第459話 偽りの希望

それは己自身との対話をするための放浪であったのかもしれない。


何をすべきなのか、自分はどうしたいのか、そして世界はどうあるべきなのか。


クロードの中にあったこれらの問いの答えは、百年ほどかけて≪大神界≫の隅々まで足を延ばし、様々な出会いと発見を得た中で、次第に輪郭が見え始めてきた。



百年経ったルオ・ノタルは、もはやオルタが退位しており、そこから二代継承が進んでいた。


時の経過とともに、各地の都市はさらに発展し、かつての知り合いはさらに少なくなっていた。


オルフィリアたち長寿のエルフ族でさえも老境に入り、昔とほとんど変わらないのはリタやゲイツなどの≪異界渡り≫たちぐらいであろうか。


クロードの放浪からの帰還はそうした人々を大いに驚かせてしまったようで、今までどこにいたのかなど、人によっては大変な質問攻めにあってしまった。



クロードがルオ・ノタルに戻ってきたのは、ようやく悟り得た自らが為すべきことを形にするためであった。


ルオ・ノタルを含む≪大神界≫のすべてを、そこに住まうすべての生命の営みをモレク神族と対峙しなければならない十四億年先の、さらにその先まで一日でも長く存続させるということ。


そのためには多くの人々の助けが必要だった。


オルタたちが元にいた並行世界の状況を参考に、さらにより良い未来につながる様にやれることをやろうと思ったのだ。


まず必須だったのは、≪大神界≫を包む外殻の破壊手段の確保だった。


外殻の耐用年数が尽きるのを待っていたのでは、おそらく万全の状態で待ち構えるモレク神族と相対しなければならず、これはオルタの話に合った通り、こちらから外世界に出ていき、奇襲をかける形でなければならないからだ。


元使徒の科学者ゲイツ、そして≪箱舟≫の管理をオディロンから引き継いでいたオルフィリア、そしてバル・タザルなど魔道の極みにある者たちの協力が必要だった。


ルオ・ノタルの考案した≪魔力≫をさらに突き詰め、それを有効活用する技術の進歩と新たな発明に全力を注いでもらった。


ゲイツは自らが自然死できる階層次元に連れて行くという約束を反故にされたままになっていることに拗ねた態度を見せていたが、クロードが深く謝罪し、これから起こる全てを説明すると、壁に掛けてあった老いた妻らしき女性の絵を眺めながら「死ぬのは、そのモレク神族とやらの絶望した顔を見てからにするか」と冗談で返してくれた。


流転のザナイ・ミギチシギの権能でゲイツの望みはいつでも叶えることができるのだが、そのことを正直に伝えても協力してくれるという意思は変えないでくれた。



そしてクロードはさらに、≪大神界≫に散在している全ての≪世界≫を≪唯一無二の主≫から授かった力で、ルオ・ノタルの周辺に移動させ、同一銀河内に結集させた。


同様にすべての生き残っている神々を呼び寄せ、自らの眷属にすると、改めてクロードは「統一神ディフォン」を名乗った。


眷属となった神々のそれぞれの≪世界≫で自らをあがめさせ、その信仰をクロードの一身に集めさせるように命じた。


これは少しでも自らの≪神力≫をその期限が迫る直前まで高めようという悪あがきであると同時に、全≪世界≫の人々の心を一つに束ねようという狙いがあった。


本来であれば、このような信仰の強制などさせたくは無かったが、おそらくこれから起こるモレク神族との未曽有の戦いは如何にその余波を防ごうとも深刻な大破壊を引き起こしてしまうことになるであろうし、そうした際に人々がすがる先が無くては絶望に抗いきれないと思ったのだ。


実際には気休めかもしれないし、そこで自分と共に滅び去る運命かもしれない。


しかし、その気休めがたとえ偽りによるものであろうとも、あのオーリボーの浜辺で自分の心に幾ばくかの安寧をもたらしてくれたこと同様に≪大神界≫に生きる全ての人々の小さな希望になれば……。



『この銀河に生きるすべての民よ。我は、万物の創造主にして、汝らの運命を支配する統一神ディフォンなり。我は予言す。十四億年先の未来、汝らは想像を絶する危難に直面する。死せる者も生き返り、再びその身を地獄の業火で焼かれるような苦しみを味わうことになるだろう。だが、救いはある。今日、この日より汝らの隣人を愛し、善く生きよ。そして、我を信じ、疑うことなくその生涯を全うしたすべての魂はその業火から救い出され、天の国で永遠の安寧と幸福を得るであろう。我は統一神ディフォンなり。衆生を救済し、全ての神々をそのしもべに従えしもの』


クロードの言語を越えた意思の≪念波≫は、銀河内に響き渡り、その日、その時、存在していたすべての者たちがその音によらない声を直に聞くに至った。


本当は万物の創造主などではないし、内容のほとんどは真実ではない。


それでもこうして直に語りかけられれば、少なくとも目に見えぬ超越者の存在を信じざるを得なくなるだろうし、自分以外の全ての人間がその声を聞いたとなれば信憑性も増すというものだ。


自分に対する信仰が高まることで得られる≪神力≫がどこまであてになるかはわからないが、とにかくやれるだけのことはすべてやっておきたい。


≪神力≫がモレク神族に対して直接有効な手段でないとしても、≪魔力≫の増幅や様々な用途に使用できるとクロードは考えたのだった。




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