第3話後の祭り

後の祭り



覚醒剤を使用する上で、なんと言っても必要なものは金だ。


私の様に長年、覚醒剤に深く関わってきた者なら、それ程大金を使わなくても自分が使う分くらいならいつだって調達出来る。


しかし、これと言った入手方法も知らない初心者なら、売人に良い様に利用され、ケツの毛まで抜かれてしまう事も少なくは無い。


しかも、その売人が薬を教えた張本人なんて事もある。


「金なんか要らないから一発やってみろよ」


そんな甘い言葉で近寄り、2度、3度と覚醒剤がもたらす快感を教え込んだ後「次からは金を貰うからな」と宣告される。


相場は0.2gが1万円…。


それで一体何回分の量なのか。


初めのうちなら3、4回は使用する事が出来るだろう。


しかし…いくら覚醒剤が疲労感を消し去ると言っても、眠らない。食べないと言う生活を続けていれば嫌でも身体は疲れ果てて来る。


当然薬の効果もショートタイムとなり、一日に一度身体に取り込めば良かった覚醒剤も、2回、3回と数が増え、同時に一回の使用量も増えて行く。


更に怖いのは針中と言う中毒にも犯されて行く。


注射器の針を打つ事が快感に思えて来るのだ。


そして「アタリ」と呼ばれる覚醒剤が血管の中を駆け巡る感覚を欲しがる様になる。


一瞬で消える快感の為に、一日数十回も覚醒剤を打つヤツだって居る。


ならば今の主流で有る「炙り」なら良いだろうと思う人も少なくはない。


事実、炙りがはやり出してから覚醒剤は格段に一般人の層に広がった。


注射器に拠って覚醒剤を使っていた頃は、ヤクザやヤンチャな連中が主に消費者となっていたが、注射の痕が残らない炙りは薬物に対する警戒心を弱め、主婦や若い女性層まで取り込んで行った。


「ハッカ」つまりメンソールの結晶を吸う為の、洒落たガラスパイプが出回って居る事もその要因だ。


ガラスのパイプに覚醒剤の結晶を入れ、下からライターで炙り立ち上がった煙を吸い込む。


注射器を使って覚醒剤を取り込むのと違い、これと言ったアタリは無い。


ゆっくり、じんわりと身体に痺れが巡り、やがて疲れや眠気が消えて居る。


ところが…炙りは一回の使用量が馬鹿にならない。


一日中炙り続けているヤツもいる。


一日に1グラムを消費する事だって簡単だ。


おまけに注射で身体に取り込むより、肺の毛細血管から取り込む薬物は、体内に残る滞留時間は長いと言われている。


吸い過ぎれば肺水腫にだってなりかねない。


良い事なんて一つもないと言うのに、虚像のスマートさと罪悪感の薄さで炙りに嵌る人が後を絶たない。


5年前…働いていた会社の忘年会だった。


有る後輩が酒に酔った勢いで話しかけて来た。


「先輩、アイスどっかで買えませんかね?」


「アイスならコンビニで売ってるだろ」


覚醒剤の事だと直ぐにピンと来たが、僕はわざとしらばっくれた。


「誤魔化さないで下さいよ、分かってるんでしょ?」


奴は執拗だった。


「何時も買ってた売人が捕まって買えなくなったんですよ」


聞きもしないことを必死に訴えて来る。


「横浜まで行けば買えるんですけどもうこんな時間だし」


時間は夜中の2時、場所は東京…。


酔った勢いで車を飛ばして横浜に向かえば、事故を起こさないとも限らない。


遂に僕は根負けをした。


「幾らで買ってるのよ?」


「ほらね、やっぱ先輩はそっちの関係に詳しいと思ってたんですよ」


揶揄われているのかと思った。


「知らねぇよ、そんな物が幾らするのかって聞いただけだろ!」


「怒んないで下さいよ。まあ、グラム4万ってとこですかね」


市場に覚醒剤の無い時期でも有った。


それでも4万はべらぼうだ。


僕はその半額で入手出来る道をつけてやった。


それから数日後、奴は自分の車を200万で売り飛ばし、半年後には大きな借金まで作っていた。


一年後、夜中に突然胸が痛いと言い出し、救急車で運ばれ、そのまま帰らぬ人となった。


あの時、僕が売人を紹介しなくても、奴はどうにかして覚醒剤を手に入れただろう。


しかも人を小馬鹿にした様な高値で取り引きをして。


薬をやりたいと思えば人の言う事なんか1ミリだって聞こうとしない。


シャブ中の行動原理を知り尽くしているだけに、僕は後輩が哀れになった。


どうせ止める気が無いなら、せめて金銭的な負担を軽くしてやりたかった。


何故なら…その時は僕もシャブ中まっしぐらだったから。


シャブ中は薬を買う金だけはどんな事をしても作り出せる。


奴が例え高値で薬を買っていたとしても、やりたいだけの覚醒剤は手に入れていたかも知れない。


だとしても…奴を殺したのは僕かも知れない。


高い金で覚醒剤を買っていれば、度が過ぎるほど覚醒剤を吸い続ける事もなかったのかも知れない。


知れない、知れないは後の祭り…。


そう、後悔はどんな時も後の祭りだ。


どんなに反省したところで、彼奴はもう帰ってこない。


それだけは間違いない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る