第11話
部屋に戻ると、信也が一人で催涙ガスの粉末に辛くなったおにぎりを食べていた。
「岩沢さん」
信也がこっちを振り向いた。死んだような瞳を向けてきた。
「さすがに怒りましたよ」
だよな。見ればわかる。
「岩沢のアカウントを適当にハッキングして、そこらじゅうのサイトに悪口書いてきました。岩沢さんのアカウントは全て炎上していますよ」
「ギャー!」
俺は信也から慌ててスマホをひったくった。俺のアカウントのコメント欄に大量の悪口が書き込まれている。
「人のブログ荒らしやがって!」
「ふざけるなよ」
「タヒんどけ」
「人間のごみだ!」
「ガイジが」
etc…
「これはいくら何でも酷くないか。お前の一方的な蹂躙じゃないか」
インターネットはあまり使わないし個人情報など一切上げていないのでそこまで困らないが、やはり気分のいい物ではない。
俺は炎上したアカウントを消して新しいアカウントを作りつつ、信也に文句を言う。
「強者が弱者を蹂躙する。これ常識」
信也がすまして答えた。そのままスマホを取り返すと
「俺は自分の有利なフィールドに喧嘩を持ち込んだだけ。こうなると君に反撃は不可能」
勝ち誇った顔でそう言ってきた。だがどうせネットの話だ。信也に話をする方が、今は重要だ。そして、今なら話を聞いてくれそうだ。
「これで痛み分けにして話があるんだが」
俺がそう言いだした瞬間、目の前に火のついた煙玉が突き付けられた。信也がガスマスクをしている。煙玉が爆発した。
目に刺すような痛みを感じて涙が止まらなくなった。ゲホゲホとせき込む。前が見えない。俺はこれ以上吸わないように布団をかぶった。咳が止まらない。煙が部屋中に充満している。俺は枕元に手を伸ばした。素早く銃のような形のものをつかむ。
エアガンだ。万が一夜間に襲撃された場合、素早く相手に反撃する必要がある。ただ、寝ぼけていたり気が緩んでいたりすると相手に狙いを定めにくいため、下手に発砲すると騒ぎになるし、壁を貫通して隣の部屋に飛び込んだなんて洒落にならない。
それに相手が味方だった場合取り返しがつかないので、反射的に撃てる場所に置いてあるのは、改造して牽制射撃には使えるようにしたエアガンだ。
威嚇射撃にもちょうどいいし、反動も少ないので銃を撃たない俺は結構重宝している。
とはいえ違法のカスタムしているから当たったらただでは済まない。死にはしないが、あざは長く残るだろう。
だが俺は迷いなく乱射した。信也と喧嘩したときの十八番だ。殺し屋同士の喧嘩は仕事柄荒っぽい。殴り合いだとダメージが大きくなりすぎて今後の仕事に支障が出るので、俺らはエアガンを使っている。まあ喧嘩にサバゲーみたいな楽しみを付けるためでもあるのだが、そんなことを突っ込む必要はない。
250発のBB弾が十二秒で部屋中にばらまかれる。
信也の悲鳴が聞こえた。俺は素早く弾倉を変えると銃口を悲鳴が聞こえた方へ向けた。そして引き金を引く。
反対方向から飛んできたBB弾が俺の手に直撃した。銃を落としかける。悲鳴はフェイクで、悲鳴が上がった方に俺な銃口を向けたすきに自分の銃を持って撃ったのだろう。
喧嘩の際の信也の十八番であるスナイパーライフルだ。エアガンだが。
「信也!話を聞け!」
「断る」
もう一発飛んできた。今度は銃口に当たった。銃の向きが変わる。俺はすでにフルオートで発砲していた。無駄球を五十発ぐらい撃った。
信也も銃を持ち替えたらしい。銃が落ちる音が聞こえた。スナイパーライフルで乱射はできないしな。俺は防弾のゴーグルをした。その瞬間、すごい勢いでBB弾が飛んできた。マシンガンに持ち替えたな。俺は布団の陰に隠れながら発砲する。目に入ったら失明なので相手画ゴーグルをつけてることを祈りながら撃つしかない。
「いいから話を聞けー!」
俺はサバゲー用グレネード。まあ手榴弾を信也のいる方に投げた。
俺は弾を食らわないように布団をかぶる。すさまじい音がしてBB弾がばらまかれた。信也の悲鳴が響く。目の痛みがやんできた。どうも催涙ガスの効果が切れたらしい。
俺は飛び起きるとBB弾を構えた。
「ちょっと待った!」
信也が机の上に置かれていた俺のスマホを持っている。エアガンの銃口はそれに向けられていた。
「撃ったらこれを壊す」
「人質とは卑怯だぞ」
「それが戦争・・じゃなくて喧嘩」
「喧嘩と戦争って何が違うんだ?」
「さあ?」
信也はぼんやりとした返事をした。俺は会話で信也の気をそらしている隙に信也のパソコンに銃口を向けた。
「もしそれを撃ったらお前のパソコンはハチの巣だ」
俺ははお互いににらみ合っていたが、ふっとお互い力を抜くと
「痛み分けにしないか」
「そうするか」
そう言って信也は銃口を下した。それを見届けると、俺は発砲した。信也のパソコンは三発ほど弾いたが、それが限界だったらしい。次々と穴が開いていく。
「そんなのありかよ!」
信也はもう一度スマホに銃口を向けたが、すでに遅かった。俺は信也のエアガンに向けて乱射した。信也のエアガンは、吹っ飛ばされて壁にぶつかる。
俺は、そのまま残りの弾丸全てパソコンに打ち込んだ。
パソコンは『セキュリティーシステム』とかいう名前のアプリを表示して頑張っていたが、物理攻撃には勝てずに、五秒で完全に沈黙した。
「では、話を聞いてもらおう」
「誰が聞くか」
残念ながら信也は俺の話を聞いてくれなかった。
銃を木刀のように構えると、振り上げた。俺は、それを銃身で防いだ。いやな音がする。
俺はフルオートで信也に撃った。運よく銃は壊れていなかったらしく、ちゃんと弾が出た。
ただ、どっかが破損しているらしく、威力はだいぶ低い。俺が間合いを詰めて信也の腹にゼロ距離で銃弾を叩き込むのと、信也が俺の顎をぶん殴るのとが同時に起きた。
二人とも吹っ飛ばされて、気絶した。
「かは」
俺がそう呻いて起き上がったころには、すでにお昼時だった。二、三時間気絶していたらしい。
弾丸が当たったはずなのに、壁、家具とかホテル側が用意したものは全て無傷だった。一体何でできているんだ?
周囲を見回すと、床で信也が伸びている。どうやら俺の方が早く起きたらしい。まあ戦闘職だから俺の方が打たれ強いというのもあるが。
俺は信也を椅子に縛り付けた。信也も目を覚ました。
「まず信也、落ち着いて聞け」
「最初にエアガン乱射した奴が何言ってんだ?」
「視界を封じられた時の最善策だ。あそこでぼんやりしているバカは素人でも殺せる」
「ひどい言いようだな」
「事実だ」
俺は話がそれたなとぼやくと信也に説明した。道場が襲撃された日の、地獄の脱出を。
話を聞き終えた信也は
「バカにして悪かったよ」
と、謝った。
「分かればよろしい」
俺はそう言って信也の拘束を解いた。その瞬間、信也はニヤッと笑った。まずい気がする。
「だがな?何も話さず催涙ガスぶっぱなつ奴があるか!?」
信也が、ポケットなら何かを取り出した。あれは本物の拳銃だ。
「信也!早まるな!」
俺は信也から距離をとる。だが間に合わない。
「うるせー」
信也は発砲した。弾丸は腕でかばう間もなく額に刺さり、そして視床下部を通り脳幹を貫通し、そして頭の中のものが後ろの壁へと、まき散らされなかった。
空砲だ。信也はニヤッと笑った。
「まあこれで痛み分けにしてやろう。俺もかなり悪かったからな」
信也は銃をしまった。俺も肩の力を抜く。
「さあ後片付けするぞ」
俺が言うと、
「パソコン代いくらだ?」
と、信也が言った。パソコン壊した俺への嫌味か?
「いいだろ。どうせ買い換える予定だったし」
「そうだな。データはファイルサーバーに保存してあるし」
いつの間にそんなもの用意していたのか。だがまあパソコンには俺の資料も入っていたから、むしろ良かったのか。
「悪いけど岩沢さんのはそのパソコンに入っているのがすべてだよ」
「嘘だろ・・」
「自業自得だ」
その通りなので何も言い返せなかった。俺は無言で片づけを始めた。信也が、実はちゃんとファイルサーバーにバックアップされていることを教えてくれたのは、片付けが終わってからだった。
まあ、戦闘の訓練になったから良しとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます