11 まとわりつく殺意と砕く音波

 バサバサと司馬が翼をバタつかせる中、武志は司馬の左足を右腕で抱き込んで、左手で司馬の顔面を複数回殴りつけていた。

 利き手では無い方の不格好な姿勢によるパンチは本来大した力が入らないのだが、変貌による影響か一撃一撃が司馬の顔面を歪ませていく。


 人を破壊していく感覚は決して気持ちの良いものではない。

 歪んでいく司馬の、人ならざる顔を見るに武志は吐き気すら感じていた。

 しかし、殴る手は振りかぶることを止めない。

 無関係な人間を巻き込む司馬を止めるため、という建前すら振り切って暴力的な感覚が武志を囃し立てる。

 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ。

 それは自分の内から生まれた感情ではない。

 まとわりつく何か別のものから押しつけられるような意思。

 ああ、これは──。


「司馬ぁ、俺を蹴れ!!」


「ぐぅ、何を、言ってる、」


「いいから、思いっきり蹴れ!!」


「──言われなくても!!」


 司馬は掴まれてない足を振り上げる。

 もがく以外に意味の無かった翼の羽ばたきで身体に縦の回転を起こさせる。

 武志に掴まれた足を軸にしてそこに体重を乗せ、折れることも構わない。

 振り上げた足が武志の顔面を捉え顎を蹴り上げた。


 硬い黒鉄を蹴る。

 変貌した司馬の皮膚も人であるよりは硬くなっており、硬質なものがぶつかり合う音が鳴る。

 その音に紛れ、ゴキッと骨が折れる音。


 司馬は武志の掴みから逃れ、羽ばたき空へと飛ぶ。

 折られた左足をだらっと下げて、地面に倒れる武志を見下ろした。


「どういうつもりだ、本庄!」


 言われるがまま蹴ってみれば足を折られたのだ、納得のいくものではない。

 素直に従う自分にも腹が立つ。


「お前が俺を殺そうとする理由がわかったよ、司馬」


 まとわりつく何か別のものから押しつけられるような意思。

 武志は空を飛ぶ司馬に手を伸ばしそれが何かを確認する。

 あのバスの事故の中、助けようと伸ばした手。

 それが今は殺せと囁いてるのだ。


「この何だかわからない皮膚のせいだよ、司馬。俺達にまとわりつく、俺達を変貌させたこの何かが俺達を殺し合わせようとしてる」


 司馬に蹴れと頼んだのは、まだその殺意を囃し立てる意思を制御できないからだ。

 あのままだったら司馬を殴り殺していただろう。

 武志の意思とは無関係にきっちりと司馬の足を折ってしまった。


「この殺し合いは俺達の本意じゃない。俺はお前を殺したいなんて絶対思わないし、お前のそれは勘違いだってこと」


「・・・・・・足を折っておいて言うセリフかよ」


 仰向けに倒れる武志を見下ろす司馬。


「お前の言うことはわからなくもないよ、本庄。ふと冷静になるとさ、お前を殺したいという理由が薄いんだよな、確かに」


「わかってくれたか、司馬!」


「だけどよ、このわけのわかんない殺意はよ、お前を殺さないと治まらねぇんだよ。それだけはハッキリとわかってるんだ!」


 司馬が身体を翼で覆うようにして、空で身をねじる。

 人ではあり得ない、変貌した肉体の強靭な筋肉による異常な身体の捻りは反動で回転を生み出す。

 先程、黒鉄に僅かな孔を開けたドリル。


「わかってくれよ、司馬ぁ!」


 伸ばした手はまた届かないのか。

 武志は泣きそうになった。

 嘆いて司馬が止まってくれたなら、司馬が諦めてくれるならどれだけ良いか。

 でも泣いたって何も変わらない。

 泣くだけで掴めるものなんて無い。

 叔父おやっさんに幼い頃に言われたのを思い出す。

 父も母も姉も事故で失った幼い頃。

 毎日のように泣くしか出来なかった幼い頃。

 優しく厳しく諭された、教え。


 届かないなんて諦めるな。

 届けろ、その手を。

 殺す、なんて何かの意思に操られるな。

 司馬を止めれるのは誰だ?

 俺だ。

 そうだろ、本庄武志!

 立て、そして、闘え!

 司馬を救えるのは、お前だけだ!!


 武志は自分を奮い立たせて、起き上がった。

 硬くなった皮膚に当てられた蹴りのダメージは表面には無かった。

 しかし、起き上がってみるとわかるのだが顎を蹴りあげられたことにより揺さぶられた頭にはダメージがあったようで、足元がふらついていた。


 何とか構えを取って見上げると、司馬のドリルが急速落下で迫ってきていた。

 迫る脅威に、しかし武志は両手を広げ待ち構えた。

 一度受けた攻撃、しかも僅かな孔を開けられただけで黒鉄は直ぐに修復した。

 受け止めて、今度はしっかり掴まえてやる。


「馬鹿にするな、そうオレは言ったぞ、本庄っ!」


 超速回転するドリルから発せられる司馬の声。

 その声が空気を振動させる。

 振動し、震動し。

 待ち構える武志の身体も小刻みに揺れる。


「何だ!?」


「授業でよ、音波と振動について勉強しただろ? オレはそんなに頭の良い方じゃないからな、授業中はそういうもんかと理解は出来ずとも記憶はしたもんだよ」


 司馬の声と共に小刻みだった揺れが激しくなっていく。


「ぐっ、何だ、これ」


「指向性を持たせた音波を物体の周波数に合わせてぶつけると、だったか。上手く説明は出来やしないが、なんとなくわかっちまう」


 脳を揺さぶる高音波とは違う音の波が武志の身体を振動させる。

 上下に、左右に、前後に。

 身体が分裂しそうな、引き裂かれそうな強い振動。


 そこに、ドリルが突き刺さる。


 金属がぶつかり削られていく甲高い音がなり、武志の皮膚が剥がされていく。

 僅かな孔などではない。

 削られ砕かれていく黒鉄。


「周波数なんて手に取るようにわかるよな、何せお前もオレと同じ化けようだ!」


 司馬の翼に覆われた鋭利で硬質な足先、ドリルが武志の胸に突き刺さる。

 砕かれる黒鉄。

 飛び散る血飛沫。

 武志は襲いくる痛みに、苦痛の咆哮を上げた。

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