第9話 侵攻の堕天使

 ユグドラシルに三つの穴が空いた。

下界に一つ、上界城内に一つ、そして....


 「侵入者だ! 発信源へ向かえ!」


「なんだってんだよ騒がしいな、右腕のガキがいなくなったと思ったら今度は侵入者か?」


「神遣いが荒いな、どうも。」

本来神が下界に降りることはそう無い、規格外の異常が発生した瞬間くらいのものだ。


「アムドゥシアスよ、送迎感謝する。

ついでといってはなんだがここは任せるぞ」


「ブルル..‼︎」

ユニコーンの背中から飛び降り宙へ浮上する


「何処に行く気だ」

駆けつけたポセイドンの槍が狙う、しかしするりと抜けられ背後へ


「どうなってやがる?」


「餓鬼には解るまい、おさらばじゃ。」

闇に姿を包んで消える

正体など、最早隠す必要は無い。


「あの移動の仕方..」


「間違い無ぇ〝堕ちた連中達〟だ。」

下界の侵入者は上へと登っていく、それぞれの役割を果たすため真っ向から攻め入る。


「ゼラ、上に向かえ」


「オレに命令すんのかよ?」


「力を貸せっていってんだ、コッチはあの獣で手一杯だろうからよ。」


「ブルル..」

民の集う広場に脚を掛ける一角の馬が、息を漏らして黒い翼を拡げている。


「..いうこと聞いてやるよ。」


「悪りぃな、直ぐに追いかける」

危機は承知でも戦力を裂くしかない、それ程に〝復讐〟という力は強大で深い。


「ひっ! なんだこの馬!?」


「黒い羽⁉︎ 天使じゃないのかっ!」


「離れろクソ共!」

手元の槍で払うように警戒を促すも怯えきっている民達はいう事をまるで聞かない。


「ゼラの奴を邪険にするのが早すぎたかもな」


「ブルル..!」

後悔を吐露した矢先、一角獣から放たれた黒い煙が民達を覆い包む。


「うわあぁっ!!」


「ほらみろ、いわんこっちゃない..」

煙に包まれた民達は黒い翼の生えた馬へと姿を変貌させる。


「ブルル..‼︎」


「おいおいおいおいっ!!

何勝手に戦力増してくれてんだ!?」

翼と同じ黒色の馬、天の白色をを染めたという象徴である。


「ブルル..‼︎」

我を忘れた民たちは理性を持たず叫びをあげる。神など最早、恐るる意味なし。


「クソッタレがぁ!!」

このような形で振るべき槍では決して無い。



   ユグドラシル上界・城内広場


「フン、容易いものだな」


「…神官だもの、相手にならない。」

分厚い拳と糸が絡みつく

マンセマットが殴り飛ばした兵士を捕らえ括り付けた上に人形として操る。黒子のしての役割は側での補助が適切な振る舞いである。


「相手は素手だ! 距離を取れ!」

二、三歩程度後ろへ下がり、携える銀の鉄剣を鞭のようにしならせ伸ばす。天界神官における剣操術を用いての戦闘に切り替えた。


「気をつけろ、糸を切られるぞ」


「…肉眼じゃ見えない、ワタシしか。」

操る神官の人形にも同じ動作をさせ、刀身を伸ばして牽制する。


「…結構かんたんだね。」


「やればできるもんだな」


   

         地下監獄


 周囲が戦闘を始めて本腰を入れ始めた頃、世界の創始者は暗く静かな牢獄の前にいた。


 「漸くだ、随分時間を掛けてしまったね」

監獄の中は複雑に入り組んでおり、始めの入り口からしばらくは囚人のごった返す一般的な監獄が続いている。それを抜けると一室ずつの扉付きの独房が続き、更にその奥には大きな鉄格子に囚われた大罪人たちがいる。アダムはその中の、最も深い層にいる。


「今解放してあげるよ、その格好じゃ窮屈だったろうね。奴らは酷いことをするよ」

大罪人は手足を拘束され、目隠しを施される。

舌を噛んで自害しないように口枷をはめられ場合によっては固いベッドに直接括り付けられる囚人までざらに在る。


「一緒に此処を出よう、イブ...‼︎」



      地下監獄集団牢


 天秤により裁ききれなかった多くの囚人達が無理矢理に詰められ収監されている、寿司詰めの極みを尽くしているため叫びを上げる余裕すらもない。


 「こりゃあ酷い有様じゃな、鷲の役割な終わっておるのじゃが...余計な手を招くのも偶には矜持となるかの。」

掌から生み出した黒い霧状の塊が形を成し、一体の神の姿へと変貌する。



「頼めるか〝リブラ〟や」


 「‥‥御意に。」

両手首の皿が外れ、繋ぎ合い天秤となる。

左、右と大幅に揺れ傾いていく。皿に乗っているのは罪人達の正と悪、通常の判決ならば平等に吟味し傾きを決めるが今回は単なる牢獄の錠を開く〝鍵〟としての役割に過ぎない



「判決‥‥〝無罪〟!!」

牢獄の錠が一斉に外れ、崩れるように中の囚人が漏れ出ていく。


「さぁ罪人、いや元罪人たちよ!

怨みを晴らしたくは無いか?」

ヴァザゴの一言に歓声に近い威声を上げる解放された囚人達。怨みの言葉に応えるのが堕天使たちの役割でもある、特にヴァザゴは誰かの断末魔が大好物だ。


「お前たちは自由だ! 好きに動くがいい!」

一度堕とされかけた連中だ、魔力を存分に遣わずとも呼びかけ程度で翼は黒く染まる。


「勝手に決めんなクソジジイが」


「..なんじゃお前は?」


「もう忘れたのかよ、ボケくさりやがって。

神の羽には興味が無ぇってか」

青き翼はユグドラシルに住まう民や天使達のイメージ、つまり天界そのものの秩序を表す


「後の亡骸に思い入れなどあるものか、お前たちが無責任に裁いた連中は別だがな。並々ならぬ積年の思いを帯びているだろう」


「神だって事わかってんじゃねぇか。」


「戯れてやってくれ、此奴らとな!」

兵士と化した囚人達が翼を拡げ猛進する

神の威厳か焦りを持たず、堂々と構えるその瞳は身動きを取らずとも罪人に裁きを下す。


「‥‥堕天使達が、凍結した..?」

白銀の幕に包まれ動かなくなり、表面からは鋭い冷気を発している。


「..忘れたみてぇだから教えてやる。

俺様の名はゼラ、青き翼のカミサマだ」

子供たちから大人まで往年の歌に乗せて誰もが知っている崇高な名だ。


「やっぱりテメェは堕天使だったか、それに並んで立ってるって事はリブラもそうか?」


「‥‥ふん、今更か。」


「おかしいと思ったぜ、下界で暴れ回る程度の小物が独房行きとはよ。まさかとは思ってたが〝アイツ〟の言ってた通りだな」


「アイツ?」


「なんだ、気付いてねぇのか。

今頃城の広場で遊んでんじゃねぇのか」



        城内広場


 「…なんのつもりなの、マンセマット。」


「初めからこういう寸法だ」

腕力により糸を強く引っ張られ表へ晒されたサリエルは、神官に囲まれ息を上げていた。


「はぁ..はぁ..‼︎」


「体力の限界か?」

あくまで補助のつもりで温存する事なく魔力をふんだんに遣っていた。体力仕事はマンセマットの役割だと、確信を持っていた。


「…裏切り者。」


「扱う人形が魔力が少ないと、動かすのがラクな分己の魔力を上乗せして力量を上げなければならない。前から思っていたがお前の戦い方は...要領が悪過ぎないか?」


「…余計なお世話よ、バカ。」

さらりといった〝前から〟という言葉、随分と年季の入った思い入れを感じる。


「その身体では大して動けまい、静かに見ている事をお勧めする。」


「…どういう意味よ?」

周囲の兵士を整列させ、糸の通ってきた小さな入り口を見つめ口を開く。


「我々はこれより、堕天界へと侵攻する」


「…なんですって..。」

体力を使い果たし、事切れる

止めるどころか睨みつける事すらもままならないまま叛逆者の侵攻を赦してしまう。


「哀れな堕天使よ

お前も含め、総ての黒き翼を捥いでくれよう」

マンセマットの黒が剥がれ落ち、光に満ちた白き翼を露わにはためかせる。


「行くぞ我が部下達よ。

醜き無様な世界を駆逐するのだ!!」

掌から放たれた光によって階段が現れ下界の更に下、堕天界へと侵攻していく。


(アダム...ごめんね..。)


小さな堕天使の後悔は、創始者へと向けられる



「‥サリエル、大丈夫だよ。」

光は総てを包み照らすが、彼が操るのは照らす光とそれをも包む大いなる闇だ。動かし方は知っている、遠い声を聞き..指を鳴らす。


「還る場所が無いと、何処に行けばいいかわからなくなるもんね...イブ?」


       「……」

開いた牢獄の向こうには、拘束され物を言わぬ淑女が目を瞑り俯いていた。

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