第60話 漂着地

気が付いて最初に目に飛び込んできたのは、見知らぬ天井などではなく、二つの大きな丸みを帯びたものだった。

その二つの大きな丸みを帯びたものは白い布地に覆われており、時折、顔の上に降りてきては、その柔らかさを誇示していった。


クロードは少し前から意識が戻りつつあったが、自身の状況を把握できずにいた。


衣服を何も身に着けておらず、腰のあたりに布が掛けられた状況で、先ほどから二人の女性に全身を拭かれているのだ。


「あっ、姉さま。 救世主様がお目覚めに」


足のあたりを拭いていた女性が開けていた薄目に気付き、声を上げる。

特徴的な耳の形。エルフ族に似ているが、肌は褐色だった。歳はオルフィリアと同じか、あるいは少し下ぐらいだろう。


「アルマ、用意していたお召し物を持ってきて。あと族長に報告を」


「はい、姉さま」


足のあたりを拭いていた少女は慌ててどこかにかけて行った。


ゆっくりと体を起こし、「お姉さま」と呼ばれていた女性に向き直る。

彼女たちが話しているのはオルフィリアが使っていた『森の民の言葉』だったので、スキルの恩恵もあってか理解することができた。


「救世主様、お身体はもう大丈夫ですか」


息を飲み込んでしまうような美しい女性だった。

褐色の肌に、端正な顔立ち。エルフ特有の尖った耳。意志の強さを思わせる両の深緑の瞳と凛々しい眉。胸のあたりまで伸びた長い髪は、根元は暗みがかった金髪で先に行くほどに白金色に近づいていく。

彼女の美貌と大きく開いた服の胸元が気になって、直視できない。


女の姉妹が一人もいない、いわゆる『一人っ子』だったからか、この手の免疫は少なめだ。


「救世主様、御気分はいかがですか」


なぜ俺のことを≪救世主≫などと呼ぶのであろうか。

とりあえず身体を確かめてみると、ザームエルの蛇剣にやられた右わき腹の傷は瘡蓋になって塞がっているし、身体の痛みも特に感じない。

あの廃村ガルツヴァの夜から、何日ぐらいたってしまったのだろう。

オルフィリアたちは無事だったのだろうか。


知りたいこと、気になることは山のようにあるが、とりあえず今は自分の置かれている状況の把握からだ。


「ああ、大丈夫そうだ。ところでここはどこなんだろうか。あなたの名前は」


「私の名前はユーリア。この里の族長の娘です。ここに居りますのは私の妹のアルマです」


アルマと呼ばれた娘が持ってきたのは絹の様な布地を濃い藍色で染め上げた服だった。下着らしきものもちゃんとあるし、黒い革の長靴まで用意してくれたようだ。


「俺はクロード。とりあえず、その救世主様をやめてくれないかな」


「そういうわけには参りません。そんなことよりまず、お召し物を。お手伝いいたします」


着替えを手伝うと申し出てきたが、さすがに恥ずかしいので部屋から出て行ってもらい、一人で着替えた。

着てみた感想としては、絹よりも丈夫でしなやかで軽い。靴もしっかりとした作りでサイズもピッタリだった。


かつての夜の森の時のように全裸同然で彷徨うことにならなくて済んだのはありがたかったが、それにしても、これほど短期間で何度も全裸を女性にさらす羽目になるとはと、クロードはおのれの運の無さを自嘲した。






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