第58話 支配力

剣による勝負を捨てる。

俺は武士でもなんでもないし、剣で敗れても少ししか悔しくない。


ザームエルの左利きの突きがクロード右わき腹をかすめた。

その瞬間、距離を詰め、ザームエルの体に自分の体を密着させ、奴の左腕の上腕部を右腕で締め上げる。

左手を背中に回し、全力でしがみつく。

正直、見られた姿ではないし、泥臭いことこの上ない。

アニメのヒーローやゲームの主人公だったら、こんな無様な戦い方はしないだろうが、この際見た目など気にしていられない。


「ぐっ、おのれ」


ザームエルは苦悶の表情で、蛇剣を地面に落とした。

ザームエルの鼻のあたり目掛けて頭突きをくらわせる。

そのまま、足をかけ、地面に押し倒す。

時間だ。時間さえ稼げれば、オルフィリアやバル・タザルが何とかしてくれるはず。


「なぜだ。なぜ毒が効かない」


ザームエルは鼻血で汚れた顔を醜く歪ませて言った。

左腕を喉に押し付けて、押さえつける。


エルマーのように毒の影響が出ないのは、≪毒耐性LV5≫のおかげかと思ったが、バル・タザルの魔力に関する薫陶を受けた今としては、違う推察ができた。

この毒は物質的なものではない。魔力によるものだ。

右わき腹のあたりに自分の物ではないヒルや短い蛇の様な形の魔力が蠢いている。

それらは傷口から侵入してこようとしているが、クロードの身体をめぐる魔力に阻まれて侵入できないでいるのを感じていた。

クロードは意識を集中して、魔力塊から少しちぎり取るイメージで、それらより少し大きい魔力を体内の魔力の流れに乗せ、傷口付近に移動させ、その付近に蠢いているヒルのような形の魔力塊にぶつけてみた。

クロードの放った魔力塊は、傷口を蠢く異物の様な魔力を四散させ、再び魔力流の中に戻っていった。


「駄目だわ。精霊たちが不安定で、私の声が届かない。支配力が及ばない」


オルフィリアの悲痛な声が聞こえる。

向こうは何かトラブルがあったのか、望み薄のようだ。


「本気で、我を怒らせたな」


ザームエルの体が徐々に膨張し始めた。

相貌が崩れ、人の形とは違う何かに変わりつつある。


押え続けることができず拘束を解かれてしまった。

膨張した体はやがて黒い金属鎧を内側から変形させ、破壊してしまう。


地面に落ちていた蛇剣が、生命を得たかのように地面を張っていき、ザームエルの体をよじ登り、その口中に飲み込まれていった。


そうして先ほどまで人の形をしていたモノは、両の背中に醜い翼を持った巨大な蝦蟇のような姿の異形に姿を変えていった。大部分は蝦蟇のようであるが、手足は人の形に近く、筋肉質だった。尻のところには黒い蛇のようなものが生えており、まるで独自に意思を持っているかのように、くねくねと動きクロードの方を見ている。


何より驚くのはその巨体である。

周囲の平家の廃屋よりは明らかに体高がある。


先ほどまで人型をしていたものがこのような異形に変異する。

それは、不思議なことが多いこの世界に来てからも初めての経験だった。



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