第80話 魔王爆誕

「正直、死んでくれた方が良いと思い、横やりを入れてしまいました」


物騒な告白をしたのは、夜魔族のヤニーナだった。

緑の髪に、蛇のような瞳孔を持つ影がある美女。露出が多い黒のドレスを着ており、胸元が大きく露出している。背中の羽さえなければ、人族の男達が鼻の下を伸ばしてしまうであろう容貌をしていた。


ドゥーラの斬撃と同時に感じた精神に対する干渉は彼女の仕業だった。

彼女は人間の耳ではとらえにくい音域の声を出すことができ、その音と手から出せる精神波を組み合わせて、対象の精神を混乱させたり、感覚を狂わせたりできるのだそうだ。他にも魔力を使った独自の技を持っているそうで、彼女も戦力としては期待できそうだった。


夜魔族のヤニーナは、ザームエルが生きていた場合を考え、明確な意思決定をすべきではなく、今は保留した方が利口だと考えていたことを明かしてくれた。

しかし、先ほどのクロードの戦いぶりを見て、逆に早期に団結し、これから予想される危難に立ち向かう方が生存の可能性が高いと考えを改めたと悪びれもせずに言う。

ここで本音を打ち明ける意味などなかったし、逆に考えると、打算的ではあるが非常にシンプルでわかりやすい性格なのかもしれない。


猫のような耳としっぽが特徴的な少女はネーナという名前で、長い話に少し飽きてきたのか非常に眠たそうだ。彼女たちは猫尾族といい、木登りと日光をこよなく愛する部族であるらしい。狩猟が得意で、自給自足をするほかにも、その獲物を多種族と物々交換して生計をたてているとの話だった。

ザームエルが一番気に入っていた部族で、特に労役や税などを課されず保護されていたらしい。


紆余曲折はあったが、旧ザームエル配下から仮初めの臣従は得ることができた。

血が流れることもなく、今のところ≪恩寵≫も発生しなかった。

内心では忠誠だとか信頼だとか抱いてはいないだろうが、それはこれから少しずつ協力的な関係を築いていけたらと思う。


オイゲン老は、こうなることがわかっていたのかもしれないとクロードは思った。

彼は自らの意見は表明せず、感情を押し殺していた。

全体の雰囲気と状況の変化を観察しながら、皆が恭順の意思を示しやすいタイミングを見計らっていたのではないか。

力の信奉者である武人のドゥーラやオロフは、自らでクロードの力量を確かめなければ、決して心服することはないであろうし、先ほどのヤニーナにしても付き従うメリットが無ければ、表向き従ったように見えても、潜在的な危険分子であり続けただろう。


「クロード様、オーガ族などの身体的特徴によりこの場に来れなかった種族の長たちからはどうすべきかを私が一任されておりましたので、これでこの城をよりどころにしている全ての長の同意と信任を得られたことになります。この先、どうされますか」


オイゲン老はあくまでも冷静だった。

感情的にならず理性的で落ち着いている。他の種族の長たちからも信頼が厚いのはこういう人格的な部分が大きのであろう。


「≪魔境の森≫全体の恒久的な平和。多種多様な種族が住み、生活に適しているとは言えないこの森で、争い少なく皆が協力して豊かに暮らすには、国家のような枠組みと規律が必要ではないかと思う」


岩山の里に漂着してからこの城に来るまでの間、ずっと考えて答えを出せないでいたことをとりあえず口に出してみることにした。

この世界は、元に住んでいた世界と比べ、様々な人種というか種族が存在しているが、それらがザームエルたち魔将のような脅威にさらされて、不本意ながらも協調し生存をはかっている。

協調が可能であるならば、その協力をさらに密にすれば、大きな力となり、外からの脅威やこの過酷な森の環境を克服できるのではないだろうか。


種族の壁を越えた国家。

これは夢物語に過ぎないのだろうか。

目の前に並ぶ、それぞれの種族の実力者たちを見ていると可能性はあると思う。

皮肉なことにザームエルの恐怖支配によって、国家の下地は出来ている。


国家を樹立し、オイゲン老などのふさわしい人物を元首に立て、国家の運営が安定するまで助力し、この城を去る。

この案でどうだろうか。

これならば、無責任ではないし、彼ら自身の国として存続可能ではないか。

なんなら最初から選挙制なんかを導入してもいいが、それだと数が多いオーク族が圧勝で、ヅォンガあたりが首長に選ばれ続けそうだ。

この辺りは何か仕組みを考えなければならないかもしれない。


「個々の種族の群れが協力して、魔将と戦うのではなく、一つの統一された国家の軍として魔将を防ぐというのはどうだろう」


他の≪魔将≫がザームエルと同等の力を有しているとすれば、個々の能力ではかなわない可能性がある。そして能力で劣る者たちが、勝敗を覆しうるとすれば、やはり団結し、群れとしての総合力で上回るしかない。

魔将が手勢を率いてきた場合、魔将の相手は自分がするとして、その間の防衛には自分不在でも機能する「軍」のような組織的機能が必要だ。


「国家の軍。それはつまり、クロード様はこの≪魔境の森≫に国家を樹立しようとお考えですか」


オイゲン老は珍しく熱のこもった声で感嘆の声を上げた。

その場の一同もにわかに色めき立つ。


「俺たちが人族のように国を作り、一つの勢力になる。これはどうにも面白そうな話だ。夢がある」

ドゥーラの言葉に、オロフが無言で頷く。


「どうだ、俺が連れてきたんだぞ。このクロード様は」

ヅォンガは鼻息を荒くし、リタやヤニーナに胸を張る。


「このオイゲン。老骨なれどクロード様の国家樹立の実現のため粉骨砕身働く所存でございます」


オイゲン老の目には涙が浮かび、顔は紅潮している。


ん? 何か変な流れになってないか。


「クロード王、万歳!」


ヅォンガは、玉座の間に響き渡る大声を出して、万歳三唱をする。


「クロード王、万歳!万歳!」


「クロード王、万歳」


「クロード王、万歳ニャ」


ドゥーラ、オロフ、ネーナ。しまいにはリタやヤニーナまでニヤニヤしながら、万歳している。


「この広大な≪魔境の森≫に史上初めて、全ての種族を統べる王がこの瞬間誕生したのだ」


オイゲン老は感情を抑えきれないように、高らかに宣言した。

この人物にこのような一面があったとは意外だった。

もっと冷静沈着だと思っていた。



魔境の森の王。


言葉の響きで言えば、まるで魔王みたいじゃないか。






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