第9話地獄〜その2
地獄〜その2
正月休みくらい…その安易な考えが、どれほど間違った考えで有ったのかを、覚醒剤に依って腐れただれきった頭では考えることも出来なかった。
わずか0.1グラム…その僅かな結晶の煙を4日間…4回に分けて吸い込んだ。
眠れなかった…。
正月休みは2日目に終わり、3日目からは現場に出なければいけなかった。
休みの間だけ…自分の中で確立した言い訳…。
鉛を飲み込んだ様に重い身体を動かすには、覚醒剤を吸わなければいけない…。
誰にも気付かれず、何事もなかった様に仕事に出なければいけない。
その為には覚醒剤が必要だった。
言い訳の内容が変わった。
年末…体力の限界まで追い込み、仕事に全ての情熱を注いだ。
一日三、四時間の睡眠時間…それでも後に残るのは年相応の疲れと充実感…。
楽しいとさえ思えた自分がいた。
だと言うのに…たった四日間の薬物使用の果てに残ったのは、虚脱感以外の何者でも無かった。
そんな事は今までに何度も経験して分かりきっているはずなのに…
繰り返し覚醒剤に端を発する犯罪を犯し、その度に刑務所に入れられ、出所後また直ぐに覚醒剤を使用した。
自分が覚醒剤をやればどうなるのかを、嫌と言うほど知っているはずなのに…私は友人が置いて行った僅か0.1グラムの覚醒剤の結晶をさえ捨てることが出来なかった。
週末まで…次の週末が来たら、どこにも出掛けずひたすら寝よう…。
そう思いながら私は一本の電話をかけた。
自らの意志で覚醒剤を入手したのだ。
一万円で0.2グラム…使い捨ての注射器が1本…。
すぐさま家に帰り、ミネラルウォーターを使って注射器の中に押し込んだ覚醒剤の結晶を溶かした。
長年の薬物使用で細くなった血管は、注射針を中々受け付けてはくれなかった。
抜いては刺し、抜いては刺し、何度も繰り返し私の左右の腕は血だらけになった。
ようやく血管を突き抜けた針が、注射器の中に血液を送り込んだ。
私は震える指先で体の中に覚醒剤を注入した。
炙りでは得られないソフトなあたりが私を支配した。
途端に私はフラッシュバックを起こし、覚醒剤を使用した時に始まる「カタ」が現れ、最悪の精神状態へとなだれ込んだ。
キャッシュカードの中の僅かな貯蓄をすべて下ろし、何も考えず女を買いに行った。
二万円も有れば足りるはずの女遊びも、延長を繰り返し一瞬で五万円が消えた。
あまりの執拗さに女が嫌がったのか、これ以上の延長は出来ないと断られた。
別の店へ移動した。
果てることの無い性欲は、久しぶりの注射器による覚醒剤の使用で縮こまり切った逸物では満たすことが出来なかった。
夜も12時が過ぎ、風俗店は電気を消し、嫌というほど沸き上がる性欲を満たせないまま、私はインターネットカジノへと向かった。
その日の出勤時間の間際までかかり、私は刑務所から出て今日までやっとの思いで貯め込んだ僅かな貯蓄をすべて失った。
重い身体を引き摺るように家へ帰り、顔を洗い歯を磨いた。
鏡を見た。
目は落ち窪み、げっそりと痩せた私がいた。
立派な覚醒剤中毒者の疲れ果てた私がジッと私の顔を見つめていた。
一瞬仕事に行くのをやめようか…と思った。
だがしかし…勤め先の社長は昔からの友人…私の様子がおかしければすぐに覚醒剤の使用を疑うだろう。
二度と薬に手を出さないと言う私の言葉を信じ、仕事を与えてくれた大恩の有る親友だ。
バレたくはなかった。
仕事中はいつも掛けない眼鏡を掛け、マスクをして仕事に出かけた。
冬だと言うのに大量の汗をかき、薬物使用者丸出しだ…。
当然仕事になどならなかった。
ひどく落ち込んでいる自分がいた。
やめなきゃ…こんなことをいつまでも続けていたのでは、せっかくここまで築いて来た信用も、私を信じて向かい入れてくれた仕事の仲間さえもすべて失ってしまう…。
そう思いながらも、私はまだ僅かに残っている1回分にも満たない覚醒剤の残りを捨てられずにいた。
この物語は「いくら薬物依存者であっても、すべての人がそうだとは言わないが…」と言う前提で書き始めた。
しかし…この時私に起きた出来事は「今はやめている」と胸を張るすべての薬物経験者にいつ起きても不思議では無い事へと場面は展開しているのを理解してほしい。
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