第5話犯罪のハードル
犯罪のハードル
覚醒剤を覚えると、全ての犯罪へのハードルが下がる。
金が有り余り、湯水の様に金を使えるならそれもまた別の話かも知れないが、殆どの人が僅かな銭を切り崩しながら覚醒剤を使用している。
酒なら僅かな金で買う事もできるが、覚醒剤を買おうと思えば最低でも1万円の金が要る。
既に依存症を発症していれば、仕事もせず収入も無くなり、ただ覚醒剤を消費するだけのエンドユーザーとならざるを得ない。
そこで誰もが考えるのは、身の回りの貴金属や電化製品を金に変える事…。
今は昔…まだテレビや家の固定電話なんかが金になった頃、僕は家の中にある全てのものを質屋に売り飛ばし、どうにか金を作って覚醒剤を買いに行った。
売るものが無くなれば、今度は彼女の貯金や貴金属に目を付け、全て溶かしてしまう。
それも底を尽きれば、実家の箪笥をひっくり返し金や通帳を持ち出した。
当然父は激怒し激しく僕を責め立てる。
殴られても殴られても、僕は覚醒剤を止めるどころか父や母を恨み、家庭内暴力へと形を変えて行った。
特に力の弱い母は僕の暴力に耐えきれず、泣きながら財布を差し出す事も暫しだった。
やがて実家にも金が無くなった。
そして僕が始めたのは覚醒剤を売る事だ。
1グラム3万円から4万円。
それを0.2グラムずつに、小分けし自分が使う分を浮かせた。
一回分を5千円で売って欲しいと言う奴も多かった。
覚醒剤は面白い様によく売れた。
一度に仕入れる量が1グラムから5グラム、5グラムから10グラムと多くなった。
一度に仕入れる量が増えると、覚醒剤の単価も下がった。
昭和50年代、10グラムを仕入れると15万円前後…。
それでも末端価格は今と変わらず、0.2グラムで1万円。
儲かって仕方がないだろう…と思うかもしれないが、ところがどっこい、金がダブつけば始まるのは遊びだ。
博打、女…。
幾ら有っても金は足りない。
足りない金は他から都合するしかなく、結局窃盗事件に手を染める奴も多い。
事実僕もそうだった。
だってそうだろう…薬を買う金が無ければ身体を動かす事が出来ないのだから、自分が動くには覚醒剤が必要で、覚醒剤を買うには金が必要なのだ。
簡単に金が手に入る泥棒をやっていけない訳が無い。
それがどれだけ身勝手な論法だとしても、自分が覚醒剤を手に入れるためには全てのことが許容される。
簡単なのは車上狙いや自販機荒らしだ。
今でこそ車の中に金を置く人も少なくなったが、昭和の終わりには世間の人も警戒心が薄く、車の防犯もそれはもう簡単な構造で、ドライバー一本で殆どの車の鍵を開錠出来た。
自販機などはバイスプライヤーひとつで、簡単にドアを開ける事が出来た。
誰に教えてもらう訳でもないというのに、悪い事は簡単に覚える事が出来る。
日々そうやって犯罪者としてのスキルを上げて行き、まともに働こうなんて気持ちも完全に失って行く。
遊ぶ金を作る方法を身に付け、覚醒剤もたっぷり持っていると、当然眠る時間が無くなる。
眠らなければ人はどうなるのか…。
まず初めに始まるのは幻覚だ。
道路のシミが人や動物に見えたり、電信柱の選挙のポスターが人に見えたりする。
自分が犯罪を犯して居る後ろめたさからなのか、誰かが自分を見張って居る様な気がして仕方ないのだ。
覚醒剤をやって居る時の思い込みは怖い…。
誰かに相談して解決してもらえればそんな事も無いのだが、自分が覚醒剤をやって居る事は人に知られたくない為、自分の中で不自然に感じる事を考えて考えて自分なりの答えを導き出す。
狂った頭で考えて居るのだから、まともな答えなんか導き出せるはずがない。
ある日僕は電信柱の影からいつまでも僕の部屋を監視して居る人物を見つけ、バタフライナイフを手に決死の覚悟でその人物を尋問するつもりで部屋を出た。
言うまでもなく、その人物は選挙のポスターだったのだ。
何度も言うが、全ての人がそうなる訳ではない。
でも…殆どの人が同じ道を辿って居るのだ。
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