寿命が見える男 中編

人の命に環境が関わっていることは言わずもがなであろう。


あの人さえ関わらなかったら私は事故に合わなかった、あいつのせいで屑のような生活をするようになったなど様々な負の見解がある。

またその一方で、あの人のおかげで頑張れた、君が命を助けてくれたなど正の見解もある。


命とはそういうものだ。


寿命を見ることの出来る一族は沢山ある。しかし環境因子が見える人まではかなり少ない。

僕の家は環境因子まで見える子が生まれやすく、親族が多いため途絶えることがなかった。

それが名家になった理由だ。


現に僕は環境因子により、1日ごとに変わる寿命を見ている。

しかし事故や自殺、他殺でない限り、どんなに伸び縮みがあっても10年程度であろう。


人の身体とは限りあるものだ。

僕の厄介なことは自分の寿命まで見えてしまうこと、そして大抵人と関わると寿命が減るシステムに気づいてしまったためだ。


そのため友達はおろか、同世代の関わりは婚約者くらいしかいない。

その婚約者だってそう仲良くもない。


僕はいわば良いとこのお坊ちゃんであるため、大切に育てられすぎてしまったのだ。


そして黒髪の彼女も僕の寿命に関与する存在であり、僕も彼女の寿命に関与する存在であった。


彼女は人との距離をつめるのが本能的に上手い人であった。そのため下っ手くそな僕とも平気で詰めて行った。


「おはよう、今日も早いね。」


彼女はいつも誰も居ないような時間から学校にいる僕に合わせて、自分も早く学校に来て、そう話しかけた。

飽きもせずに毎日来ては、僕のことを尋ねた。

視力に纏わる話から日常的な会話まで。


これはまたそのいつもの断片のようなものだ。

「その視力でカンニングとか出来ちゃう?」

彼女は前の席に座り、長い髪を耳にかけた。

「アニメの見すぎだ。僕の数値的視力はそんな良くはないし、何より透けて見えるのは専門外だ。」

「だからよく勉強しているのね。」

ケラケラと笑いながら、彼女は答えた。


「何度も言っているが、君は僕に話しかけない方がいい。」

当時の僕はそれが口癖だった。

すると彼女はいつもそれに対して、悲しそうな顔だが、声はいつものように返した。


「いいじゃない。いつか皆んな死んでしまうのだから。私はあなたと話さず延命するより、あなたと関わって生きていたいの。」


彼女は本当は僕の視力を持っていたのかもしれない。


「もうそんなに私と話したくないのかしら?」

と冗談らしく笑う彼女は、僕は美人でもないのにと感じていた。

でも今ならそういうところが、彼女の美しい所なんだと気づくことが出来る。


「君は本当に変わっている。僕の言葉に対してそんな笑っていられるのは君が初めてだ。」


いつも言わないことを言った。

この時の僕はこれが如何に悲しいことが理解していなかった。それが当たり前だったのだろう。


彼女はいつも悲しそうに呟いていた。

「何か特別なことをしているつもりはないだけどね。」


「君の髪だって不思議だ。どうして日本人形とからかわれるのが嫌いなのに伸ばすんだ?」


彼女はいつも僕が質問しないから不思議に感じていたと思う。


「うーん。この世の中には自分の想像もしない物がおそらく沢山あってね、どんな事が起きても私は守らなくちゃいけないと思うの。いろんな作品で私は髪の毛を捧げたり、命を救ったりする場面を見たわ。だからもしものためにね。」


何をトンチンカンなことを言っているだろうか。


僕はまたアニメの見すぎだと言うと彼女は照れながら、

「本音を言うと自分の髪が好きだから伸ばしているの。それにいつまで長い髪をして居られるかなんてわからないでしょう。」

と言った。


ゆっくりとその時間は僕にとって大切な時間――寿命をかけてもいい――になり、そして初めて友人関係というものを理解出来た。

彼女が質問攻めをしていた関係も、僕からも質問するようになり、彼女は相変わらず僕に合わせてくれていた。


そんな関係は高校時代で幕を閉じた。

なぜなら卒業式の日に彼女は死んでしまったからである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る