ワーちゃんが来てから
「フエエエン」
ベビーサークルの中で桃色のコットンの地にさくらんぼの模様が入った真新しいベビー服を着たワーちゃんはおもちゃ遊びに飽いて泣き声を張り上げる。
「はい、はい、はい」
私はパソコンの画面を開いたままそちらに向かう。
「オムツかな? おっぱいかな?」
抱き上げると温かな重みと共に乳臭い、甘い匂いがするが、ベビー服の上から擦る小さなオムツのお尻の感触はいつも通りまるで排泄した様子がない。
「これ飲もうね」
お白湯を入れた哺乳瓶を差し出すと、小さな両手で持ってニップルを吸い出した。
「喉乾いてた?」
腕の中の赤子は大きな目を細めつつ小さなほっぺを震わせて飲む仕草をしているが、傾いた透明プラスチックの哺乳瓶の中のお白湯は一向に減ることはない。
――ガチャリ。
振り向くと、部屋着姿の夫が草臥れた顔つきで伸び上がる所だった。
何時からオンライン会議があるからちょっと早いけど昼飯にしてくれ、という話になるだろうなと思ったところでフッとその顔が緩む。
「ワーちゃんもご飯か」
自分にも抱かせてくれ、という風に部屋着の両腕を差し出す。
私がワーちゃんの唇から一切中身の減っていない哺乳瓶を外すと、夫は待ち兼ねたようにベビー服の座敷童を抱き取った。
「お腹いっぱい飲んだかい?」
「パイ、パイ」
「いっぱいって言えたね!」
「エヘヘへへ、パイ、パイ!」
楽しげな二人に背を向けてこちらはパソコンをシャットダウンすべく水色のネモフィラの花畑が映るロック画面を解除する。
「まだ職探ししてたの?」
画面が“書類選考結果のご連絡”というタイトルの不採用通知の文面に戻ったところで後ろから声がした。
「うん」
別に隠すことでもないので淡々とした風に答える。
「これはずっと前にエントリーシート出したのが今になって通知が来たんだけどね」
もう用は済んだのでシャットダウンする。
「お昼、何がいい?」
ご飯ならまだジャーに沢山残っているけれど、と思い出しつつキッチンに向かう。
「仕事、無理に探さなくていいよ」
振り向くと、夫はベビーサークルの中から玩具のヒヨコ入り卵を拾い上げて胸に抱いた座敷童の手に持たせる所だった。
「二人で食う分だけなら俺の稼ぎで何とかなるし」
パカッと小さな手が開けて示したおもちゃのヒヨコと嬉しそうな赤子の笑顔を見下ろす夫の細めた瞳の奥が微かに潤む。
そこから夫婦の声が揃った。
「今はもうワーちゃんがいるしね」
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