寿命が見える男 後編

僕は仕事絡みでない限り、寿命は決して口にしない。アドバイスも決して言わない。


僕が軽はずみに関与すると、それはその人の人生では無くなる。都合のいい人生になってしまうのだ。

金銭的負荷や見知らぬ他人だから、僕は占いや予言をすることが出来る。

しかし身の回りの人は別の話。

何より僕への感情はどんどん黒い物に変わってしまう。


だから僕は彼女に言わなかった。

そんな彼女は見たくなかったから。

ずっと前から彼女の寿命なんて見えていた。

彼女はいつ死んでいても可笑しくない、そんな存在だったんだことなんてずっと気づいていた。


それは僕が出会った時から彼女の寿命はずっと0日であった為だ。

亡霊が見えるようになったのかと勘違いするほどに、彼女は不思議な存在だった。

長く美しい黒髪が守っていたのか、それとも僕の家族から学校への支援により、学校にいる間は平気だったのか。

そんなこと今となっては分からない。


結局、彼女が大きなトラックに跳ねられた。


だから僕は言っていたんだ。僕と関わらない方が良いと。

僕は情を持つと相手にばれてしまう可能性が高い。

彼女には彼女の人生を歩いて欲しかった。

彼女は大学を進学しなければ、職をつけることは無かった。

2年生の頃、あれ程熱心にしていたバイトも止め、テストの成績も悪くなった。

友達も少なくなっていた。


これは悟ったようにしか見えない言動だ。

よくあるパターンだ。

人生で最も大切な事をするために、いろんなものを捨てていくことは。

それが良いというものだっているかもしれないが、僕はそんな風に思わない。



その考えが変わるなんて思ってもいなかった。

◇ ◇ ◇ ◇


彼女との最後の会話。

桜はまだ蕾で、夕暮れの教室。

僕は受験なんてしなくても大学が決まっているから、彼女と一緒に過ごす時間が長くなった。


「ねえ明日卒業式だね。」

相変わらず前の席に座る彼女。

黒髪が彼女の動きに応じて動く。


「君は進路をどうするつもりなんだよ?」

僕はその日、0日を3年も生きていた彼女に対して、死というものは無いんだと勝手に感じていた、


「十分と意地悪なことを言うのね。わかっている癖に。」

そう言った彼女は窓のほうを向き、ボーと外を眺めていた。


「私ね、桜大好きなの。見たいな。去年なんか友だちと目黒川へ行って、人混みの中桜を眺めていたのよ。」

「今年も見ればいい。もう何日もすれば咲くだろうから。」

僕はこの時やたらに未来の話をした。

彼女が未来を見ていないことに気付いていたからだ。


「明日見たいの!卒業式に桜なんて王道でしょう。」

彼女は茶化しながら、そう言った。


「明日は外に出ない方がいい。」

僕がそう言ってしまうと、彼女は細い目を見開き、誤魔化すように外に目を向けた。


「無理よ。」

彼女が少し間を開ける。

僕にはその言葉が妙に嫌に聞こえてしまう。


「無理なんかじゃない。君がそれを証明し続けていたんだ。」


僕は少し強く言う。この時の僕は阿呆なことに彼女が死ぬ、そんな事実に目を向けられていなかった。


「何言っているの?明日は卒業式でしょう。外に出ないなんて無理よ。」


冷静にそう返されてしまった。


「明日には桜咲いているといいな。」

「そうだな。」

「ねえ卒業しても友達で居てくれる?」


彼女がそう言うと僕は迷わず、そんなの当たり前だろうと返した。


「本当はさ、言わないことにしていたんだけど。」

彼女が意味深なことを言う。


「実は私のお父さんがお世話になったって嘘なんだ。お父さんが死んでいることは本当だけど、君の占いなんて受けてないよ。」

衝撃的だ。

彼女と話し始めたきっかけだと言うのに。


「ならどうして話しかけたんだ?」

「だって君入学式の日さ、私の顔を見た瞬間この世の者ではないみたいな顔を向けたんだよ。君は他の人との距離も遠くとっていた居たけど、私は顔すら合わせないって感じだったじゃん。だから気になったの。」


別に隠すような理由でもない。

でも情すら無くても他人に影響してしまうんだ。


「僕は視力で他者に影響を受けることが嫌いなんだ。」

「どうして?」

「その人の人生では無くなるから。僕はこれからどうやって生きればいいんだ。」

僕は情けない声を上げながら、彼女に話した。

これは友達だから出来たのであろう。

「貴方の方がよくわかっていると思うけど、他者と関わって、全く影響を受けないなんてありえないでしょう。だからそんなに気にすることはないわ。だって当たり前のことですもの。」

彼女は笑っていた。


僕はこの時から他者とも関わることを決めた。

当たり前、その言葉を貰ったからだ。

僕は自分と他者を区別してきていたことを自覚した。家族によるものの影響もあったけど、きっと視覚により、天狗のような状態になっていたかもしれない。

自分も他者であることが理解出来た。


いつも彼女から踏みよって貰ったんだ。

最期くらい自分から踏みよろう。


「春の桜が満開になった日、一緒に見に行かないかい?」

「もちろん。」


果たせることの無い約束をして彼女は冥路に飛び出してしまった。

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