堕天の女神
アリエッティ
第1話 神の国の定理
天界の大いなる国 ユグドラシル
ここは別名「楽園」と呼ばれ、神や女神に秩序を保たれながら天使たちが暮らしていた。
「集会? こんな朝早くにか?」
羽を生やした青年アクビルは友人のサフィスに問いかける。友人も同じく隣であくびをしている、人からの誘いにしては時間が早過ぎると誰しもが思う忙しさである。
「神様が直々に話があるらしい。
国の民を全員集めてまで伝えたいんだとさ」
誘いの理由は神の召集。上の存在と思っていたが、どうやら下を見下ろす優しさを持っていたらしい。
「お前アッチ行った事無かったか?
オレは一度あってよ。ほら、それに腰掛けな」
光の玉座に座り、神の住む城へと誘われる。
普段は下界と外界と区別され、国の民が城へ登る事は出来ない。
「これ、一人一人にやってるのか?」
「城へ続く道みたいなもんだ、大して労力はかからんだろ。仮にも神って連中だしな」
広場に椅子が用意され、座れば城の通路へと飛ばされる。その後は神に使える天使たちが先導し、城の中へと導く。
「こちらです」
長い通路を二人の天使が進み、その後をついていく。最後まで通路を進むと大きな扉の前に差し掛かり、暫く待つと音を立てて開く。
「お進み下さい」 「…ども。」
扉の先には広場があり、既に無数の天使たちが集って塊となっていた。
「すごい数だな、これだけの民を集めて話したい事ってなんだろうな?」
「私語は慎め、ここは神聖な場所だ」「うお」
神官が槍を持ち指摘する。話しただけで貫かれては召集どころか昇天になりうる、天使といえど死には抗えない。
「はやく整列しろ」「すいません。」
軽く頭を下げそそくさ塊に合流する
その後もゾロゾロと天使が集い、準備が整うと城の広場の目立つ位置に置かれた玉座を囲うように神々が並び立つ。
「なんだアイツら?」
「全能の神、この国の秩序を統括する王を守る神々だ。話くらいは聞いた事があるが、実物は計り知れない凄味を感じるな。」
「王を守る神..」
子供の頃、何度か図書室で読んだ事がある。
王を守る神々の話、全能を司るゼウスに仕える幾つもの神が玉座を守護し秩序を保つ。
「アレスギガースゼラポセイドン♪
あだなす翼をちぎって捨てる♪」
「神々の守護の歌か、懐かしいな。
子供の頃よく親が歌ってくれていたよ」
下界では誰しもが知っている有名な歌だ。歌詞の内容は優しいとは決していえないが、天使の親は子供を寝かしつけるときによく歌う
「そうなのか、ていうかお前誰だよ?」
「俺だって知るか、初対面だろ」
見知らぬ天使に絡まれた、ただそれだけだ。
「ゼウス様のお目見えだ!」
神々が一斉に膝をつく、それと同時に集められた天使も腰を低くして頭を垂れる。
「これ、やんなきゃダメなのか⁉︎」
「当たり前だろ、全能の神様だぞ!」
見知らぬ天使が焦っている、見知らぬ神に。
「こちらです。」
「…玉座などよい、直ぐに終わる」
大きな椅子の後ろにある穴のような入り口かは姿を現したのは、長く白い筆のような髭を蓄えた老獪な男。神というよりは、村の長老といった方がしっくりくる出で立ちだ。
「あれが神なのか?
どうみてもただのじいさ..」
「口を慎め、それ以上言えば翼が折れるぞ」
神官が鋭い目をして槍を突き立てる。
「アンタまだいたのかよ⁉︎
..ていうかどうやってやってんだそれ。」
列の中心にいるアクビルを槍の先端だけが狙っている、柄を伸縮させる事ができるようだ
「オホンッ!
わざわざ足労申し訳ない、下界の天使たちよ。少し伝えておきたい事があってな」
咳払いをもう一度して、改めて言葉を続ける
「下界から、我が城へ来る事は少なかろう。故に知らぬ者も多いかと思うが、天界には城の他に〝宝物殿〟と呼ばれる場所がある」
正確には城の中に存在する宝庫のようなもの、神々への祀りものや宝珠などの貴重なものが保管されている場所だ。
「そんな場所があったのか..!」
「けどそれを何で態々教えてくれるんだ?」
「ゼウス様の御言葉は、伝わるだけで意味がある。言霊というものを聞いた事があるか」
小さく話す天使の群れに神官が問うと何名かが頷いた。アクビルはその言葉を知らない。
「言霊というのはゼウス様が伝える言葉によって様々な意味合いを付与させる」
下界の天使全体に伝える必要がある、それは後の可能性についても一枚噛んでいる筈だ。
「元々は神官も下界の天使である事が有るらしいからな、下からあがってきたときの事も考えているのだろう」
ゼウスの話を続けて聞くと、それがより色濃く反映されることとなった。
「先日その宝物殿の中に祀られていた、聖杯が何者かによって持ち去られた。」
「持ち去られたって..」「泥棒か!」
宝物殿に忍び込んだ誰かが、宝の一つに手を掛けた。聖杯は古き神が遺した聖遺物の一つ、神聖な宝物の一種である。
「誰の仕業かはまだわからん、しかしこれだけは言っておこう..」
神々が並ぶ高台の中心へ立ち天使を見下ろすと、威圧的な轟音が鳴り響く。
「宝物殿には近付くな!!」
ビリビリと空間が痺れるような衝撃、天使を集めて伝えた理由は城に結界を張るため。意味を乗せた言葉を伝え、宝の部屋へ近付かせまいと天使の身体に封を刻み込んだのだ。
「……以上じゃ、還り道を用意してやれ」
「はっ!」
天使達の神経に〝宝物殿には近付かない〟という命令が下された。
「端から徐々に門を抜けろ!
列を乱すなよ? 外へ出たら光の椅子に座れ!」
神官の命令に従い次々と門から城の外へと抜けている。神々は高台からそれを見守りゼウスはそろりと来た道から奥へと戻っていく。
「ゼウス様!」
「…よい、一人で歩ける。」
青年の姿をした神が気にかけるも軽くあしらわれてしまう。神は様々な形をしている、ゼウスのように生まれたまま年を取り素の姿を晒している神は少なく殆どは存在を周囲のイメージや象徴として型取った姿をしている。
ポセイドンならば海の主、ゼラならば翼の生えた龍のような大いなる姿。
それと比べると全能の右腕であるジュピターは、神と呼ぶには威圧が極端に少ない風貌をしているといえる。
「ふぅ..やはりこっちが落ち着くの。
玉座は目立ち過ぎていかんわい、ご苦労じゃたなジュピター。お前も少し休むといい」
「はい!」「いちいち跪くな」「はい!」
忠誠を誓うあまりいちいちの振る舞いが大振りに面倒な仕様となっている。全能の神といえど基本的には偉ぶるつもりはゼウスに無いので、休息にしても疲れが増す要因となる。
「返事もよい。」
「はい! 有難う御座います!」
「..もうよい、それより罪人は?」
「まだ見つかっておりません。
下界の者共を召集しても手掛かりすら掴めないとは..ですが、予防線にはなりました!」
「そうじゃな...じゃが解決にはなっとらん」
模倣犯や類似した行為は下界からはもう発生しない、言霊によって付与した神経への封が宝物殿への侵入を阻む結界となる。
「下界の民では無いとなると、やはり..」
考えたくはないが、そうだろうな。城内の神官か、もしくは君臨する神そのものか...。」
「私を疑っておいでですか?」「……さぁな」
身近に盗人がかなり高い可能性を誇り存在している、たとえ傍が忠実な右腕であったとしても疑わざるを得なくなる。
「何か違和感が見つかれば伝えろ、些細な事ですら疑いの要因となりうるからな。」
「…違和感ですか、一つあります。
罪人は何故数ある宝物の中から聖杯を選んでくすねたのでしょうか?」
欲が蠢くならば、高価なものは他にある。
価値で比べれば聖杯など他の宝物と比べれば大した事はない。
「そうか、お前はわかっていないようじゃな。
確かに価値でいえば他にもあろう、しかし手にする〝用途〟でいえば聖杯で間違いは無い」
「用途、ですか?
..聖杯で出来る事は、水を飲む事くらいでは」
「神の飲む水だ、それを聖なる杯で飲む。
それは一つ目の儀式、総ての始まりとなろう」
聖杯で聖水を含む
それは神にとっては唯の水分補給だろうが、神官や天使にとっては至極特別な儀式となる。
「常人が、神となる儀式..!!」
「だが神の力は底知れん、己で云うのは気恥ずかしいが紛れも無い事実だからな。そんな力を取り込んだ天使や神官如きが、無事で済むとは到底思えん。」
「‥罪人は、何者なんですか?」
神の力を取り込もうとする愚者。気紛れの悪戯か意図した強欲か、どちらにせよ赦し難い
「わからん、充分に用心しろ。
身近なものなら尚更な」
親しき中にも礼儀あり、神の世界では警戒心をより近くに大きく向けろという意味がある
「はいっ!」
神の城
主にゼウスをはじめとした神々が住まい生活する崇高にして偉大なる聖域。城を護る神官、道案内の女天使達が行き来をし活動する。
「久し振りに下界の天使を見たけど、思ったより泥臭い連中ね。同じ天使だと思えない」
「同じじゃないわ、空気がまるで違うもの。
私たちは〝上界〟の天使なの、下界の連中とはまるで格が違うに決まってるわ」
神の住む場所を天界、天使のみの場所を下界と表し全体の国名をユグドラシルと呼ぶ。下界はあくまでも下界、神の住む上界のみを改めて天界と呼んで区別をしている。
「それよりあの子は?
あのいつも隅っこにいる大人しい子。」
「ユスリカね、また図書館じゃないかしら」
「また本読んでんの?
よく飽きないわねー、私だったら虫が湧くわ」
建物の塀に座り談笑をして楽しんでいる。
女天使は基本的に城の外に家があり、そこに寝泊まりをしている。城の中へ入れない訳では無いが、仕事が道案内や庭の掃除なので余り中へ入る用事がない。
図書館は、城の中の一室にある。
「……禁じられた果実、ひとたび齧れば秩序を司る力を得るが代わりに天の象徴を奪われる。取り返す術は何も無い、咎人となろう」
本に書かれた文章を目で追いながら口に出して読み上げていく。周囲には誰もいない、神は本を読まないのか来る際はいつも顔を合わせる事がない。
「‥成程ね、リスクは必ずついてくる訳だ。
どんな事にも隣り合わせ、迷惑な話ね」
冷めた目をしてページをめくりながら、明るめの髪を小刻みに揺らす。
「これ、何のためにあるんだろ?」
頭の上の光る輪を見つめ疑問を浮かべる。
天使や神官、果ては神にすら寄り添っている光輪が本によると天の象徴とされている。
「罪を犯したら、これを破られる。
..私もそうなったりするのかな?」
懐から取り出した金色の杯が冷たい瞳を照らし本性を探っている。
「次は何にしようかしら、オーディンの神槍グングニルなんてよさそうね。」
神は天に宿り、やがて形を取り戻していく....。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます