第9話
一方その頃名も無い特殊部隊の本部では
「ターゲット住居を特定。必要な施設、火器の入手は完了しました」
「了解。ニホン政府に話を付けておく。それと武器は現地に運び込んでおけ」
「了解」
ここはアメリカのとある場所。都合の悪い殺し屋を殺すという任務を持つ特殊部隊『フクロウ』本部。
司令官『ミミズク』は、ソファーに座ったまま部下を部屋から追い出した。
「黎明か・・・」
懐かしい名前だ。まだ若い頃こいつと戦った折、その時俺がいた部隊は全滅した。
黎明という通り名も、後から調べたものだ。
その時のあいつの得物は爪楊枝だったのに。
市販されているものとほとんど変わらない。金属や木でできた爪楊枝だ。
こっちは米軍の代表的なライフルM16に、短機関銃、狙撃銃、手榴弾、さらに防弾チョッキの入った戦闘服。それらで武装した精強な兵士二十名
それでも負けた。奇襲攻撃で全滅。まあ正確に言えば俺が生き残ったのだがもし足を滑らせて川に落ちていなければ死んでいた。
今でも思い浮かぶ。あの日、私は日本のとある山奥で訓練を行っていた。依頼主が誰かは分からないが、文字通り世界中で憎悪の種を蒔いている米軍に一撃打ち込みたい奴なら腐るほどいる。私たちが黎明に気づいたのは夜十一時頃だった。
「隊長!男がうわっ」
一番前方を歩いていた兵士からの連絡が途絶えた。隊長が
「全員集合!」
と無線で命じる。私たちはある程度距離をとって歩いていた。先頭を歩く兵士どころか、隣の兵士も闇に紛れて見えない。
隊長と、副隊長二名がいる中心部に私は早足で向かった。まさか自分が地獄に向かっているなんて知らなかった。
私はすぐ近くで銃声を聞いて伏せた。そのままわずかに顔を上げる。
隊長、副隊長は死んでいた。あとから駆けつけたらしい兵戦友も、三名死んでいた。
無線を持つ男が一人、死体の真ん中に立っていた。米軍の迷彩服ではなく黒服を身にまとい、彼の持つ小型無線機からは、傍受しているらしき無線音声が流れていた。
私は仲間の中で最後に来たらしい。それが、私にとっては最大の幸運だった。
部隊の仲間たちは戦っていた。中心の男に向けてタタタタとライフルが火を噴く。
木の上から何人かが狙撃をしており、次々と手榴弾が投げ込まれていた。
もちろん私も素早くライフルを構えて発砲した。ライフルが火を噴き、弾丸をばらまく。空薬莢が地面に転がった。
普通だったら数秒で蜂の巣になって死ぬ。だが今回、相手は普通じゃなかった。
弾丸を身をひねってよけたのだ。
音速の弾丸だ。簡単によけれるものじゃない。しかも相手との距離は三十メートル。一秒以下で着弾するはずだ。私は反撃を想定して木の陰に隠れた。
その十秒後、私はその行動の正しさを理解する。
「ぐはっ」
「痛ッ」
無線機から戦友の呻く声が聞こえてくる。発砲した弾丸は、その向こうにいた味方に刺さったのだ。敵を包囲していたのが裏目に出た。
直後、私のすぐ横に、木の上に潜んでいた味方狙撃手が落ちてきた。俺は考えるより先に横に転がった。地面に何か刺さる。
私は木の上を猿のようにかける男に素早くライフルを向けて、発砲した。
弾丸は、生茂った広葉樹をボロボロにしただけだった。
私は落ちてきた狙撃手を治療しようと、応急処置の道具を取り出した。
頸動脈に木の棒が突き刺さっている。この様子を見ると、脳にも届いているだろう。俺はせめてと思ってその棒を抜いた。それはつまようじだった。
どこでも売っているような、ありふれた代物だ。
遠くでドサッと狙撃手が木から落ちる音がした。木の上からつまようじが打ち出されて、そのたびに味方が死んでいく。
私たちも当然応戦するが、下から上を狙うというのは非常に難しい。結果は、狙うために顔をあげたせいで、つまようじが目から脳まで貫通して死亡する人を増やしただけだった。
すでに、こっちは三分の一ほどにまで数を減らしている。
私が物音がした方へ行こうと走った瞬間、膝につまようじが刺さった。
私は派手に転ぶと、ゴロゴロと地面を転がった。そのまま傾斜を転げ落ちていく。地面が湿ってるのとひざに激痛が走っているのとで立ち上がれず、そのまま深い川に転げ落ちた。全身が水に包まれる。
日本の川は流れが激しい。私は、一瞬で流された。
もしあの後河原に打ち上げられていなければ、溺れ死んでいただろう。
その後、救助に来た米兵によって俺の隊が全滅したことを知った。
私はその時絶望した。だからこそ、敵である殺し屋を殺す部隊を創立した。その後二回ほど戦闘で壊滅状態になったが、何とかここまで持ってきた。
私の原動力となったこの事件に、復讐という形で蹴りを付ける。だが、この作戦が終わった後、私はどうするのだろう。
分からない。そもそも成功するかどうかすら未知数だ。まあ、それについては成功させてから考えればいいか。
私は、机の上に置いてある我々フクロウ部隊のシンボルである、ネズミをかぎ爪に捕らえて今にも空へと舞い上がろうとしているフクロウの銅像を眺めた。
◇◇◇◇
俺は黎明とたわいない話をした後、ラウンジに置いてある本を読むと黎明に声をかけて部屋に帰った。
黎明は非常に博識で、武器や戦闘技術はもちろんのこと、映画、小説、骨董などの知識や、鉄道、アニメ、マンガ、など好んでいる人が多い話題をあらかた知っていた。
とても七十か八十歳ぐらいのお爺さんとは思えない。
それらの知識は、暗殺で相手に接近する必要があるときに使うらしい。気を抜くと本当に信用し切ってしまいそうで、少し緊張しつつも楽しい会話を交わせた。
俺は部屋に戻ると、信也は寝ていた。窓の外を見るともう夜が更けている。
窓の外を見ると、雪が降っていた。粉雪だ。樹枝状の粉雪が窓に張り付いて、暖房の熱で溶けた。その情景を、俺は懐かしく感じた。
まるで、あの日のようだ。
あの日、俺が修行していた道場が襲撃された日、何とか道場から逃げ出した後、俺らは機関銃の音を聞きながら走りなれた山道を逃げていた。
雪が積もっていて、普通の人だったら深雪の中で氷漬けになっていただろう。
だが、俺らはこの山でもう何年も訓練している。この程度の雪なら、足のバランスのとり方次第では平地と変わらない機動力を出せる。
俺らが逃げだしてているのに気づいて追撃してきた敵は、当然のように倒した。偶然山の中腹に潜んでいた敵兵に、さっきまで隣にいた仲間を殺されても、悲しむ時間はない。
今はただ、戦うことで手一杯だった。粉雪が舞っていた。ダイヤモンドのような美しい銀世界に樹氷によって水晶の置物のようになった木々が乱立していた。
ダイヤモンドダストが舞い、世界が無機質な宝石みたいだ。
木の上に隠れた狙撃手が発砲するたびに紅く染めた絹布のような血が流れる。走りなれた庭のような山がどこまでも広く、どこまでも残酷に感じた。
遥か彼方に僕らの家である道場がある。木々に隠れてもうほとんど見えないが、激しく炎が上がっていることは分かる。
多分道場で生き残っていた人が点火したんだろう。
これ以上大切な故郷を蹂躙させないために、こいつらに道場が持っている卒業生の名簿などの資料を渡さないために火をつけたんだろう。
成績表などの資料が流れると、卒業生に迷惑がかかる。
俺はウルミを振り回して、銃を投げ捨て投降しようとした兵士の首をはねた。
戦場にルールなんてない。それは、何度も死線を潜り抜け、拷問を受けてきた師匠から教わってきた。いくら戦場を知らない政治家がジュネーブ条約を叫んでも、戦争を知らない平和主義者が美しい言葉を美辞麗句を綴っても、暴力の前ではそんなもの無意味だ。
現にさっきから飛び交っている弾丸は着弾すると弾頭がつぶれて兵士に必要以上の苦しみを与えるとして禁止されているダムダム弾だし、投降した兵士は敵味問わずみんな殺されている。
俺はさらにウルミを振る。全身を使ってばねのように跳ね上がり空へと舞うと、木の上に潜んで仲間を撃ち殺した狙撃手をバラバラにした。
ウルミの刃が蛇のようにうねった。それをよけようとした兵士が頸椎をウルミで裂かれた。その血が、桜のように散った。
俺はそれを一瞬美しいと思った。美しかったのは一瞬だった。その血は俺に返り血として降りかかり、俺は血だらけになった。
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