第7話 生え揃うまで...

 歓迎は暗闇で、常にアダムはそう決めている。光から舞い降りた咎人が上手く馴染めるように、気を遣っているつもりだ。


 「ようこそ、やっと来てくれたね。

みんな君を待っていたよ、ジュピターくん」


「……ふん。」

かつての面影は無く、成長した姿がそこにあった。しかしその風貌は神や天使というよりは、悪魔のそれに近かった。


「随分と禍々しいイメージを施したの」


「まぁ確かに、見違えるよねぇ..」


「…可愛くない。」

翼と同じ色をした黒き鎧、それと真逆の真白な肌と血の気の無い唇。右腕には、銀色の鎖が巻き付いている。


「長らく考えていた、堕ちた存在である貴様ら同様神や天使の遣う力を〝魔の力〟と表すのは何故なのか。..だが簡単な事だ、力というものはそもそも邪なものからしか生まれない。神も天使も内なる罪から放出しているのだ」

力の出処は同じ

それを光で欺き誤魔化していただけの事。


「‥君、大人になったね」


「在るべき場所に、還って来ただけだ。」

鎖で拘束された右腕を見つめる


「あなた、本当にジュピターなの?」


「お前は..宝具を奪った罪人か。」

先陣を切って睨みを効かせていた未熟な少年が、今や強大な堕天使として君臨している。

味方というのも違和感だ、何から何まで頭を痛める困惑の種となる。


「あのとき私を止めたのに、今は加担をしている。何か特別な目的があるの?」


「何を云っている、目的は果たした。

これからは加担をする段階だということだ」

ユスリカに近付き、額に掌を添える。放たれる鈍い光がユスリカの身体を包み、左腕を介してジュピターに詳細を伝える。


「..成程な、まだ力は残っているようだ。

しかしゼウスの一撃によって無惨にも砕かれてしまっている、治療が必要だな」


「わかるの?」


「どうやら俺は、他所の魔力に緩衝できるらしい。無駄に鍛えた神の力が後押ししてるのか、掌をかざせば本のページをめくるかのように把握できる。」


「へぇ、便利だねぇ..」

真理を解き明かした末の覚醒だろう。自力で備えた神の力は真実を把握する力、しかし神というものは本来本能的に覚醒するものだ。


「じゃから憑依の魔力があそこまで上手くいったのかの?」


「かもしれないな、アレスとポセイドンを牢獄へ向かわせたのは俺だ。魔力の扱いはからっきしの力自慢達を選別したのは、神官の帯びた魔力を緩衝した上の判断だろうな」

疑問が真相に変わる前触れの無意識、覚醒した後の視点で漸く理解が出来た。


「彼女の身体はそんなに傷んでるの?」


「ボロボロだ、ゼウスの雷を受けているからな。傷を癒せる堕天使はいるか」


「まぁ、いない事もないんだけどね..結構気まぐれな奴でさ。協力してくれるとは思うよ」

世界は暗闇だが堕天使にとっては余り関係はない、光があろうと無かろうと黒い翼が在処を直ぐに指し示す。


「くらぁ〜..なんで光閉じてんの?

アタシのことキライ? 目は見えるけどさ〜」


「…来た、うるさいやつ。」

雑な足音がこちらへ徐々に近付いてくる

同時に甲高い音で小言が聞こえる。


「ていうかみんなどこ〜!?

寝てる間に何処かいなくなってるし!」


「ブルル..」


「ん、馬?」

僅かだが鼻を鳴らす獣のような音が重なる。

いよいよ得体が知れなくなってきた、とはいってもこの世界に存在するのは堕天使のみだ


「一応あれも味方だよ、癖強いけどね。」


踏みしめる音が止むのを待ち、闇を見つめる



「あ、いた! アダム!

っと何人か知らない顔が揃ってるわね。」


「ブルル..‼︎」

姿を現したのは派手な出立ちの女と角を生やした四足歩行の獣、どちらも背中に黒き翼を携えている。


「ナァマ、いい所に来てくれた。

新しい味方たちを紹介するよ」


「知ってるわよ、ジュピターにユスリカ。

名前呼ぶ声で起きたんだもん、顔は知らなかったけどね。アタシに用事があるんでしょ?」


「話が早いね、助かるよ。」

指を鳴らして闇を散らし世界に光を与える


「ブルル..」


「久し振りだねアムドゥシアス。

いきなり眩しかったかな?」

ユニコーンの堕天使が顔を歪ませ苦しそうにしている。元々天界の獣であるからか見た目は光のような白馬である。


「お前、傷を癒せるか?」


「ナンパならお断りよ、アタシに癒やして欲しいなら媚びへつらって頭を下げなよ。」


「..面倒な女だ」 「なんですって!?」

アダムの言った通りかなり癖がある。無視をしようにも用途を求める張本人ならば関わる他無いだろう、仕方がないと溜息を吐いた。



「ユスリカの傷を癒せ、時間を掛けても構わない。お前なら出来るのだろう?」


「無理!」 「..なんだと?」

不機嫌な態度で容易に不可能だと言ってのけた。これが意地の悪い屁理屈か力不足か、今の段階では判断をしかねる。


「何故出来ない?」


「傷が深すぎるのよ!

アタシ一人じゃ確実に魔力が足りない、全能の神が傷を負わせたのよ?」


「力不足ではなく、人手不足という事か。」


「何人か向こうから持ってこようか。

サリエル、もう一度力貸してもらえる?」


「…やだ。」 


「え、なんで..?」 「…その女きらい。」

新参者の慣れない感覚ではないらしい、大概が近寄りがたいと感じる素養を含んでいる。


「‥なによ、アタシだってアンタ嫌いよ?」


「……クズ。」 「なんだとコラァ!?」


「まぁまぁ、サリエル頼むよ。

これは僕からのお願いだからさ、ね?」


「…だったらやってあげる。」


「ふっ、ひっ! ひっく...!!

どういう事? どうしてなのアムちゃん!?」


馬の首に身を預け、声を上げて悔し泣く。

呆れ顔で顔を揺らす彼もまた、女の癖強さを理解しているだろう。


「…適当に天使を二、三体。でいい?」


「どう?」 「充分だ。」

アダムの視線で創った道に再度意図を垂らし、上界の城付近を佇む女天使を引っ張り上げる


「…直ぐに閉じて、気づかれるかも。」


「はーいよ」

神の一人が抜けた直後だ、警備が厳重になっていてもおかしくは無い。即断速攻、いつもより迅速な振る舞いが要求される。


「わぁっ!!」


「……なに?」


「どこここ、下界じゃないし..。」

ユグドラシル上界にて城前の雑用をしていた女天使を三体ほど調達した。


「アナタたち..。」


「知り合いか?」

天使だった頃共に作業に励んでいた知り合いの三天使達だ。余り話す事は無かったが、仲は決して悪くはなかった。


「はぁ? 知らないわよそんな女!」


「私も知らない、ていうかここどこ!?」


「早くかえしてよー! こんなとこ嫌‼︎」

目の前のユスリカに気付いていない。思ってもみないのだろう、図書館で本を読んでいた静かな知り合いの女天使がまさかこんな暗闇の世界に潜んでいるなどと。


「ヴァザゴ!」 「わかっておるよ」

魔力を散布すると目を閉じて眠りについた。


「目を覚ます頃には闇に慣れているだろう」


「……。」


「気にする事ないよ、きっとゼウスが君に関する記憶をごっそり消したんだ。君を忘れた訳じゃない、無理矢理〝忘れさせた〟んだ」

記憶の在り方の真実、慰めか。

アダムの笑顔はどちらの意図かわからない


「これで文句は無いだろう、力を貸せ」


「..はいはい! わかりましたよ!」

心を沈めるユスリカの腕を掴んで強く引っ張り上げる、早急な治療に踏み切るようだ。


「ちょっ..どこ行くの⁉︎」


「何処だっていいでしょ、治療すんのよ!

行くわよアム、ついて来て!」


「ブルル..!」

馬をつれ再び去っていった。

それと同時に、世界はまた暗闇に切り替わる


「君はどうするの、ジュピター?」


「そうだな、俺は...天界に侵攻する‼︎」

黒き神の叛逆はんぎゃくが始まる。

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