第6話 神の立つ場所

        投獄牢


 神の城地下にて存在する罪人を閉じ込めておく監獄施設。罪人は神の天秤によって罪の重さを判断されるが、稀に量りきれず溢れてしまうものがいる。


 「なぁ、おかしくねぇか」 「何がだよ?」


「なんで天空に地下があんだって話だろ、幾ら城の中だっていってもよ。」


「そんなもの気にしたらキリないだろうが、天空におかしくないものがそもそもあるかよ」

 監獄へ続く長い階段を会話をしながら降りていく。何処に反響しているのか、執拗に声が大きく響いている。


「違えねぇな。一番おかしいと思うのはよ、罪人共の様子をなんで俺たち〝神サマ〟が見なきゃなんねぇんだ?」


「……来たか、ポセイドンにアレスよ」

牢獄の前におかしな風貌の影が立つ。両手首に皿のようなものを乗せ、鉄格子の向こう側を静かに見つめて神々の名を呼ぶ。


「リブラか、何だって俺たちを呼ぶ?」


「咎人を罰する為だ、神官では力不足だろう。

力の強き神々の方が適切である」

座禅を組み目を瞑っている、頭に直接語りかける念導力で言語を強く伝える。殆どを導力で済ませる為五感の殆どを余り使用しない。


「お前の天秤で量れないんじゃあ俺たちにも無理だと思うが、何を望んでる?」


「片方に罪、片方に功を乗せて罰を与えるか判断する。それで答えが出ないならそういう結末だ、閉じ込めときゃいいんだよ。」

適切な診断で無であるのなら、それ以上の理は既に存在しない。何も無い事を判断するなど、神といえども不可能だ。


「そうであろうか、素直に頷けん...。」

リブラは正義を追求する余り、根幹の在り方がわからなくなってしまっている。現実のあるべき姿より、己の匙加減が真理により近いのだと過信し始めつつあった。


「なんだよそれ、面倒な奴だな」


「そんなにどうにかしてぇなら、逆に望む事でも聞いてみたらどうだ?」


「望む事..願いか!」

直接神頼みとは贅沢な事だ、実態の無い抽象的な存在に手を合わせるよりもずっと信憑性があり確実な方法だ。


「罪人よ申してみよ、何が望みだ?」

俯いていた投獄者が顔を上げて問いに応える


「……とある神に会いてぇ..」



 堕天界


 「よし、コネクション成功」

傀儡を遣い目的の人物との連携を繋いだ事で一先ずの息をついていた。


 「はぁっ..!! はぁっはぁ..。」


「大丈夫?

ありがとう、よく頑張ってくれたね。」

酷く息を荒く疲労し、青白い顔を浮かべ膝をつくサリエル。傀儡を使った長時間の稼働はかなり身体に負担をかけるようだ。


「よく休んでね」「……うん。」


「彼女、大丈夫なの?」


「事を終えたときはいつもああだ。あれだけの時間繊細に魔力を放出し続けていれば無理もない、寧ろ長く保ち過ぎている方だ」

やはり魔力の扱いは難しいらしい、それを考えるとよく宝物の力を得ようと考えたものだ


「2段回目終了、選手交代だ。

立て続けで申し訳ないが出来るね、ウァザゴ」


「ふむ、ちょいと腕を振るうかの。」

黒いフードを被った白髭の老人が細い腕で首を鳴らした。世界は現在明るく照らされているが、彼の周囲は少し暗闇に見える気がする


「糸はもう切れちゃってるけど、できる?」


「可能じゃ、操ったという〝名残〟があれば充分に記録は反映されていく。」

糸が伸びていた辺りの空間に触れ、薄い霧のように魔力を放り投げる。飛ばした魔力が糸と同じ道を通り傀儡に付着すると、フードを被った老人の身体がそれを追うようにして霧状に変わり対象に憑依する。


「痕跡や人物に魔力を付着させ憑依する、サリエルの人形と合わせて遣うとやりやすくて結構便利なんだよねー。」


「マンセマットさんの立場ありませんね..」


「あくまでオレの代替法だ。」

腕組み言ったその顔は、少し悔しみが見えた


「まぁまぁ、そろそろ動きが見えてくるよ」

視野の道をモニターのように拡げ、鑑賞するように向こう側の様子を観察する。罪人が投獄された鉄格子の前に立っているのは、ユスリカが天界で最後に見た神の一人。


「あれって...ジュピター?」

秩序は刻に、破滅の手掛かりとなり得る。



   ユグドラシル地下監獄独牢


 「僕に用事というのは?

申し訳ありませんがアナタに構っている暇は無いのです。僕には右腕としての務めがありますので、それに罪人と対話など..」


『本当に、右腕として認められているとでも思っておるのか?』


「‥お前、何者だ」

異質な何かと相対している、直ぐに判った。


「気付かれちゃってるよ⁉︎」


「大丈夫、誰にも気付かれないよ。

ヴァザゴは唯の情報屋じゃない、情報を操作して現在を整理する几帳面なやつでさ」


「…アダムは優し過ぎるわ。あれを几帳面といえるなんて、そんな可愛いものじゃない」

漸く話せる程度まで回復したサリエルが不快を露わに飛び起きて青白い顔で呆れ返る。


「そんなに、凄いものなの?」


「…凄い、アナタも優しいのね。あんな悍ましいものがワタシの傀儡に影響していると思うとゾッとするわよ」


ヴァザゴは対象に憑依する前に霧状に魔力を散布する。魔力の霧は、決められた範囲の総ての概念そのものに〝都合のいい事実〟を体現させる。


(通常ならば民の暴動如きで神は動かん。

 サリエルが此奴を操っている間に糸に乗せて魔力を散布し続けておいてよかったわい)


アクビルが下界で暴れていたとき、糸に散布させたヴァザゴの魔力は更に他の民へと伝染した。魔力を受けた民は更に上界に仕える城の神官を呼び魔力を神官へ伝染させる。


(そのままあれよあれよといったままにこう

なったが、正直ここまで上手くいくとはの。

流石にゼウスや他の神々を完全に錯覚させ

る事は出来ないだろうがの)

リブラは罪人と長く共にいた事で効力が密接となり支配に至った。魔力を帯びた者がヴァザゴの存在に気が付かなかったのは、魔力を帯びたその後に事実を与えたからだ。


(無茶苦茶だと思うか?

悪いが常人では無いのでな)


『お前も常人では無いのだジュピター、だからこそゼウスが近くに置いている!』


「ゼウス様がお認めになってくれたんだ。

だからこそ僕は右腕として仕えている」


「違うな、ならば何故その姿でいる?」


「……何が言いたいっ!?」

魔力などいらない、事実をただ話せばいい。


『神の姿というのは見る者のイメージ、崇高なる象徴として禍々しいものになる。しかしお前の姿はまるで、授業中の若造だ!』

誰からもイメージを持たれていない、何の象徴でも無い陳腐な天使のままの姿。


「力不足、未熟者だと言いたいのか..‼︎」


『唯未熟なだけの神であれば、未熟なりに威厳を帯びてくるものだ。しかしお前にそれは違う、皆の〝記憶の中にいない〟のだ』


「記憶に....いない...?」

周囲の連中は下界の天使も含めて皆〝右腕〟と呼ぶ。初めから連中はゼウスの部下と認めてはいても彼を神とは認めていないのだ。


「だがゼウス様は..ゼウス様だけは...‼︎」


『ゼウスの言葉は意味があったよな?』


「..真言。」

ゼウスは知っていた、若く未熟な鍛錬のみで覚醒した天使がいつか新たな脅威とならざる可能性を秘めていると。


『新たな歴史を創りつつあるお前の名前を呼ぶ事で有り余る力を制御していたに過ぎないんだよ、自分自身に何か強い違和感を感じた事が今まで一度でも無かったか?』


「‥そうか、だからいくら鍛えても成長が見られなかった訳か。伸び代の最大限まで既に到達してしまったのかと思っていた。」

鍵は容易に外れてしまう、少しのきっかけさえあれば力を加えずとも単純に。


「牢を開けろ、そして共に来い」


「求めるものがその先にあればな。」

かつての未熟な眼差しは無い、居場所に帰属する黒き翼の準備をしている。


「名を教えてやる、お前の意味をな」

若き神は右腕から解き放たれ真の姿を現す。

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