第5話 右腕の在処
力はそれほど強く無かった。
唯誰よりも
「ジュピター」 「はいっ!」
〝若造が〟と馬鹿にする者もいた。
しかし全能の神ゼウスだけは彼を咎めず、揶揄う事も決してしなかった。それどころか彼を誰よりも信頼し己の側に置いた。
「ジュピター」
ゼウスは右腕の名を呼ぶ。
「はいっ!」
それに活力を持って答える。
「あのジィさん何であんなガキ連れてんだ?」
「さぁな、奴の考えてる事はわからん。
アイツにはそれがわかるんだろ、だからこそあんなにも従ってる」
「成程な、確かにオレ達にはわからねぇ。
強靭過ぎる程の力を持つ〝オレ達〟にはな」
ゼウスが彼を重視するのは、神の中で唯一彼のみが〝努力のみ〟で天の輪を覚醒させ神の力を得たからだ。
「元々神の素質を持っていない状態から磨いた力で神に成り上がる...美しいねぇ。」
鍛錬の末に得た力、天界の歴史を数えてもそんなルーツの神はいない。
「だからこその君だよねぇ..ジュピター君?」
下界から瞳が覗く。
「あっちに向かう〝ツテ〟はあるの?」
「んーまぁなくはないんだけど色々とリスクがあったりするんだよねぇ。」
無闇に外から侵入すれば、こちらの世界の存在を把握されてしまう。一度警戒されてしまえば、ユグドラシルの向こうにまで厳重な警備を置かれかねない。
「これ以上何かを奪われるのは嫌だろ?
僕も同じくごめんだからさ、面倒だけどここは慎重にってコトになるよねぇ。」
「アナタでも慎重になるのね」
「そりゃなるよ、僕を何だと思ってるの?」
「創始者」
「…まぁ確かに。」
アダムの力は創造の具現化、無限大ともいえる力に思えるが難しい事もあるようだ。
「堕天界からユグドラシルを繋げる階段でも創ればいいんじゃないのか?」
提案するのは黒き翼を広げた悪魔の姿に近い風貌をした堕天使、背は高く身体が大きい。
「それはあからさま過ぎるよマンセマット、
架け橋なんて作ったら〝是非お越し下さい〟って云ってるようなもんでしょ。」
「オレは階段といったんだが...」
どちらにせよリスクが乗るという事らしい。
「……。」 「..なんだ?」
「アダム以外が話すところ初めて見た。」
「何も話さないと思ったか?
馬鹿をいうな、オレたちも生きている」
「確かにマンセマットは一番話し難いかもね」
彼は会う度に顔が異なる。
身体を自在に変化させる事が出来、用途に合わせ大きさ・質量などを調節して生きている
「何のためにそんな事を?」
「多くは偵察だな、基本的にはオレが天界に赴き仕事をする。今は別の作業をしていてな、筋肉がいつも以上に必要だからこうして身体をでかくしている。」
「成程、天使の民に姿を変えれば..って直ぐに魔力の大きさでバレちゃうんじゃ」
「そこがスゴイところでね、マンセマットは魔力の出力ですら調節して欺ける。だから神も平然と騙せちゃうってワケなんだなー。」
「そんな事まで出来るの?」「まぁな」
ゼウスの真眼は天使や神の総てを視るが、それは内側から体外へ漏れている既存の情報ただそれだけだ。細工され、隠された部分までの把握は出来ない。意味合いでいえば天使の中で唯一〝全能すらも欺ける存在〟といえる
「正直使えたら随分ラクなんだけど、仕方ないサリエルに頼めるかな?」
「……いいわ、やってあげる。」
物静かな小柄な少女がそろりと現れる
背に生える黒い翼が、白銀の髪を靡かせる。
「一応〝道〟は創っておいたけど、出来る?」
「…充分よ、糸を通すだけだもの。」
指先から延びる魔力の糸が、アダムの視線を進んでいく。民や神々は気付かない、元々脅威と成程の〝度量〟が彼女には無い。
「……捕まえた」
民の一人に糸を括り付け、人形と化す。
「見えてる皆さん?」
「何が起きてるの、これ..。」
「サリエルは糸で対象を操れる、相手は問わない。天使も神も、魔女でも支配下だ」
「でもあれ魔力の塊でしょ?
それこそバレちゃうんじゃないの」
「…問題無いわ、ワタシの魔力は元々低い。
対象に付けて漸く力として反映される」
糸を対象に伸ばしても完全に付着するまでは見えない唯の糸も同然であり、対象を人形化させた後に対象の持つ魔力量を使用し操縦者を繋げる糸となる。
「相手の魔力が少ないと出来る事も少ないけど、暴動を起こすくらいなら民の天使でも事足りる。繋げても糸は見えないままだしね」
「…黒子ノ
ワタシが創った新しい技術なの。」
視界をアダムがつくり、手足をサリエルが動かす。緻密な作業は神経をかなり使うが、手間を掛ければ結果も精巧となる。
「ユグドラシルは今どうなってるの?」
「うん…まぁ悲惨だよねぇ。」
ユグドラシル下界・民の住む地
「おい、何してる!?
やめろ! やめるんだアクビル!!」
「うあぁぁぁっ!!」
手に握るオノは既に天使の血で汚れていた。
青年アクビルの周囲には、切り刻まれた天使の民たちが瀕死同然の姿で横たわっている。
「‥おい、どうしちまったんだよ?
お前何をやってるかわかってんのかっ!!」
青年の友人サフィスが必死に語りかけ止めようと奮闘しているが、彼の眼は既に声を聞くほどの正気を保っていない。
「うるせぇよ。」「……は?」
迷いなく引き裂いた、かつての友人は広場を汚す模様の一部と成り果てた。下界の民たちは彼を見て震えている、優しかった姿はもうそこには無い。楽園は地獄と化した。
「はぁ、はぁ..はぁっ‼︎」
「ひいっ!」
構えた斧に反射する天使達の泣き顔
今更見ても変わり映えは無し、心は動かない
「……全員死ね。」
振りかぶったオノから血飛沫は漏れず、代わりに鋭い金属音が衝撃波のように拡がった。
「..なんだよ?」
「そこまでだ、若き暴我よ。」
狂気を防いだ髭を蓄えた鎧の男
それに連なる銀色の兵隊、上界の神官達だ。
「共に来てもらうぞ、異論は無いな?」
「……ちっ。」
人形は上界、神の住む城の中へと向かう。
「次のフェーズへ進んだね。
そろそろ対面したいけど、まだ早いかな」
覗き見するのは、全能の右腕。
「君の居場所はそこじゃないんだよ?
本当の在処を教えてあげようじゃないか」
選んだ居場所は、仮の棲処
「ねぇ、ジュピターくん」
闇の視界は既に、彼を捉えている。
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