第三章 異世界牢獄

第61話 救世主様

着替えを済ませると、ユーリアとアルマの二人が部屋の外で待っていた。

先ほどの部屋もそうだったが、この建物は壁も床も同じ材質の石でできていて、それらは途切れめなく繋がっており、まるで岩か何かをくり貫いて作ったような感じだった。


二人に促されるまま石でできた廊下を歩いてゆくと、やがて大きな部屋に出た。

部屋の中央には石でできた大きな長テーブルが置かれていて、その周りに配置してある椅子も石造りだった。


部屋には背の高い壮年の男と、その後ろに三人の男が床に膝をつき、頭を垂れている。


「救世主様をお連れしました」


男たちは身動き一つしない。

これは、時代劇みたいに「面を上げよ」とか言わないといけないパターンだろうか。

救世主様って呼ばれるのも背中がむずがゆくなるし、本当に参った。


「いや、困ります。用事があるんであれば普通にしてください」


先頭で跪く壮年の男に近づき、立つように促す。

ようやく納得したのか、壮年のエルフらしき男はしぶしぶ立ち上り、他の三人もそれに倣う。


「おお、救世主様。ではご無礼をいたします。よくぞ我らの元にお降りくださいました。わたしは、この里の長、テーオドーアと申します。後ろに控えておる三名は我が一族の若長たちです」


テーオドーアは、ユーリアたちと同じく褐色の肌をしており、人族の見た目で言えば五十歳を少し過ぎたくらいだろうか。白髪交じりの金髪を腰のあたりまで伸ばしている。


テーオドーアの話では、族長の下には四人の「若長」と呼ばれる役職があり、これら五人の合議制によって、この里は運営されているのだという。

一人この場に揃わなかったことを彼は謝罪した。


それにしても年上の人に、こんなに丁寧に扱われることに慣れていないので、居心地が悪すぎる。


クロードは自己紹介をし、なぜ自分を「救世主」などと呼ぶのか尋ねた。


「我らの祖、古代エルフ族の預言者エルヴィーラが残した古い言い伝えにある≪救世主≫は、まさにあなたのことを指しているとしか思えないのです」


テーオドーアは彼らに伝わる言い伝えの一節を教えてくれた。


彼の者、黒き髪、黒き瞳を持ち、身には一糸纏わず、大いなる輝きを纏いたり。

天を轟かせ、地を砕きたり。その者、救世主なり。


確かに外見の特徴は一致しているような気がする。

救世主の要件に全裸が入っているのはなぜだろう。

一糸纏わずの部分は余計ではないか。


「そうだ、外をご覧になりますか。きっと得心していただけるはずです」


テーオドーアに案内され建物の外に出ると言葉を失った。


建物は山肌の岸壁をくり貫いて作られた洞窟の家だった。

その建物は岩山の上の方にあり、見下ろす斜面には、まるでキノコや逆さにしたイチゴの様な奇妙な形をした岩を同様に加工して作った民家がたくさん張り付いていて、里というより、ちょっとした都市を形成していた。

奇妙な形をした建物群からはところどころ炊煙が立ち上っており、屋外には人の姿も散見された。


そのさらに先、山の裾野の方には黒みがかった広大な森林地帯が広がっている。


森林地帯のはるか先に見えるのは、王都ブロフォストだろうか。

だとすれば、その都市から森林地帯まで伸びる太い線のようなものは旧街道だろう。


王都方面から森林地帯に少し入った辺りからこの岩山の方向に向かって、まるで巨大なミミズやナメクジが這った後の様な痛ましい破壊の後が深々と刻まれていた。

木々は折れ、吹き飛ばされ、地面が見えている。

破壊の軌道は直線ではなかった。

それはひどく気まぐれで、森をスケッチブックの紙に見立てると、まるで幼児が書いた折れ線のような軌道をしており、時折途切れながら、最終的には里の手前にある大きな穴まで破壊の痕跡を残していた。


暴走が村の手前で止まってくれて本当に良かった。

一歩間違えば大惨事で死傷者が出ていたかもしれない。


「私は一部始終を見ておりました。ただならぬ気配を感じ、森の方を見ていると突然激しい光が出現したのです。光は不思議な動きをしておりましたが、やがて森の表面を削り取りながら、不規則に、ただ確実にこちらの方に向かってきました。里の者たちと共に、光が止まった地点に様子を見に行くと一糸まとわぬ姿で倒れた貴方様を発見したのです。その時はっきりと理解したのです。これは予言の一節であると」


テーオドーアは興奮を抑えきれない様子で力強く言った。

その眼には少しの疑念も帯びてはいなかった。




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