第2話 汚れた翼

 城内広場、またしても神が声を上げる。

ジュピターがあせあせと落ち着かない様子で見守りながら寄り添っている。


「また説教か?」


「だろうな、ありゃ相当お怒りだ。」

かつて下界の天使が集った広場に神が跪き、最早呪法ともいえる言霊を受ける羽目になる


「聖杯に続きオーディンの神槍グングニルまでもが奪われた。お前たちを疑いたくは無いがやむをえん、神官から天使に至るまで全てが疑念の的だ。無論神々もな!!」


「くっ! 効くぜぇ神の言霊!」


「オーディンか、久しい名だな。」

かつて城に居た神の一人オーディンの持つ神槍グングニルは狙った者を貫くまで穿ち続け、事を終えれば手元に戻ってきたという。それはひとえに槍の協力な威力も相まったものだが大きくはオーディン自身の力、神そのものの魔力が槍に更なる効力を与えている。


「こんな事を二度と云いたくはないが、改めて伝えおく。宝物殿には近付くな!!」

言霊の結界は下界の天使程効力を持たない、偉大なる神の城に居過ぎたせいか民達よりも神々の言葉を聞き慣れてしまっている。


「帰るぞジュピター!」「はっ!」

だからこそ警戒が必要なのは外より中であり、神聖なる場所にこそ裏切りがあってはならない。常人と神とが違うのは、欲の遣い方だ。人は欲を持てば小さくとも直ぐに解放させる為の行動を考え実行する、神は欲を持ち解放すれば秩序と共に世界という概念を壊してしまう事を知っている。故に留まる術を覚える


「最も危険なのは、神ではない欲を持った者が〝神に近い力を持ってしまう〟事じゃ。」

欲の解放によって起こる衝撃がどれ程のものか、神でもない存在にはわからない。


「罪人を把握した、女天使の中の誰かだ」


「具体的に誰かというのは..?」


「わからん、神の力を宿していれば力の反映は薄れる。しかし連中周囲の光に変動が見られた、奴等の監視を高めろ。」


「はっ!」

その後、改めて女天使のみに言霊が付与された。下界の天使達のようにしっかりとした結界が張られる事は無かったが、全能の神の怒号という力だけでも充分に律する要因となる



「なんでアタシたちが説教食らわないといけないのよ、疑ってるわけ?」


「カミサマより怪しいって事でしょ」


「カミサマとかホウモツとか、ここもあんまり楽園とは言えなくなってきてるわねー。」

神の一部を宿した者がいる、それだけで世界というのは簡単に崩れるものだ


「……」


「ユスリカ〜? あんたはどう思うー?」

距離を置いて塀に座る静かな天使に声を上げて問いかける。


「…物騒だな、って..」


「あんたも気をつけなよー?

知り合いが罪人って事もあんだからさー!」


「そうだね..。」

静かに返事をして微笑む天使の顔色よりも、注目したのは声を掛けた方の天使だった。


「……なによ?」


「あんたあの子と普通に話すんだね」


「嫌いなのかと思ってた。」


「いつもいないから会話がないだけでしょ。

..ていうか、別に嫌いになる要素ないし」


「……。」

その日もユスリカは図書館へ向かう

神の宝物、聖の羽衣を纏いながら。


「予想以上の効力ね、全能の神の真眼をあそこまで防げるなんて。聖遺物と呼ぶだけあるわ、あと少しで私も完璧な神様かもね」

段階は既に、あと一歩の処まできていた。

神の力を身に宿し戦力を得た、羽衣を纏い護りを固めた後に残るのは知恵と真実の眼。


「禁じられた果実、それは多分この本の事..」

いつも開いて読んでいるページに手をかざす。その掌は以前とは異なり、神を得たもの


「…鍵を解きなさい、私は神よ」

眩い光と共に真の姿を解き放つ。古ぼけ煤けた本は汚れを落とし哀れな天使に本当の知恵を授ける聖書となって更なる力と成る。


「天の輪が輝きし刻、神は生まれる..」

聖書に刻まれた一文を口にしたとき、ユスリカの言葉は魂を宿した結界として覚醒する。


「天の輪かたちを変えし刻、神は己を..」


「そこまでだっ!」

二行目の一文を読み終えようとしたそのとき、小さな刃のようなものが聖書を吹き飛ばし無理矢理に言葉を止めた。


「……何?」


「やっぱり女天使だったか。

貴様! 自分のした事が判っているのか!」

一部始終を監視されていた、大きな力を一遍に持つと小さな力を見落としがちになる。


「アナタこそいいの?

平気で聖書を傷つけたけど、勿体無い。」


「お前....はっ! 天使の輪が覚醒している⁉︎」

神は天使の成れの果て、元から寄り添う輪の形も姿が変われば禍々しく変容する。


「止められると思う?」

掌かざすと神槍を取り出したジュピターへ突き立てる。オーディンの武器とされていたのは遥か昔、今や天神ユスリカの物である。


「グングニル、まさかこんなものを相手にする日が来るとは思いませんでした..」


「災難だね、神の右腕?」


「いえ、僕の気持ちじゃありません。

思ってはいますが、正確にはそうですね..」


「アレス」


「ギガース」


「ポセイドン〜っと。」


「馬鹿野郎、次はオレの番だ!」


「固てぇ事いうなよゼラ」

ジュピターの背後から次々と光の塊が出現し、神としての姿を現す。


「皆様方の総意です」


「……これでは狙いも定まらないわね。」

槍を掌にしまい、神々を睨み見る


「抵抗しないのか?

..いや、せめてもの抵抗がそれか。」


「ゼウス様」

神々が跪き道を全能への道を作る。

人一倍大きな光、中から現れたのは広場で見た老獪な男。天界の核にて歴史そのもの。



「お前が罪人か、女天使ユスリカ。

今は天使ですらない神もどきであるがな」


「私をどうするつもり?」


「…下へ堕とす。」

ゼウスが腕を振り上げ、降ろすと雷ユスリカのもとに雷が落とされる。本来ならば神の神罰は罪の咎め赦しを天秤に掛けたのにの吟味になるが今回はふるいに掛けずとも罰を与える対象だという事が明確であるため直接にゼウスが赴いての執行となった。


「あ…あ……‼︎」


「哀れな、魔女にすらもなりきれんか..」

翼を破られ輪を崩された。身体に馴染んだ宝物や聖遺物の力は神の力を失えば徐々に消滅していく、ユスリカは天使ですらも無くなった。ユグドラシルを追われる身となったのだ


「私は..どうなるの....?」


「下界をさまよう愚者となるのじゃ、死ぬ事すらも赦されん。神でない、ましてや天使でも無いお前には寿命などありはしないからな」


「嫌だ、下界なんてあんな見窄らしい処..!」


「違いますよ。

ゼウス様のいっている下界というのは天界の下側、つまり民達の住む場所では無い」


「……へ?」


「その更に下。

簡単に云えば〝空の下〟です」


「嘘でしょ...?」

足元に大きな穴が空き、追放の入り口となる


「さらばじゃユスリカとやら。

長きに渡る天界の恥として、地に堕ちよ」


「…アハハハ、アハハハハハッ!!」

潰れた翼はもう開かない

渇いた廃人の笑いが、穴の中を響き震わせた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る