29・殴り込みいたしましょう

「ちょっとワクワクしますわ」

 ジョルジェットが白磁の頬をほんのり赤く染めている。完璧公爵令嬢の彼女が、興奮を抑えきれない顔をしているのはすごく可愛らしい。

 心なしかマルセルの目が釘付けになっているような。


 昨日、薬草園からダルシアク邸に突撃したときマルセルは、ジョルジェットを見て嬉しそうな顔をした。だけど彼女は必要最低限の言葉をよそよそしい態度で口にするだけだった。

 そして今日も、それは変わらない。


 だけど今は彼女たちの心配をしている場合ではない。

 リュシアン、ディディエ、イヴェット、ジョルジェット、マルセル、ロザリー、そして私の七人は議会場の隣の小部屋にこっそり潜んでいるところなのだ!


 目的はふたつ。ひとつ目はアルベロ・フェリーチェ一般公開の提案書のためだ。公開の利点や影響についてだけでなく、時間やルート整備なども考えた。もちろん薬局に迷惑が掛からないよう、バジルの意見を反映させてある。


 これをマルセルの父親、ダルシアク公爵に見せた。提案書を読んだ宰相は良い出来だと褒め、今日の議会にかけると約束してくれたのだ。

 小部屋に隠れているのは、提案書の反響を見るため。


 そしてふたつ目。リュシアン問題についての私の作戦『公の場で大公たちに抗議する』を実行するのだ。

議会が閉会する直前にみんなでリュシアンが乗り込む。ロザリーも乗り掛かった船だからと、仲間に加わってくれた。


 ちなみにユリシア妃殿下は、昨晩大公に意見したらしい。大公は妻がリュシアンに味方したことに驚愕したものの、方針は変えないと断言したそうだ。理由は、自分たちの考えは間違っていないからだそうだ。


 何だそれ!


 頭に来たのでデュシュネ大公は腹を下せと呪っている。多分、執念でイケると思う。そのくらい私は怒っている。ディディエもイヴェットもみんな怒っている。


「あ! 宰相様が提案書の話をしています」

 議会場に繋がる扉に耳をつけたロザリーが小声で言う。

 私たちも慌てて耳をつけた。


 予想通りに国王と国王補佐は、ろくに話も聞かずに却下と断じた。だけど貴族たちはざわめいている。アルベロ・フェリーチェは貴族だって見られないのだ。王族に招待されない限り。しかも王たちはそんなことはしない。


 おかげで貴族たちは、宰相が読み上げる提案書に好意的な発言をしている。

 それに私たちはちゃんと、国王たちの虚栄心を満たすような案を入れたのだ。


 一般公開をすれば絶対に人気が出て、行列ができる。花びら配布が二時間待ちだもの。で、並ばせるルートをあらかじめととのえて、そこに立て看板を立てる。

 今年は即位十周年記念式典をやるという。だからそれに合わせて立て看板の内容は、この十年の王の功績についてだ。


 リュシアンを無体に扱うヤツらを褒め讃えるのは面白くない。だけど一般公開のためには必要な手段だ。――それに期間中に内容の変更無しなんて書いてないし。ふふふ。我ながらいい悪知恵だよね。


 議会場の盗み聞きをしていると、やはり立て看板に国王と補佐が食いついた。急に態度を変えている。

 そして最終的に一般公開はあっさり可決された。


「アニエス。お前の考えた立て看板が決め手になったな。よくそんなことを考えついた」

 リュシアンが褒めてくれる。そうなのだ。これは私のアイディア。

「何かで読んだのよ」

 と答えるけど、違う。前世での経験が元になっている。子供のころ、夏休みのたびに親に博物館に連れて行かれた。いつも混雑していて、目当ての展示の前に着くまでは解説文を読んで時間潰しをしていたのだ。


 凄いすごいとみんなが褒めてくれる中、扉の向こうでは、この提案書は誰が作ったのだとの質問が上がった。


『これは……』と宰相。『ディディエ殿下、リュシアン殿下、イヴェット殿下、ジョルジェット・オーバン公爵令嬢、アニエス・バダンテール伯爵令嬢、ロザリー・ワルキエ男爵令嬢、愚息マルセルの七人で作成したと聞いています』


 議会場がざわめく。

 未成年の伯爵令嬢なんかが加わっているのだから当然だろう。決定が取り消しにならなければいいけれど……。


『リュシアン殿下といえば、アレは本当ですかな?』

 誰かがそう発言すると、ざわめきが一瞬で消えた。

『婚約は大公殿下が強制したもので、リュシアン殿下は解消を強く望んでいるとか』


「昨日のが効いたな」

 ディディエがにやりとする。


『その通り。先日、殿下から相談を受けました』

 そう言ったのは宰相ダルシアク公爵だ。

『私も娘から相談された』

「父だわ」とジョルジェット。


『誕生会で選ぶのではなかったのですか』

『出来レースだったのか』

 と、貴族たちの非難が飛び交う。


「今が出どきだな」リュシアンが力強く言う。

「頑張って!」彼の目を見て励ます。「あんなヤツら、言い負かすのよ! バーンッ……と!」


『バーン』で胸を叩こうと手を振り上げたら、扉に激しくぶつけてしまった。

 強い音がして──。


 ちゃんと閉まっていなかったのか、弾みでノブが動いたのか。


 扉が議会場に向かって開き、臨席している全ての人の目が私に向けられた。みな、ぽかんとしている。私もぽかんだ!


 けど、呆けている場合じゃない。


「……バダンテール伯爵家長女のアニエスです。初めまして。乱入して申し訳ございません」

 膝を折り、丁寧に挨拶をする。

 脇からは押し殺した笑い声がする。リュシアンだ。


 笑っている場合じゃないでしょ!と怒ってやりたい。意地悪モブ令息め!


「本日はリュシアン殿下のお力になりたく、参りました。警備を呼ぶのは今少しお待ち下さい」

「いや、驚かせてしまいすみません」

 そう言ってリュシアンが私の前に出てきた。ようやく真打ち登場だ。

「彼女は私の付き添いです。父と陛下にいくら頼んでも聞いていただけないので、公式の場で陳情しようと思いまして」

 ディディエとマルセルが後に続く。

 ロザリーが閉まっていたほうの扉も開いた。七人全員の姿があらわになる。


「というと」と宰相。「婚約についてかね」

「ええ」

 リュシアンはうなずくと、喚いている父親たちを無視して貴族たちに婚約の真相を伝えた。それからようやく父親を見た。

「何度もお願いしている通り、私は婚約を解消したいし、神官にもなりたくありません。政治的な理由があるのは理解できますが、それはあなた方で解決していただきたい」

「お前は何も分かっていない!」大公が叫ぶ。

「大公殿下だって何も分かっていないではないか!」ディディエが叫び返す。

「一度は納得したくせに、今更何を翻意しているのだ。意志薄弱な軟弱者め」国王が詰る。

 カッと頭に血が昇った。


「さ、散々リュシアンを利用したくせに、そんなことを言うのですか! ディディエ殿下が私に気があるそぶりをしたのが気に入らなくて、リュシアンに私を探らせたり邪魔させようとしたくせに!」

「そうだ! 父上は卑怯だ!」とディディエ。

「分かっていないって言うけど、そちらこそリュシアンの気持ちを分かっていませんよね! 『今更』?

 言い付けを守って口外しないで、一年もひとりで悩んでいたリュシアンがどれほど苦しんでいたと思いますか?」

「そ、そうです! リュシアンの変わり様に私もみんなも心配していました!」イヴェットが涙声で叫ぶ。


「問題解決の手段を講じず、リュシアン殿下を放逐して済ませるというのは、為政者としての力量がないと判断されかねません」

 宰相がそう言うと、手を叩く音がした。オーバン公爵だ。徐々に拍手が増えていく。


 そういえば国王と補佐は何でもふたりで決め、議会を蔑ろにしているんだった。不満が溜まっているから、私たち側に賛同してくれているのかもしれない。

 リュシアンてば、味方だらけじゃないか。


 と、議会場の正面扉が大きく開いた。真ん中にジスランが立っている。拍手は止み、静かになったところで宰相が

「議会中だが」

 と問いかけた。

「存じております。が、通していただけたので」

 答えるジスラン。扉に半ば隠れているけどエルネストがいる。それからクロヴィスも。

 ジスランは注目を浴びる中、悠々と中に入って来て宰相の前で止まった。手にしていた紙束を卓上に置く。


「神殿から署名をお持ちしました」

「署名?」

「リュシアン殿下を強制的に神官にすることについて、反対する署名です」

 どよめきが起きる。

「なお、長より『やはり受け入れられない。リュシアン殿下には王族として神殿の問題に対処していただきたい』との伝言を預かっております」


 ざわめきの中、今度はクレールとセブリーヌがやって来て、同じように紙束を置く。

「宮廷楽団の署名です。リュシアン殿下、王族離脱反対の」

 次は司書のケーリオ氏とバジル。

「こちらは王立図書館から」

「薬局から」

 と紙束を置いた。



 リュシアンを見ると今にも泣きそうな顔をしていた。

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