30・一件落着、ではありません!

 国王・補佐チーム対宰相以下貴族チームの侃々諤々の論争となった。


 貴族たちはこの機会にとばかりに、国王たちが独裁すぎると詰っりまくった。最初は居丈高に罵倒していた王たちだったけど、貴族たちが引き下がるどころか益々ヒートアップする様に困惑したようだ。

 彼らを納得させようと王たちは、論争の契機となったリュシアンの件は、実はカルターレガンとの軋轢を避けるためと説明。リュシアンが先代国王の落し胤であることまでも明かした。


 だけど貴族チームは、宰相と同じように政治的手段で解決をしないことを追及。元首としての能力に疑問があると騒ぎたてた。最終的に

『即位十周年記念式典の準備なんてしないぞボケカス!!!』

 という、貴族とは思えない口調の脅し文句が飛び交い、国王・補佐チームが折れた。リュシアンの婚約は解消、王族からの追放もなし。そして議会を重んじる約束をしたのだった。

 そうして議会は閉会した。



 開いた扉の向こうから、ギヨーム、マノン、カロンがこちらを伺っている。私たちは外に出た。

「良かった、リュシアン!」

 イヴェットが兄に抱きつき、ディディエとマルセルが肩を叩く。

「みんなのおかげだ。ありがとう」とリュシアン。「だけどアニエス。お前には一番の感謝を。アニエスがいなければ、皆に打ち明ける決断も、父に反抗する決断もできなかった」

「あの時バルコニーにぶら下がって本当に良かった!」


 リュシアンが顔をくしゃりとして笑う。


「だけど私、また言い過ぎてしまったわ。今日は絶対に冷静でいようと思っていたのに」

 国王と補佐の怒りに満ちた目を思いだしてぶるりと震える。

「不敬罪になってしまいそう」

「その時はみんなで守るわ」

 ジョルジェットが微笑み、ディディエたちが力強くうなずく。

「ありがとう。よろしくお願いします」

「お礼を言うのはこちらよ。リュシアンが素敵な人と出会えて良かった!」

 イヴェットの言葉に

「アニエスに出会ったのは私もだ」

 とディディエや他の攻略対象たちが騒ぐ。


 ギヨームがそっとそばに来て、

「これで一件落着だな。良かった良かった」

 と言う。ちょっと離れたところでこちらを見ていたカロンもうなずく。

 マノンとエルネストは……見つめあってふたりの世界だ。ほうっておこう。


「それにしても。ケーリオ殿たちはどうしてここに?」

 リュシアンが署名を持って来たケーリオ氏たちを見る。

「縦ロールに連絡をもらったんだ」とクレールが答える。「リュシアン殿下が今日の議会に乗り込むから、署名を出すのに丁度いいんじゃないかって」

「署名もアニエスのアイディアですよ」とジスラン。


 リュシアンが目を丸くして私を見る。

「色んな場所で慕われているみたいだったから。ゴベール邸から帰る前にクレールたちに提案してみたの。効果があるかは分からなかったけど、やるだけやってみたらいいかなって」

「アニエス! お前は本当に!」

 リュシアンが感極まったかのように私の名前を呼び、手を取った。甲に口づける。


「おいっ!」とディディエ。

「抜け駆け反対!」とはクレール。

「では私はこちらで」とジスランが私のあいた手を取る。

 それを

「やめろ」とはたくエルネスト。

「口説くのは婚約が解消されてからだろう」マルセルが口を尖らせる。

「みなさん! アニエスさまがお困りですよ」

 ロザリーがそう言って攻略対象たちをしっしっと追い払う。


 ――おや?


「まあ、ロザリーさま。兄のことは認めて下さっていたのではないのですか?」

 イヴェットが尋ねればロザリーは

「友達としてです」

 と何故か胸を張る。

「イタタタ」と声を上げたのはジスランで、その手はカロンにつねられている。

 その向こうからはセブリーヌがじっとりとした目を私に向けていた。




 リュシアンの件ですっかり忘れていたけれど。私自身も、解決しなければならない問題があったんだった!

 逆ハーは全然解消されていないし、ヒロインポジションをロザリーに返せていない。

 悪役令嬢にはならなさそうだけど、国王たちに睨まれたから処刑や修道院幽閉は起こるかもしれない。


 そもそもまだゲームは始まったばかりだし。


「大変、ギヨーム!」

「え、何?」

「一件落着なんかじゃないわ。私のことは何にも解決していないのよ!」

「ん?」考えるギヨーム。「――そうか。確かに」


「ふたりだけで何の話だ?」リュシアンが黒い笑顔を浮かべる。

「まさかギヨームもライバルになるの?」とクレール。「悪いけど邪魔するからね」

「蹴落とす」とエルネスト。

「チェリストには良い縁談を紹介しよう」とはディディエ。

「ライバルが増えるばかりだ……」マルセルは疲れたようにため息をついた。


「大丈夫、彼はライバルではありませんよ」そう言ったのはジスランだった。「大変にモテる音楽家の彼が、ここ数年は浮いた話がひとつもない。

 つまり公にできない恋人がいるか、片思いを拗らせ中か」

 おお。さすが女たらし枠。鋭い指摘!


 って、そうじゃない。


「ギヨームにはあなた方のことを相談しているんです!」

「僕たちのこと?」

 ショタクレールがあざとく首をかしげる。ううっ、可愛いが過ぎる。

「はっ、そういうことね」

 イヴェットが呟くと、すかさず私の前に出た。

「皆さま、アニエスさまのことはお諦めになって。彼女はリュシアンのことを前向きに検討してくれるのです!」


『前向き』はイヴェットが言ったんじゃないか、と思ったけれど。口々に文句を言う攻略対象とヒロインの中で、リュシアンがまたもくしゃりとした笑顔になったから、抗議はしないことにした。


 だって私、リュシアンの笑顔がすごく嬉しいみたいなんだもの。

 バッドエンドを回避しながら、嬉しい理由をゆっくり考えてみようかな。

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