第116話 執務机山如

「おお、これが≪次元回廊≫ですか。まさしく救世主たるお方のなせる御業としか……」


見送りに来てくれたテーオドーアたちは、クロードの前に出現した縦長方形の次元の扉を目の当たりにして、驚きの声を上げた。

救世主が再訪問したと聞いて集まった里の人々の中には、クロードに向かって祈りを捧げている者さえいた。

魔法や精霊が存在する世界の住人たちから見ても、このスキルは破格の存在なのだろう。元の世界で広まっていた宗教には、同じ日、遠く離れた別の場所で姿を現したという救世主の逸話があったと思うが、こうしたスキルがあれば不可能ではないと今は思えてしまう。

だが、どんなスキルがあったとしても、自分は他の世界から訳も分からず連れてこられて、元の世界に帰ろうと彷徨っている遭難者のような存在にすぎない。

「救世」などという大層な志も力もないのに、こうして祈り、拝まれても、後ろめたさばかりが膨らんでしまう。


オルフィリアは、まだもう少しテーオドーアと話したそうだったが、城の皆が心配しているであろうことを考えると早く城に戻る必要があった。

何分、誰にも知らせず、忽然と城から姿を消したので、今頃大騒ぎになっているかもしれなかった。

テーオドーアには、折を見てまた来ると声をかけ、クロードたちは次元回廊の扉をくぐった。



「何者だ!」


次元回廊から出た先は、テーオドーアの里の墓所から見下ろすイシュリーン城の屋上だった。

巡回をしていた闇エルフ族の兵士が、条件反射で槍を構えたが、クロードだと気づいて、槍を捨て、平伏し謝罪した。

聞けば、クロードがいなくなったことで、やはり城中が大騒ぎになり、オイゲン老の指示で付近の捜索と警備の強化が行われたのだという。

兵士の案内で、オイゲン老の元に向かうと、途中すれ違う城の者たちから喜びと安堵の声が投げかけられた。



「それは……、なんとも奇想天外で常人には及びもつかぬような体験をなされましたな。森の精霊王の救出。それに次元回廊とは……」


自室として使っている部屋でオイゲン老に城で起きた怪異から今までの間に起きた出来事を説明した。

流石のオイゲン老も一息には受け入れがたかったらしく、何度も考え込むような仕草をしながら、ようやくクロードの話を聞き終えた。

森の精霊王のくだりや次元回廊についても、もっと詳しい説明を求められたが、時間がかかりそうだったので、先にオルフィリアの自己紹介を済ませることにした。

彼女は魔境域外のエルフ族だが、闇エルフ族に対して敵意はないことと、自分の仲間であることを城の皆に周知してもらえるよう頼んだ。


「それにしても、貴女は変わっておられる。我らを闇エルフと呼び、忌み嫌う外の世界のエルフ族の中でも異質の存在だ。我らのことが恐ろしくはないのですか」


「私のような年代の者には、ルオネラやあなた方に関することはほとんど伝えられていないのです。ただ、肌が褐色のエルフは同族ではない、敵だと。理由はいくら聞いても答えてもらえなかった。でも、さきほどテーオドーアさんにも会って、話をして、私たちはとても良く似ていると思った。父とテーオドーアさんも友人になれたのだし、私もあなたたちと上手くやっていけると思うわ」


「貴女が分断されたエルフ族の懸け橋にならんことを」


オルフィリアの言葉に、オイゲン老の顔が少し緩んだ気がした。

目元を微かに湿らせ、笑みを浮かべながら、深く頷いた。


「クロード様、オルフィリア様をこの城の賓客として扱う様に、我が一族の者はもちろんのこと各種族の族長たちにも通達を出しておきましょう。話は変わりますが、御不在の間、決済を待つ書類がかなり溜まっております。お疲れのこととは思いますが、急ぎご決済を」


ふと見ると執務机の上には、魔境域に広がる連峰のように、書類の山がいくつも上がっていた。



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