28・新キャラ登場でございますか

 ダルシアク邸でマルセルと合流し、楽しく提案書を作って帰宅したならば。そこにはデュシュネ大公妃からの呼び出し状が待っていた。


 大急ぎで妃殿下との謁見に相応しい服に着替えて王宮に向かった。そして今。妃殿下――ユリシア・デュシュネさまと向かいあって座っている。彼女の私的な応接室らしいお部屋で、ふたりきり。


 多分、私の生意気な態度を咎めるつもりではないと思う。そういう表情はしていないから。だけどかえって意図が分からない。


「アニエスさん」

「はい」

 ユリシア妃殿下の声は弱々しい。

「あなたに言われるまで、リュシアンが辛い思いをしているなんて考えたこともありませんでした」


 瞬時に怒りが湧いてくる。


「あの子を見ると、辛く恨めしく許せない気持ちになります。我が子を失った悲しみは十二年経っても癒えません」

「リュシアンだって兄を失くし、母にも捨てられたんですよ」

 妃殿下はゆるゆると首を振る。

「そのようなこと、誰も私に教えてくれませんでした」

「大人のくせに、教えてもらわないと分からないのですか」

「分かりませんでした。イヴェットが苦しんでいることも」


 淡々と自分の非を認める妃殿下。信じられないことに、この人はどれほどひどいことをリュシアンにしているのか、自覚がなかったらしい。


 繊細そうな目が私に向けらる。

「あなたが私に思うことを、全て言ってみてくれませんか」




 ◇◇




 ユリシア妃殿下の元を辞し、応接室を出たとたんにため息が出てしまった。


 あの人は悪人ではない。自分のことしか見えていなかった愚かな人なのだ。

 イヴェットやダルシアク公爵に、リュシアンについて指摘されても聞き流していたっぽい。私の怒り具合を見て、初めて問題に気づいたようだ。


 そのことにちゃんと向き合おうと考えて、私を呼んだらしい。

 良いことではあるけど、悔しくもある。もっと早くに誰かが彼女を本気で叱れってくれれば……。長男を亡くした大公妃には怒れなかったのかな。


 ただ、ユリシアさまも婚約と神官の件は大公に反対意見を伝えると約束してくれた。その動機はイヴェットを悲しませたくないかららしいけど、この際そこはどうだっていい。リュシアンの味方が増えたことが重要だもの。




 先導の侍女について廊下を進む。王宮の建物内に入るのは二度目。前回の大広間とは別の棟で、案内がいなければ確実に迷子になる。こんな豪勢なところに住んでいるリュシアンが平民としてやっていけるのだろうか。


 そんなことを考えていると、少し先の部屋から華やかな一団が出てきた。ほぼ女性で見覚えのある顔がちらほらいる。公爵や侯爵といった家柄の令嬢たちだ。ひとりだけ男性がいるけど、彼は初めて見る。なかなかのイケメンだ。


 そのイケメンとバチリと目が合った。

「君は初めて会うね」

 とイケメンは言いながらやって来た。

「こちらはバダンテール伯爵令嬢アニエス様です」侍女が紹介してくれる。

「アニエスか。可愛い名前だ」イケメンは私の手を取り、チュッとキスをした。「君も一緒に楽しまない?」

 とたんに鳥肌が立つ。


 なんだこいつ!


「お兄様。見境無く口説かないで下さいな。彼女、引いてますわよ」

 今度は見たことのない美少女が近づいてくる。


「こちらは」と侍女。「カルターレガンのバルナバス殿下とベアトリクス殿下でございます」

 ああ! ディディエのエスコートがなくちゃ嫌だと誕生会をボイコットした我が儘王女とシスコン兄だ。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありま……」

 膝を曲げて挨拶をしようとしたのだけど、

「アニエスと言ったわね」と王女が遮って尋ねてきた。

「はい、殿下」

「あなたがディディエの意中の令嬢ね」

「っ!」

 ベアトリクスは背後の令嬢たちを見る。

「ですわよね?」

 一斉にうなずく令嬢がた。

「ディディエに会いに来たのかしら?」

「いえ、ち……」

「違うなら一緒に行こう」とバルナバスが腰に手を回してきた。「お子様なあいつより、私といたほうが楽しいよ」


 再びぞわぞわと鳥肌が立つ。しかも令嬢たちの視線が痛い。


「殿下、どうぞ手をお離し下さい」

「ええ? 嫌だなあ」


「離せ、バルナバス」

 鋭い声がした。リュシアンだ。それとディディエ。後ろに控えるエルネスト。

「アニエス、頭突きして構わないぞ」

「他国の王子にそれはちょっと……」

「ジスランには躊躇無くしたのに」とディディエ。

「クリーンヒットだった」ぼそりとエルネスト。


 バルナバスの顔がひきつり、手を離してくれた。


「アニエス。母に呼ばれたと聞いた。何を言われた」

 リュシアンが固い表情で近づいてくる。そういえば王宮に着いたとき、立哨のそばにエルネストがいた。私の来訪の目的を耳にして、リュシアンに伝えたのかもしれない。


「言われたというか言わされたというか。リュシアンへの自分の態度をどう思うかについて」

「何だそれは……」

「それと」声をひそめる。「婚約とかの一連のこと、大公殿下に反対してくれるって」

「本当か。やったなリュシアン」

 ディディエが嬉しそうに従兄の背を叩く。


「何の話だ?」とバルナバスが首を突っ込む。

「俺の婚約。アレは父が決めた」

 リュシアンが少し大きめの声を出し、令嬢がたがざわつく。

「命じられて自分で彼女を選んだように振る舞っていたが、あまりに理不尽だから従うことは止めにする」

「で、妃殿下はお前に味方する、と」

 バルナバスが言い

「そのようだ」とリュシアンが答える。


「それをどうして彼女が?」ベアトリクス王女が私を見る。「まさか……」

「外部の意見を聞きたかったみたいです。私が歯に衣を着せない物言いをするから」

「ふうん? とりあえずは納得してあげましょう。ではリュシアンはフリーになるのですわね?」

 令嬢たちがまたざわめく。


「その代わりに平民になるかもしれない」とディディエ。「母のせいでな」

 バルナバスとベアトリクスが視線を交わした。

「詳しくは分からないが、母が私より優秀なリュシアンの存在を良く思っていないらしい。それを父とディディエ大公が気にしてリュシアンを放逐することにしたようだ」


 ざわめく令嬢がた。だけど先ほどまでの浮わついた雰囲気とは真逆だ。


「ひどい話だろう?」

 ディディエが従兄に言う。問われたほうはうすら笑いを浮かべたまま

「そうだな。叔母上は狭量なようだ」

 と肯定した。


 ディディエはリュシアンを守るために、母親の評判を下げることにしたらしい。難しい決断だったろうに。案外、いいヤツじゃないか。

 今の話を聞いた令嬢たちは、きっと家で家族に話すだろう。高位貴族の間で、王妃も王も大公も評判を下げられるに違いない。


 リュシアンは

「もっと早くに皆に相談すればよかった」と私を見て微笑む。「だけど打ち明ける決断ができたのはアニエスのおかげだ」

「私、破壊力抜群だから」


 腕を曲げて力こぶを作る。ドレスの袖で見えないけど、リュシアンがぷっと吹き出してくれたから、効果は上々。


 控えているエルネストが

「カッコいい」

 と呟いたのは、聞こえないふりをした。

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