第134話 避難民大移動

オーク族が与えられた所領にいち早く移動したのとは対照的に、他の種族はイシュリーン城周辺から動こうとしなかった。これは与えられた所領の位置や各種族の人口の少なさも原因であったのだが、魔将ザンドーラの西からの侵攻を想定すると今は城の備えを頼りに戦った方が、移動した先の自領で孤立するよりも被害が少ないという各族長たちの判断であったようだ。


オーク族のように人口が多ければ、種族を二つに分け、どちらかの生き残りをはかることも可能であったのかもしれないが、二番目に数の多いオロフたち狼人族でさえ、三千人に満たない数なので、戦闘員と非戦闘員の数的バランスを考えるとこの判断は妥当であると思われた。

まずは魔将ザンドーラの侵攻を防ぐのが先決で、各所領の発展はその後の話になりそうだった。



こうしたクロードたちの思惑をよそに、西から現れたのは、おびただしい数の難民たちだった。テーオドーアやオイゲン老たちとは違う複数の氏族からなる闇エルフ族、先の大戦でルオネラに従わず西のバルトラ鉱山で中立を保っていたドワーフ族、鬼人族、鳥人族、他にも自分が見たことがなかった様々な種族が続々と助けを求めて、イシュリーン城に殺到してきた。城の周辺は難民たちで溢れ、その人口は何倍にも膨れ上がっていた。

難民たちは皆一様に疲れ果てており、オイゲン老の指示で行われた炊き出しに、幾ばくかの元気をもらったようではあるが、雨風をしのぐ場所もオーク族が放棄していった洞穴だけでは十分ではなく、途方に暮れていた。


彼らが口々に語ったのは、手が付けられないほど巨大で獰猛な蛇の話だった。

その蛇は冬の終わりと共に姿を現し、次々と集落を襲いながら、この城の方向に移動しているのだという。その旺盛な食欲で人々をその食欲が満足するまで丸のみにし続けると、休息し、腹が減ると再び動き出す。

抗う気が起きぬほどの大きさで、動きが早く、食欲旺盛で手が付けられない。

集落と家財を放棄し、家族と身一つで必死に逃げてきたのだそうだ。


「あれはとんでもない化け物ですニャー」


難民たちに先行して報告に訪れた猫尾族ネーナの話では、その頭部は人族はおろか、その倍は身の丈のある鬼人族を簡単に丸のみにできる大きさを持ち、その全長は視界の悪い森の中では、尾の先を確認できぬほどであったという。

木々を押し倒し、通った場所に破壊の痕跡を残しながら、少しずつ東進してきている。

放った斥候の内、二名ほど、その大蛇の餌食になってしまったそうで、命からがら城に逃げ戻ってきたらしい。

俊敏さを武器とする猫尾族の斥候をたやすく捕らえ、喰らう。

巨大であることの他に、その俊敏さも脅威となりそうだった。


最も被害が大きく、ほぼ全滅に近かったのは、魔境域最西端にその集落の多くを作っていた鬼人族だった。


「恐ろしい。我らが従っていた魔将ザーンドラがあのような本性を隠し持っていたとは……。臣従を誓った配下の者も、民も見境なく」


数少ない鬼人族の生き残りである若い戦士の話では、魔将ザーンドラは鬼人族に負けぬ体格を持つ巨躯の女性で、横暴で残忍ではあったが、見境なく人を食い殺したりはしなかったのだという。しかし、放っていた斥候から魔将マヌードと魔将ザームエルが死んだらしいという報告を聞くや否や、突然態度を豹変させたらしい。傍近くに仕えていた側近や身の回りの世話をする者から順に喰われ、彼自身もその標的になりかけたが、運よく逃れ、東に移住したと聞いていた同族を頼ってこの城に逃げて来たのだという。彼にはこれ以上、ザーンドラに従う気はなく、他の逃げてきた者も同様だという。


このような様々な種族の大移動を引き起こす巨大生物とは、どのような存在か。

動物園から猛獣が逃げたというニュースでさえ、近所に住んでいるのであれば恐ろしく思うのに、このおびただしい数の難民の姿をみると、魔将ザーンドラの計り知れない脅威が犇々と伝わってくる。

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