25・ついに語られる真実でございます
再びやって来ました、ダルシアク邸。今回は私ひとりが拉致られるなんてことはなく、予定通りの場所、応接室に通された。当然のことなのに勝った気分。何に?
攻略対象ズに!
とはいえ天下の宰相様に初対面するのだから緊張はしている。向こうからしたら、どうして見知らぬ伯爵令嬢が紛れ込んでいるのだと思うだろう。
でもリュシアンの力にはなりたいからがんばるのだ。
昨日幸運のお守り、アルベロ・フェリーチェの花びらもゲットしているし、絶対に上手くいくはず。
宰相さま、ダルシアク公爵モーリスさまは強面だけど、雰囲気は悪くない。
ひとり掛けの椅子に座った彼の右手の長椅子に男子チームのマルセル、ディディエ、リュシアンが、左手に女子チーム、ジョルジェット、イヴェット、私が座っている。公爵は闖入者の私の挨拶を普通に受けて、何故見知らぬ伯爵令嬢がいると咎めることもしなかった。
「それで用とは何だね、マルセル。仕事に戻るまであまり時間はないので手短にな」
公爵はそう言って、私をちらりと見た。何だろう?
「父上。話はリュシアンからです」
「リュシアン殿下?」
大公令息は公爵の視線を受けても落ち着いて、そうですと答えた。私のほうが緊張で手に汗をかいている。
「私の婚約についてです」とリュシアン。
他所では一人称は『俺』ではなく『私』なんだ。そうか。良い息子だからか。
「全て父が決定し、私はそのことを他言しないよう命じられ従いました。このことはご存知でしょうか」
「……ああ」と公爵。
「父上は知っていたのですか!」マルセルが鋭い声を上げる。「何故リュシアンにそんな無体なことを!」
「『何故』だと?」公爵は眉をひそめた。「まさかリュシアン殿下は理由をご存知ないのですか」
「知りません」
「何と!」
公爵は顔を歪めて叫んだ。
「申し訳ない。陛下たちからは殿下は全てご承知だと聞き、それを信じておりました」
「どういうことだ公爵。説明を」ディディエが強い口調で言う。
「リュシアン殿下を王族から外す婚姻をしなければならなくなった原因は、ヨゼフィーネ王妃とカルターレガンです」と公爵。
「母上?」
ディディエとリュシアンは困惑顔になった。どうやら全く心当たりがないみたいだ。
「ディディエ殿下には申し上げにくいことですが、実はかなり昔から、陛下には隠し子がいるとの噂があります」と、宰相。「懇意にしていた男爵令嬢が陛下の結婚直後に隠れて産み落とした、という内容です」
思わぬ話の展開に、みんなが戸惑っている。
「ヨゼフィーネ妃殿下と母国のカルターレガンは、陛下は隠し子を弟夫婦に託したと考えています。実の子ではないから大公妃はリュシアン殿下に酷い仕打ちができる、という訳です。貴族にも一部、そのような考えはあります」
リュシアンとディディエが顔を見合わせる。
「リュシアン殿下は陛下の隠し子ではありません」と宰相。「ですがもし事実だと仮定したならばらリュシアン殿下が第一王子で王位継承権は一位。次期国王となります。となるとヨゼフィーネ王妃の父君、カルターレガンの国王は当然、陛下を非難しますしその権利はある。均衡がとれていた国交関係は揺らぎ、あちらが我が国より優位に立てます」
「それを防ぐために私を王族から除籍するのですか」
リュシアンの質問に宰相がうなずく。
「ヨゼフィーネ殿下が我が国の王妃としてカルターレガンの王に毅然と対峙してくれるならばよいのですが、残念ながらそうなさらない。妃殿下は、優秀で人望もあるリュシアン殿下を邪魔だと考えています。あなたを徹底的に排除するために父王に味方するでしょう」
それから公爵は、ディディエの成人祝いに、恐らくヨゼフィーネの兄である王太子が来て、この問題を持ち出してくる。だからそれまでにリュシアンを王族から離脱させる必要があると、国王と大公が考えていると説明した。
「だがリュシアンのことが事実でないなら、毅然と対応すればよいではないか」とディディエが言う。
「いえ。――リュシアン殿下はデュシュネ大公夫妻の実子ではないのです」
イヴェットが息をのむ音がした。
王と親しかった男爵令嬢が、こっそりと子供を産んだ。これは事実だという。ただし、子供の父親は現国王ではない。先代国王だそうだ。男爵令嬢は王宮の片隅でひっそりとリュシアンを産み、そのまま亡くなってしまった。
その五日後に、大公妃が男児を出産。
そこで先代国王は、リュシアンは大公妃が産んだ双子だったことにするよう命じた。
このことを知っている侍女、産婆が何人かいる。更に戸籍も操作したので役人も何人か。
リュシアンが大公夫妻の実子でない証人も痕跡もある。
だから我が国の弱点は、突かれる前に切り離す。それが王と補佐の方針。
宰相の話が終わると、リュシアンの顔は蒼白になっていた。たまらなくなって席を立ち、彼のそばにひざまずき手を握った。
「リュシアンはリュシアンよ」
「そうよ、リュシアンは私の兄だわ!」イヴェットが訴える。その目には涙が滲んでいた。
「……そうか。実子でなかったから、邪魔だったのだな」
リュシアンがそう言って微笑んだ。いびつな笑みだ。
「陛下や父からすれば、私は妾腹の不必要な弟だったわけだ」
「リュシアン!」
「私にはお前が必要だ!」とディディエ。
マルセルやジョルジェットも続く。
「分かっている。俺は大丈夫だ。イヴェットもディディエもマルセルもジョルジェットもいる。それに」リュシアンが私を見た。「アニエスも。俺の常識をぶち壊してくれた、とんでも令嬢がな」
握った手を握り返される。
「父上もこの件が正しいと考えているのですか? どうして? リュシアンの才を認めていたじゃないですか」
マルセルの声にみんなが公爵を見る。
「無論」と公爵。「反対した」
「え」と、何人かが声を上げる。
「リュシアン殿下に対して不当なことだ。それに彼を王族から除籍することは、カルターレガンの疑念が正しいと思わせることになる」
そうか。それでも大公と陛下はそれを選んだのだ。
「デュシュネ大公殿下は自分の血を引いた子に家督を譲りたいのだ」
「ひどいわ!」
イヴェットが叫び、ジョルジェットがその肩を抱く。
「リュシアン殿下。ディディエ殿下」と公爵。「私は反対の立場でした。ですが陛下たちは私の意見に耳を貸しません。ーー残念ながら随分前から全てをおふたりだけで決定し、私をはじめとした臣下はお飾りに成り下がっております。今回のこと、猛抗議を致しますが、きっとお聞きいれはして下さらないでしょう」
「そんな。どうすればいいの?」とイヴェット。
「私の父も反対しています。一緒に抗議をするよう頼みます」とジョルジェット。
「……父上はそんな状態なのか?」とディディエ。
「はい。ですが悪政を行っているわけではないので、みな従っております。――不満は溜まっておりますが」
「ディディエの誕生会は?」とマルセル。「リュシアンが陛下からはイヴェット、妃殿下からはカルターレガンの王女をディディエが選ぶよう誘導しろと命じられていたそうです」
「そうでしたか」と公爵がリュシアンを見る。「それは知りませんでした。その件もカルターレガンの力を強めたい妃殿下と、そうはさせたくない陛下の思惑ですね」
「それをリュシアンに押し付けるなんて」とイヴェット。顔にハンカチを押し当てている。
「私は絶対にリュシアンを父たちの思い通りにはさせないぞ」とディディエ。「だがどうすれば、いいのだ。宰相の意見も聞かないとなると」
「はい」と挙手する私。
実はここ数日、考えていたことがあるのだ。
「なんだねアニエス嬢」公爵が促してくれる。
「公の場で問い詰めるのはどうでしょうか」
「公の場?」と宰相が繰り返す。
「はい。デュシュネ大公殿下と国王陛下はリュシアン殿下のことを秘密裏に進めようとしています。そしてリュシアンだけでは彼らに対抗できませんでした。それならことを公にして、大勢を巻き込むのです」
だって悪役令嬢の断罪シーンは、必ずたくさん人がいる場所だから。効果があるからそのシチュエーションが選ばれていると思うのだ。
だから。健気なヒロイン(この場合はリュシアンね)を苛める悪役(大公たち)は衆目の元で罪を明らかにするのがいい。しかも貴族たちが悪役に不満があるなら、彼らの味方になることは、きっとない。
「そんなことをしたら、父は怒る気がする」とディディエ。
「ただでは済まない可能性があるな」とマルセル。
「だけどリュシアンだけでなく宰相閣下の忠言も無視する陛下たちなのですよ。穏便に彼らの考えを変える方法がありますか? それとも弱みを握って脅すのがよいでしょうか? では、ディディエ殿下が弱点を探って下さいな」
ぷっ、とリュシアンが吹き出す。
「さすがアニエス。考えが斜め上だ」
「私、怒っているもの。リュシアンへの大公殿下の仕打ちを世間に知らしめたいわ」
確かにとみんながうなずき、公爵は、ふむと言って考えこんだ。
「俺のために怒ってくれるのか」
リュシアンが嬉しそうに、まだ握りあったままの手に力をこめてきた。
「リュシアン」とディディエ。「こんな時になんだが、さっきからアニエスに触りすぎではないか。ずるいぞ」
「そうだそうだ!」とマルセル。
いや、あなたは黙って。目の前にジョルジェットがいる!
「まだ告白前なのだよな」とディディエ。
「そうは見えないわ」とイヴェットとジョルジェット。
公爵が首をかしげる。
「実はこの集まりはアニエス嬢を巡るものだと思っていた。マルセルやディディエ殿下たちが彼女を巡って程度の低い争いをしていると聞いていたからな。てっきり仲裁を求められるものかとばかり」
「『程度が低い』!」
ディディエとマルセルが口を揃えてのけぞる。
「だが勝者はリュシアン殿下ということですかな」
「だと良いのですが」にっこりリュシアン。
「いえ、私は、友達として……」
全員の視線が握りあっている手に向かう。
「これは友達として励まそうと……」
ダメだ。顔が熱いし、心臓がバクバク鳴っている。
「アニエスさまは演技が下手ですわねえ」
そう言ってイヴェットが微笑む。
ジョルジェットも公爵も見守るような笑顔をしている。
「本人は友達と言っている」とヤケクソ気味のディディエ。「この話はいったんお預けだ」
「あら。都合が悪くなったからって」
イヴェットが意地悪に言うとディディエの顔がうっすら赤くなる。
「とにかく、だ。今の問題はリュシアンだ。どうする? アニエスの案を採用するか?」
「勿論だとも」リュシアンがうなずく。「今まで俺は父と母に配慮しすぎた。もう、一切やめる」
「賛成よ。今までよくがんばったわ」
イヴェットが答える。
「ありがとう。優しい妹よ」
リュシアンはそう言って、イヴェットに穏やかな笑みを向けた。
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