第4話最初の崩壊

最初の崩壊



覚醒剤は人の悪癖を前面に押し出す。


先ず初めに狂い始めるのは時間の概念だ。


「あれだけ時間に正確な人だったのに…」と言う人が、約束の時間をまったく守れなくなる。


その原因は、今やっている何かを途中でやめて、やるべき事を優先すると言うことが出来なくなるからだ。


今やっている何かは人それぞれだが、僕の場合「性」に関する事が多い。


頭の中ではちゃんと分かっているのに、セックスにせよマスターベーションにせよ、途中で止める事が出来ないのだ。


僕の場合は覚醒剤を打った瞬間から、性に対する欲求を我慢する事が出来なくなる。


それはやがて「型」と呼ばれ、その人の覚醒剤を使用した時の最優先事項になって行く。


同じ薬物の常習者の中で「シャブを食ってオマンコばっかやってる奴は馬鹿だ」と言う奴も居るが、僕はそう言う奴こそ馬鹿だと思う。


何故なら、覚醒剤その物が性の感覚を高める薬だと言うのに、その部分を押し殺して何故覚醒剤をやる必要が有るのか…と思うからだ。


「型」は人それぞれだ。


覚醒剤を打った瞬間から車をいじり始める奴も多い。


一晩中化粧をしている女もいた。


覚醒剤を使ったからと言ってセックスばかりに没頭しないと言う連中も、一度行為を始めればその乱れ方は尋常では無い。


結果、目の下には隈が出来、頬はそげ落ちやつれ果てた顔になって行く。


その快感は二度と普通のセックスが出来なくなるほど、頭と心に深くインプットされてしまう。


その証拠に、僕は薬をやっていないこの4年間、一度もセックスをしていない。


今僕が一番恐れている事は、新しい彼女が出来る事…。


彼女が出来、セックスの必要性に迫られた時、僕は当たり前の性関係を結ぶ事が出来るのだろうか…。


いや、覚醒剤を探しに行かないと言えるのだろうか…。


「大丈夫」


その自信も確信も無い。


今だって「やりたい」と思う時が有ると言うのに、そこにセックスと言うオプションが付いた時には、もしかすると僕はまた泥沼にハマってしまうのでは無いだろうか…。


「テクノブレイク」と言う言葉が有る。


本来は性行為中の突然死を指す言葉らしいが、数年前、ネットを中心に「オナニーをやり過ぎると死に至る」と言う噂が流れ、その行為によって死ぬ事を「テクノブレイク」と呼ぶ様になった。


その怪情報が本当なら、僕は何度も死ななければいけないほど、人生の大半をセックスや自慰に時間を費やして来た。


部屋の窓には分厚い遮光カーテンを引き、真っ暗い部屋でテレビの音をイヤホンで聴きながら、何時間も何時間もアダルトビデオを観続けた。


電話がなろうがインターホンがなろうが、自分の性欲が満足するまで僕は覚醒剤を打ち続け、自分の逸物を弄り続けた。


冒頭にも書いたが、自分では何をしなくてはいけないのか、何を優先しなくてはいけないのかを全て分かっているのだ。


それなのに…今夢中になっている事を止める事が出来ず、なぜ止める事が出来ないかの言い訳を探す様になる。


その言い訳はやがて精神の中に刷り込まれ、自分の中では当たり前の常識に転換される。


止めないわけじゃない、止められないだけだ。


それのどこが悪い、俺が悪いわけじゃない。


そうやって自分を正当化して行く。


時間を守れない人間が世間から信用されるわけがない。


その人間が自分が悪いと言う事を一切認めないとしたら…独りぼっちで世間を恨みながら生きるか、同じ考え方のシャブ中同士肩を寄せ合って生きるかのどちらかだ。


全ての人間がそうだとは言わない…言わないけれど、殆どの人間が同じ道を辿る。

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