第75話 無理矢理

玉座の間は三階の奥にあった。

手前には「控えの間」と呼ばれる部屋があり、その部屋の扉を開けると金の刺繍入りの赤い絨毯が敷かれた広間があり、その一段高くなった先に玉座が見える。


クロードは、先ほどの『家畜人間』の説明と実際に目の当たりにした衝撃で、まだ少し動揺していた。あのような境遇の人族がまだ数百人もいる。

このまま放置していてよいのか。

主のザームエルがいなくなったら、今後どのように扱われるのか。

そもそもザームエルは本当に死んでいるのだろうか。


考えなくてはいけないことが多すぎる。


「さあさあ、こちらへ。この玉座に座ってしばし、お待ちください。あっ、もっと深く腰掛けて貫禄と余裕を体中から出しておいてください」


考えに耽っていると、ヅォンガに背を押され、無理矢理玉座に座らされてしまった。


貫禄と余裕を体中から出せとはずいぶんと無理を言う。

人生でそのような経験を身に着ける機会はなかったし、こういうものは長い人生で少しずつ身に付いていくものだと思う。


椅子に寄りかかるように座り、肩肘ついて、不敵な笑みを浮かべる。

マフィア映画のボスみたいな感じで良いのだろうか。

だめだ。なんか、ただのだらしない人みたいな感じがする。


ヅォンガは、「忙しい、忙しい」とつぶやきながら小走りに控えの間の方に出て行ってしまった。


しばらく待っていると、控えの間の方に多くの気配が集まってきた。

しかし、待てども待てども一向に玉座の間に入ってくる気配がない。

やはり色々と揉めているのだろう。


流石に待ちくたびれて、クロードは暇つぶしに体内の魔力塊の形を色々変化させて魔力操作の練習をすることにした。

バル・タザルから言われていた魔力感知の常時意識は、まだ不完全であるがそれを意識して日々過ごしていたため、自分の周辺にある魔力もこの王座の間くらいの広さであれば感じ取れるほどにはなってきた。


魔力操作の練習を行っているとふと妙なことに気が付いた。


いつも間にか王座の間の中央辺りに微かにではあるが魔力の存在を感じる。

木や草花などの植物はもちろんのこと、石や土などの無機物からさえも実はごく微量の魔力を感じ取ることができる。

しかし、広間中央にある魔力は小さいながらも人や生物から感じ取れる魔力の質と似ており、物体のそれとは明らかに違う。

≪危険察知≫には何も引っかかっていないが、なぜだろう気配、いや違和感のようなものを感じる。

空気の微かな震え、ほのかに甘い匂い、布がわずかにこすれる音。


「誰かいるのか」


肉眼では誰もいないはずの空間に話しかける。


「あれ、見つかっちゃった?一応、≪隠ぺい≫してたのに、やるね」


小さい魔力を感じていた辺りから、黒い服を着た少女が姿を現した。

長い黒い髪をツインテールにしており、肌は白く、目は暗い紅色だった。

背は低く、華奢で、年の頃は高校生くらいに見える。


少女はゆっくりとクロードの方に近寄ってくる。


クロードは念のために玉座から立ち上がり、長剣の柄に手を乗せる。


「無し無し。敵対する気とかないから。そんなに警戒しないで」


少女は眼前で大げさに手を何度も振る。


「ねえ、あなた、クロードっていうんでしょ。ザームエルを倒したって、本当? 」





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