた。
音波で割れる窓ガラス、中から割られる窓ガラス。
飛び出してくる患者。
階層など無視して、飛び出して落下する患者たち。
落下した衝撃で手足は折れ、あり得ない方向に曲がっていたが、のそのそと立ち上がる患者たち。
「見ろよ、本庄! 聴けよ、本庄!! 怯えろよ、本庄!!! このオレの超音波は人間を操ることも出来るんだぜ、この化け物の力はよ!!!!」
さながらゾンビ映画のような光景に武志は息を飲んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます