第50話 自然淘汰と残る命
三那月の放った小刀は、僕の頬にうっすらと2本の傷を残して地に落ちていった。最後の悪あがきをした三那月は、跡形もなく呆気なく消えていた。
「蓮。まだ、終わりではない」
沙羅が言った。
「わかっている。」
まだ、地上に溢れ出した食魂華が、信念を持つ人達を狂わせ、命を差し出させている。何よも先に、天昇仕掛けた人達を戻すのが先だった。
「これを」
沙羅が差し出したのは、やはり、あの横笛だった。
「迦桜羅の伝説通りになるのね」
僕は、複雑な思いで、手の中の横笛を見つめた。
「さぁ、行って」
沙羅に背を押され、飛び立とうとした時だった。
「待って」
現れたのは、瑠眞だった。右手には、手のひらにすっぽりと収まるグラスを持っていた。
「どうしても、欲しいものがある」
「まだ、言わないで」
沙羅が、瑠眞の前に立ちはだかった。
「知っていた方がいい」
瑠眞が、僕を見つめながら言う。
「どういう事?」
沙羅が、僕に口を開く事を躊躇っているようだった。
「言ったら、蓮は、拒否しない。それをわかってて言うの?」
瑠眞に訴える。
「私達は、歯車の一つでしかないのよ。沙羅」
瑠眞は、僕の胸に、グラスを押し当てた。
「全てを終えて、沙羅の元に、戻ってきた時、あなたに分けてほしいものがある」
瑠眞が、僕にお願いする事は、僕にとって良い話ではない。
「止めて、瑠眞」
「いいえ、あなたに決めて欲しいから」
瑠眞の冷たい顔は、表情もなく、淡々としていた。
「ここに、戻ってきたら、あなたの心臓を分けて欲しいの。帰って来なくても、それは自由。」
僕は、笑った。
「僕の命で、誰を救おうと言うんだい?」
誰かを救う為に、誰かが犠牲になる。生贄的発想は、この世界には、よくある。
「生き残った迦桜羅が救えるのは、本当の迦桜羅だけ」
沙羅が、ポツリと言った。
「そうだよな」
僕も、市神と同じという訳か。三那月が、僕を殺したとしても、既に、本体は、別にいるという事だったのか。
「蠱毒と同じで。。。残った者が最強になる。蓮。お前が、迦桜羅を本当に救う事になる」
瑠眞は、グラスの縁をそっと撫でた。
「僕が、戻らなければ?」
「最後の迦桜羅は、もう、持たない。今、尽きようとしている。戻って来なくても、良い。お前は、いつか、その力に耐えられなくなり、暴走する。その時、迦桜羅は、この世界から、消える」
沙羅は、黙って涙している。
「お前に、どうするか、選ばせたい」
瑠眞は、ゾッとする程、美しい笑顔で、微笑んだ。
「私は、お前が戻ってくると、信じている。このグラスをお前の心臓で、満たすのを楽しみにしている」
沙羅は、僕の顔を見つめ、何も言わず、涙している。言葉にならないのか。僕に一言でも、言ってくれれば、僕は、決心できるのに。
「生きろと言ったり」
八を追いかけて逝きたいと思った時に、天命を全うしろと言ったよな。それは、この時の為だったのか。僕が残っても、市神が残っても、同じだったのか。僕は、笑った。いずれにしろ、僕の進む道は、決まっていたのか。
「僕の命で、盃を一杯にしろって事だったんだね」
「蓮。。ごめんなさい」
沙羅は小さく言った。
「何、聞こえないよ」
「ごめんなさい」
「もう少し、大きな声で」
「戻って来なくてもいい」
大丈夫。約束するから。僕は、この道を選んだ。懐かしいのは、沙羅と八と一緒に、回ったあの日。僕は、沙羅の髪に触れてみた。僕が、戻ってきた時、沙羅は、ここにいないかもしれない。そんな気がした。もう、僕達は、どこにもいないかもしれない。さあ、飛び立とう。食魂華を消滅させ、また、元の生活に戻ろうか。僕は、翼を広げ、地上へと向かっていった。泣き叫ぶ沙羅を残して。
END
死神の守人 蘇 陶華 @sotouka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます