27・予期せぬ対面をいたしました

 ジョルジェットに落ち着いてもらうためのはずのお茶会社は、話があれこれと盛り上がってしまった。おかげで彼女も気が晴れたみたい。


 そしてさすがのディディエも、以前彼女が『大失恋した』と言った相手がマルセルだと察したようだ。掛ける言葉に散々悩んだ末、『なんだかごめん』と詫びていた。私の話を聞いてくれないヤツだけど、根は悪い人じゃない。




 長居してしまったことを詫びて薬局を出ると。な、なんと! リュシアンの母親と鉢合わせした。

 どうやら自分の両親とアルベロ・フェリーチェを見に来たらしい。両親のほうも大公位だ。三人の王族は数人の護衛を従えている。


 私とロザリーは完全に場違いで挨拶だけをして、一歩下がって高位貴族たちの会話を見守っていたのだけど……。


 リュシアンも祖父母に挨拶だけをして、同じように下がっていた。さりげなくバジルと話ている。イヴェットは兄を気にしているけど、母親のほうは息子から目を反らしたまま。老大公夫妻もイヴェットとディディエにしか興味がないみたいだ。

 これがリュシアンの日常らしい。


 腹の底が煮えたぎる。

 私も両親に興味を持たれていないけど、それはシャルルに対してもだ。子供によって態度を変えたりなんてされていない。だけどリュシアンは、これをずっと耐えてきたのか。


 嫌われているなら良い息子でいようと頑張って、それなのに政治的に邪魔だからと切り捨てられそうになっている。


 あまりにひどい。ひどすぎる。

 私が口出しすることじゃないけど。

 私は何の力もない伯爵家の、世間知らずの小娘だけど。

 でもこんなのは胸が痛すぎる。


 妃殿下と両親が自分たちがしたい話だけを終えて、樹の見学に向かおうとする。


「ひ、ひどいと思います!」

 我慢できずに非難が口をついて出た。妃殿下たちが足を止めて私を見る。

「どんな理由や感情があったとしても、リュシアンに非はありません。あなたのしていることは、人としてどうかと思います!」


 声も体も震えている。

 王族を詰るなんて無礼もいいところだ。でも友達として黙ってなんていられない。


「挙げ句に彼が望まない結婚や神官を無理強いするなんて横暴過ぎます!」

「アニエス」リュシアンがそばに来て私の手を握る。「怒ってくれて、ありがとう。でもこの人には何を言っても無駄だ」


 妃殿下の両親が血相を変えて『たかが伯爵家のくせに』と怒り、イヴェットとディディエが『アニエスの言うことが正しい』と反論をする。


「無礼なことは百も承知です。でも親や祖父母に声を掛けてもらえないリュシアンの淋しさが分かりますか? 兄を想い、板挟みになっているイヴェットさまの辛さは? いい大人のくせに、子供や孫の辛さが理解できないんですか?」


 老大公の顔が真っ赤になる。

「バダンテールと言ったな! 不敬罪で家門を取り潰してやる!」

「正鵠を射られたからって横暴だわ! 大公という大層な地位につきながら、他人の意見に耳を傾けることもできないのですか! 王族の『おう』は横暴の『おう』なのですね!」


「アニエス」とリュシアンが呼ぶ。

 私を見る顔が嬉しそうだ。それから彼は私をかばうかのように前に出た。

「お祖父様。私があなたがたからどのような扱いを受けているか、王宮の中心人物たちはみなよく知っております。バダンテール家にそのようなしうちをすれば、彼らはあなたの器の小ささに呆れることでしょう」

「恥ずかしいですね」とディディエ。「もっとも、そんなことは私がさせませんけど」


「母上」とリュシアンが妃殿下を見る。

 彼女は父親とは違い、青白い顔で不安げにまばたきを繰り返している。

「父上にも頼みましたが、私が邪魔ならば廃嫡して下さい。身分も財産も何もいりません」

「ちょっと待て!」とディディエ。「身分は必要だ。私と共に国を支える約束だぞ」

「身分がなくても文句が付けられないほどの実力を付ける。心配するな」


 リュシアンとディディエの向こうで妃殿下が何故か首をかしげている。

 と、私と目が合う。

「あなた、『望まない結婚』と言いましたね」

「はい! しかも全てリュシアンが望んだように見せかけろなんて、ひど過ぎます」

 妃殿下がリュシアンを見る。

「私はあの人から、あなたは了承済みだと聞いていたのですが、違うのですか」

「確かに最初は了承しました。そうする他はないと思ったからです。ですがやはり、嫌なのです」

「……婚約者も、あなたが陛下の意を汲んで自ら選んだと聞いていました」


「え……」

 誰のか分からない声が上がり、私たちは顔を見合わせた。

「ん? 『望まない結婚』とは今している婚約のことなのか? 新しい話が持ち上がっているのではなくて?」

 そう言って老大公も戸惑いの顔をしている。


「……ではリュシアンの婚約は、父上とデュシュネ大公殿下二人だけで企んだことなのか?」

 ディディエが誰ともなく呟く。

「少なくとも私は初めて聞きました」

 妃殿下が言えば老大公夫妻もうなずく。

「一週間ほど前から何度となく、父上に婚約の解消をして欲しいとお願いしていますが、聞いていただけません。私の存在が政治的に邪魔だということは理解しています。ですから廃嫡を」


「……分かりました。あの人と話してみましょう」

 リュシアンの母親はあっさりと約束をした。視線はほぼ他所を向いていたし、頼りない声音ではあったけれど。



 ◇◇



 リュシアンの母親たちの姿が見えなくなった。

「ひとりで先走って、ごめんなさい」とみんなに謝る。

「いいのよ、アニエスさま!」とイヴェット。「今までのお母様はリュシアンの話になると逃げてばかりだったの。アニエスさまがガツンと怒って下さったから、聞いてくれたのだわ!」

「母とまともに会話をしたのは数年ぶりだ。アニエスのおかげだ」

 リュシアンが微笑む。

「おかげで大進展があったな」

 ディディエの言葉にジョルジェットがうなずく。

「私ではお三方にあのように申し上げることはできないわ。アニエスさまだからこそ」


 リュシアンたちが私の非礼を怒っていないことに、ほっとする。


「アニエスさま」ずっと黙っていたロザリーだ。「リュシアン殿下を大切に思っているんですね。残念ですけどアニエスさまの一番の仲良しの座はリュシアン殿下に譲ります」

「え?」

 なんだかディディエ以外のみんながにこにこしている。


「と、友達としてですからね! ……多分」

「『多分』!」ため息をつくディディエ。「いや、私はまだ諦めないぞ。『多分』だからな」

「今は友達としてで構わない」リュシアンはすごく嬉しそうだ。

「私のことはいいから! さあ、ダルシアク邸に向かいましょう!」



 お茶を飲みながら、アルベロ・フェリーチェの一般公開についても話しあった。そしてみんな乗り気で、提案書をまとめることに決まったのだ。

 マルセルにも仲間に入ってもらうために、これからダルシアク邸に向かう。ジョルジェットも賛成してくれている。ただし彼と口はきかない、との条件付きだけどね。

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