第6話幻聴の果て
幻聴の果て
幻覚と同時に始まるのは幻聴だ。
初めは水道のシンクに流れ落ちる水の音に混ざり、遠くに人の声が聞こえるような気がする。
水道管が他の部屋とつながっている事で、他の部屋の声が排水口から聞こえてくるのだろうか…などと考える。
「コポコポ…」と言う水の流れ落ちる音の遥か向こうに、誰かと誰かが何かを話す声…。
「誰だろう…何を話しているのだろう…」
気になり始めるともうダメだ。
それを突き止めるまで、何度も何度も水を流し確かめたくなる…。
やがて水を流す事にも疲れ果て、自分がなんと愚かな事をしているのかと言う事に思いが至る。
もうこんなバカな事は止めよう…そう思った瞬間にその会話の断片がはっきりと聞こえて来る。
そう…会話の主は僕の事を話しているのだ。
『あいつ、絶対覚醒剤をやってるよ』
その声に飛び上がるほど驚く。
誰だろう…いったい誰が俺の事を話しているのだろう…。
本人はそれが幻聴だなんて事は考えない。
目の下は落ち窪み、頬はげっそりと痩せ細るほどに神経を集中させ、再び排水口に水を流し続ける。
やがてその声は鮮明に耳に届くようになる。
聞き覚えのある声…「あいつだ…あいつとあいつが俺の悪口を言っている…しかも何時間も…」
アパートの一室…この排水管はどこに繋がっているのだろう…。
正解の無い答え合わせをひたすら繰り返す。
「間違いない…あの部屋に彼奴らは居るはずだ…でも何故…いつから…いつから奴らは俺を見張っているのだろう…なんの目的で…」
それが幻聴や幻覚、猜疑心だと自分で気付く事はない。
幻聴の聞こえ方も人それぞれだ。
自分の悪口に聞こえる奴もいれば、女の人の喘ぎ声に聞こえる奴もいる。
その行動は脳に深くインプットされ、覚醒剤を使用するたびに必ず聞こえる様になる。
薬から覚め、正常な時にはそんな事がある訳が無いと結論付けていたとしても、一度薬が身体に入るとまたぞろ同じ声が聞こえる。
初めは薬にハマりきって疲れ果てた時に聞こえていた幻聴も、一度経験してしまえばどんな少量だろうとすぐさま聞こえ始める。
それが世に言うフラッシュバックだ。
そのフラッシュバックが度を過ぎれば、通り魔殺人や猟奇的な事件に発展してしまう。
一人でこっそりと隠れて覚醒剤を使用している奴ほど、そう言った犯罪に走り易い。
さらに言えば…薬の切れ目が一番怖い。
薬の効いている時は何かがおかしい…何かがおかしいとその不可解な事に集中しているが、薬の切れ目にもうこれ以上体力も精神力も持たないとなった時、追い詰められたネズミの様に猫にさえ襲い掛かる。
度を越した思い込み…それもまた覚醒剤のもたらす効能でも有る。
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