第114話 不評冒険譚

エルマーたちから、あまり良い反応を得られなかったクロードの冒険譚の後は、廃村ガルツヴァの調査の依頼人、ダールベルク伯クリストフの話になった。


依頼達成後、バル・タザルたち三人はダールベルク伯の別邸に招かれたのだという。

これは、廃村ガルツヴァの様子をじかに聞きたいというダールベルク伯たっての望みだったが、バル・タザルはエルマーたちに、ザームエルと教会堂の地下にある祭壇については一切しゃべるなと強く念押したので、豪華な食事と酒を楽しみ、結局当たり障りのない会話をしてお開きになったのだという。

それでもダールベルク伯クリストフには、なにがしかの収穫があったらしく非常にご機嫌だったらしい。追加で予算を組み、更なる調査団を魔境域に送り込む予定であることを興奮気味に語っていたそうだ。


「そのクリストフという貴族はどんな人だったんだ」


「やっぱりもう住む世界が違うというか、すごい学がある感じで、年はクロードさんより少し年上くらいかな。でも、なんであんな化け物だらけの≪魔境の森≫に関心を示すんだか。僕はもう死んでもあんな場所、ごめんだって考えているのに」


エルマーはザームエルにつけられた傷の痕を撫でると、麦酒が入った杯を呷った。


「バル・タザルはなぜ、ザームエルと教会堂の地下について話さなかったんだろうか」


「知りませんよ。報告したらもっと褒美がもらえたかもしれなかったのに。でも導師はちょっと秘密主義的なところがあるからなあ」


エルマーは少し飲むペースが速すぎるようで、もうすっかり顔を赤くしている。


たしかにバル・タザルにはどこか謎めいたところがあるのはクロードも感じていた。

教会堂地下のルオネラ像についても何か知っているようだったし、人には明かせない事情が何かあるのかもしれない。


「話しても信じてもらえないと思ったのかもしれないわよ」


オルフィリアは、杯をテーブルに置き、自らの見解を述べた。

相変わらずアルコールの類は好きではないようで、柑橘の果汁を水で割ったものに香草を入れた飲み物を先ほどから飲んでいる。


「私たちが常識だと思っていたことと、あの夜、廃村ガルツヴァでバル・タザルが語ったことはあまりにもかけ離れていた。創世神ルオネラの存在と世界創世の真実。あのザームエルとかいう蛙の化け物だって、実際に自分の目で見なければ、とても信じられなかったと思うの。私の父とその仲間たちもきっと同じ。だから世界中を旅して、何が真実なのか自分の目で確かめたかったのよ」


「僕は導師の話をまだ完全に信じたわけじゃあないですよ。でも、あの時襲ってきたあいつ、怖かったなあ。今でもときおり夢に出て、うなされてますよ。嫌だ、嫌だ、思い出したら酔いがさめてきちゃったよ」


エルマーにとっては相当な心の傷になっているのか、もう何杯目かわからない麦酒を飲み干し、今度は蒸留酒を注文した。



泥酔したエルマーを彼の宿に送り届け、クロードとオルフィリアは、「黄金の牡鹿」亭に向かった。

夜も深まり、辺りに人影はまばらになっている。

少し離れた路地裏からは、酒を飲み過ぎた何者かの嘔吐する音が聞こえてきて、先ほど宿に置いてきたエルマーが少し心配になった。

エルマーのあの酒の飲み方。トラウマを酒の力で押し流してしまおうとするかのような飲み方だった。次に飲む機会があったら、少し窘めねば。


黄金の牡鹿亭はレーム商会のヘルマンが経営する宿屋だったが、強気の価格設定が原因であまり流行っていなかった。オルフィリアはクロードが戻ってくる可能性を信じて、この決して良心的とは言えない高価な宿に泊まり続けてくれていたようだった。


「私はクロードの話を信じるわ」


「黄金の牡鹿」亭の黄色い屋根が冬の月明かりに照らされて、見え始めた辺りで、少し前を歩いていたオルフィリアは振り返っていった。


「まだ少し、頭の中が整理しきれてないけど、クロードが作っている国をこの目で見てみたい。闇エルフ族は里では、邪神の手先だと言われていたけど、クロードの話を聞くとだいぶ違うみたいだし、何より私、父たちのように自分の目で確かめたいの、世界を。連れて行ってくれるでしょ? 」


オルフィリアの風にそよぐ白銀の髪が、月の光を帯びているようで神々しく見えた。


「向こうは、この王都のように安全じゃない。危険すぎる」


「危険は覚悟の上よ。お願い。連れて行って。もう一人で待ち続けるのは嫌なの」


オルフィリアの澄んだ湖面のような瞳には、強い決意が宿っているように見えた。



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