第49話 蝕む狂気の華

三那月の細くて長い指が、僕の身体に食い込んでいく。僕は、抵抗もできず、動けない事を確認すると、満足そうに僕を見つめ微笑んだ。

「あなたの事、勿体無いとは、思うの」

三那月の剣は、怯む事なく細かく振動しながら、青い光を途切れさす事はなかった。多くの迷える魂を作り出し、三那月の剣の餌食になっていく。それらは、僕の体に吸収され、僕を蝕んでいく。

「市神よりも、完成したあなたを手放したくはないの」

もはや、三那月の顔は、原型を留めていなかった。龍神の、否、邪神の顔がところどころに現れ、醜く崩れていく。

「このまま、あなたを中から、壊してしまうなんて、勿体無いと思うけど、放っておいたら、あの子と何を企むかは、わからないから」

僕の中に満ちていく負の感情が、広がり、黒雲のように広がっていく。僕は、自力で、立っていられなくなり、片膝をついてしまった。

「蓮!」

沙羅が、必死で、僕に横笛を吹けと合図を送ってきた。けど、もう、僕の指先には、支える力が残っていない。指で、触れようとするが、落としてしまう。不意に、横笛が、唇に当たるのを感じた。沙羅が、僕を抱えるかのように、後ろにまわり、両手で、笛を抑え始めた。僕が、息を吹き込むのに合わせて、指で、旋律を奏でていく。まるで、僕の指が、そこにあるかのように、沙羅の指が、僕と同化していく。

「沙羅!」

沙羅は、まだ、ほんの小さな体のままで、まだ、力も回復していないのに、僕を抱えるかのように、後ろに周り、横笛を奏でる。沙羅の優しい指先や髪が触れ、僕は、次第に陶酔していった。その原因が、邪気を払う横笛の音のせいなのか、沙羅に触れているせいなのか、わからないが、膝をつき、斃れそうなくらいに弱っていた僕は、体の中から、邪気が消えていくのを感じていた。沙羅の手から、横笛を受け取り、僕は、自由に奏で始めた。頭の中に浮かぶ、旋律は、僕が、よく知る音楽ではなかった。遠く聞いた事のある程度の旋律は、荒く、猛々しく、音の風を巻き起こし、剣先の力を失わせていった。

「そうよ、だから、あなたでは、だめなのよ」

三那月は、吐き捨てるように言い、覇気の無くなった剣を、かなぐり捨てた。青い光は、力を失い、あの恐ろしい悲鳴は消えていた。

「沙羅!あとは、君の番だよ」

僕は、振り返り沙羅に告げた。

「僕には、やらなきゃいけない事がある」

食魂華を利用し力を得ようとする者達。もう、人ではないのなら、加減することもない。

「一度は、助けた筈」

「そうね。そんなこともあったわね。だから、あなたは、嫌いよ」

僕は、右手を大きく振った。今まで、当たり前に行ってきたように。僕の手は、長い翼に変わり、中から、指の数と同じだけの細い剣先が見えた。

「市神と一緒に仕事をするあなたは、輝いていたのに」

「何を今更」

言葉を続けようとしたが、僕の放った剣は、丸く縁を描いて、三那月の首を絞めるように、順に貫通していった。

「蓮!」

沙羅が叫んだ。

瀕死の三那月が、胸元から放った小刀が、僕の頬を掠めていた。

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