24・幸運のアイテムをゲットいたしましょうSeconds
大神殿前の大広場。きのうと同じような行列が目前に延びている。アルベロ・フェリーチェの花びらを手に入れるまでに、また二時間かかることだろう。
「こんなに盛況なのか」
そう言ったのは、きのうと違うこと・その1である男。
「そうよ。これだけの人がいるの」答えつつ、声をひそめる。「バレるのは時間の問題じゃない?」
「みな話に夢中だから他人なんて気にしない」
庭師風の格好をして、つばの広い帽子を深くかぶったその1が答える。こんな見え見えの変装をしているのはリュシアンだ。
どうやらバジルは速攻でリュシアンにチクった、ではなかった、報告したらしい。ご丁寧に委細漏らさずに。きのう帰宅してすぐにリュシアンから、『明日の配布の列に共に並ぶ』との手紙が来た。
いやいやあなたは大公令息でしょう、断固お断りしますと返信したのだけど、きいてもらえなかった。
「俺より彼女のほうが余程危ない」
大公令息は目前の、きのうと違うこと・その2を見た。それは変装をしたマノン・ゴベールと、絶妙な距離感で彼女に寄り添うクロヴィス・ファロ。
声が聞こえたようで(意外だ。てっきりふたりだけの世界に没入しているのだと思っていた)、マノンが振り返った。
「私はちゃんと変装してますもの」
音楽界のアイドルは胸を張る。一体どこから借りたのか農村の娘のような格好をしている。リュシアンも彼女も、服装とまとう雰囲気が相反していることにこれっぽっちも気づいていないらしい。
クロヴィスのほうは普段通りと思われる私服を着ていて格好に問題はないけれど、佇まいから騎士感があふれでている。はっきり言って、威圧感が半端ないのだ。エルネストと一緒にいる時は気にならなかったけれど、街中に出ると明らかに一般人と違う。鍛え抜かれた体躯で仁王立ちなんだもの。
バダンテール家は最小限の使用人とエマだけで目立たないようにがんばったけど、ムリだ。その1と2が完全に周囲から浮いている。
リュシアンの言った通りに大抵の人々は伝説の樹の話に夢中だけど、こちらをチラチラ見る人も一定数いる。出来ることなら彼らと無関係を装いたい。
「というか、どうしてマノンさんたちが一緒なの?」
先ほど待ち合わせの場所に三人が揃ってやって来るまで、私はリュシアンと従者が来るのだとばかり思っていたのだ。
「従者はいなくて大丈夫なの?」
「彼がいたら俺が誰だかバレる」とリュシアン。
「いなくてもバレると思うけど?」
「いいや。俺の変装はばっちりだ」
「どこからその自信が来るの?」
「従者もクロヴィスもそう言った」
本当のことを言えなかっただけじゃない?、と返そうとしたらクロヴィスが
「見事な変装です」
と力強く肯定した。
え。本気?
「本当はギヨームを誘ったんだ」
クロヴィスの称賛をドヤ顔で受け取ったリュシアンは、話を変えた。「俺ひとりがアニエスと共に並んだことをディディエやマルセルに知られたら、面倒なことになるからな。だが断られた。何時間も並ぶ時間があったらチェロを弾いていたいそうだ」
「そうなのよ」とマノン。「ギヨームは変なところでリアリストなの。お守りなんてなんの役に立つんだ、と言っちゃうのだから」
「そんな風だからいつまでたっても思いが届かない」とクロヴィス。
「ギヨーム殿は片思いをしているのだったか?」
とリュシアンが尋ねると、マノンとクロヴィスはなんとも言えない表情でうなずいた。
「彼は相当にモテるだろうに、なぜ片思いなんだ?」
「どちらも変人だからよ」マノンが真顔で断言した。
兄に向かって、なかなか辛辣だ。
「ギヨームは一見普通だけど、作曲がゾーンに入ったときなんて酷いから。飲まず食わず眠らずで倒れるなんて当たり前。そんな時の彼は、ちょっと人目に晒せないわよ。髪はぼうぼう、髭は延び放題」
そうなんだ。人当たりのいい好青年だと思っていたけど、いかにも芸術家という一面もあるのか。
「今日は、なりかけだったな」とクロヴィスが笑う。
「あれは別。今の作曲がうまくいかなくてイラついているのよ」
「また新しい曲を書いているのですか?」
「コンペだろ?」とリュシアン。
リュシアンによると、年末に国王陛下が即位十周年を迎えるのだけど、その記念式典用の楽曲を公募しているそうだ。しかも急遽、アルベロ・フェリーチェをテーマにすることという条件が追加になったらしい。
「イメージは出来ているけど、うまく形にならないみたい」とマノン。「この前の三重奏がかなり革新的だったから、今回は古典に回帰したいようなのだけど……と、いけない。秘密だった!」
マノンは周りをキョロキョロしてから、内緒にしてねと付け足した。
「とにかくそういう経緯。ギヨームから、私が代わりに行ってくれって頼まれたのよ」
「クロヴィスさまも?」
悪役騎士を見上げると、彼は一瞬だけ変な表情をした。
「……いや」
「元々ふたりで並ぶ予定だったそうだ」とリュシアン。「デートの邪魔をしてすまない」
「デートではっ!」クロヴィスとマノンの声が重なる。それからふたりは赤い顔を見合わせてもじもじ。
デジャブか。つい先日も同じような光景を見たばかりなのに、奥手がすぎる。それとも悪役騎士はゲームが終わるまでは告白できない設定にでもなっているのかな。まあ、がんばってくれたまえ。早いところくっついて、悪役エンドを回避してね!
といっても、今のところ悪役感はゼロだよね。
「ところでリュシ……」
リュシアン殿下と呼びそうになり、口をつぐむ。本名は絶対にまずい。
「えっと、リュ……リューくん」
リュシアンは眉を寄せた。けれど意図は理解してくれたのだろう。低い声で、なんだと聞き返してくれた。
「どうして一般配布に並ぶことにしたの? まさかと思うけど」
「もちろん、アニエスと一緒にいたいからだ」
やっぱり!!
しかも、これまたやっぱりというか。リュシアンの理由を聞いて私は嬉しくなっている。
コホン、と後ろから咳払いが聞こえた。エマだ。リュシアンが振り返る。
「案ずるな、――ええと?」
「彼女の名前はエマよ」
「エマ。俺は全てのかたがつくまで友人として振る舞う」
「つまり?」とエマが私を見る。
「『つまり』?」と繰り返す私。
「お嬢様も同じお気持ちで、かたがつくのを待っているということでしょうか?」
「違う」
そう答えたのは私ではなくリュシアンだった。
「俺の一方的な考えだ。今日来ることも本当は断られた」
「そうでございますか。失礼致しました」
エマは丁寧に大公令息に頭を下げてから、私を見た。まっすぐな視線が痛い。顔も熱いし。リュシアンの言葉にドキドキしているのがバレてしまう――。って、あれ?
バレたら何かマズイのだっけ?
「アニエスさまぁ!」
聞き覚えのある声がした。パタパタと駆けてくる足音。
「来ちゃいましたっ!」
と叫んで抱きついてきたのはロザリーだった。
「アニエスさまにどうしてもお会いしたくて」
エヘヘと笑うヒロイン。めちゃくちゃ可愛い! 今日はちゃんと従者連れだ。
「一緒に並んでもいいですか」
「ダメだ」
リュシアンがそう言うとロザリーは彼を見て、数秒経ってから、
「あ!」と叫んだ。
大公令息と気付くのに時間がかかったらしい。信じがたいけど、変装がうまくいっているのかな。
「どうしてこんな所に! そんな格好で! 花びらはいくらでも手に入るのでしょう」ロザリーが小さな声で矢継ぎ早に言う。「それにダメってどういうことですか。はっ、まさかあなたさままでアニエスさまを!」
ぎゅっと強く抱きしめられる。
「アニエスさまは渡しません!」
「今は構わない」とリュシアン。
ロザリーが『今は』?と繰り返すとリュシアンは笑顔でごまかした。
「だがロザリーは昨日もアニエスと一緒だったのだろう? 今日は俺が共に過ごす日だ」
「それこそダメです! 殿下と噂が立ってしまったらアニエスさまの評判が落ちてしまいます」
「問題ない、ふたりきりではない」
リュシアンがそう言うと、マノンとクロヴィスが
「私たちも一緒ですから」と言い添える。
「それなら私もいても構わないのではありませんか」
「イヤだ。同性だからといってアニエスにくっつきすぎだ。俺だって腕を組みたいのに」
「コホンっ!」エマの咳払いだ。
「それならロザリーさま、私から離れて下さいな。みんな適度な距離で楽しくお話をしましょう」
「はいっ、アニエスさま!」
ロザリーは笑顔で私から離れたけど、リュシアンはまだ不満そうな顔をしている。
「リューくんも、いいよね?」
「……仕方ない。せっかくデート気分だったのに」
「コホン!」
「エマ。お前は厳しすぎやしないか」
「お嬢様のメイドとして当然でございます」
「メイドの鑑ですね!」
ロザリーがそう言い、リュシアンと睨みあう。
だけどすぐにリュシアンは表情を緩めた。
「アニエスの周りは変なヤツばかりだ 」
「リューくんもだよ」
「俺も?」意外そうな顔をする大公令息。「そうか、俺もか」
そう納得するリュシアンはすごく楽しそうだ。
「筆頭はアニエスだな」
うっ。自分が放った言葉がブーメランになって帰ってきてしまった。
◇◇
なんだかんだでリュシアン、ロザリーと会話が弾み、小一時間が経ったころ。ロザリーが前に並ぶマノンとクロヴィスをちらりと見てから、こそっと
「お二人はデート中ですよね。後ろにいては悪くないですか」と言った。
やっぱり誰が見てもデート中に見えるんだ!
「違う。まだ恋人関係ではない」
こちらもこそっと答えるリュシアン。
「えっ!」
ロザリーは叫んですぐに口を手で押さえる。
「どちらも奥手すぎるわよね」
リュシアンがマノンたちから少し離れると
「仕方なくはある」と声をひそめて言った。「マノンは人気がある。侯爵家の嫡男や若くしてのし上がった辣腕貿易商なんかから求愛されていてな。クロヴィスは伯爵家の縁戚ではあるけど自身は平民で、エリートだが資産家ではない」
なるほど。クロヴィスはただの奥手という訳ではないのか。
「だけどマノンさまを見ていれば、彼女の幸せが何かは分かるでしょうに。少しはディディエ殿下やジスランさまの積極性を見習ったほうがいいわ」
リュシアンがうなずく。
でなければマノンがバシッと告白すればいいのでは、と思って彼女を見ると、ちょうどマノンはあらぬほうを見て
「セブリーヌ!」と声を上げたところだった。
宮廷楽団事務局長にして悪役上司のセブリーヌ・ベロムだ。彼女が、『あら』と言って寄って来た。すぐにリュシアンに気がついて挨拶をする。次に私を見て、僅かに顔を強ばらせた。
まだ私を警戒しているのかも。クレールには興味ないとアピールしなくては。
「ギヨームはどう? 作曲はうまく進んでいる?」
セブリーヌがそう尋ねるとマノンは苦笑いした。
「それがダメで。一昨日から部屋にこもりきりよ」
一昨日? ゴベール邸に伺った日だ。あのときのギヨームは普通だったけど、もしかしたら邪魔をしてしまったのだろうか。
「一昨日って確か」セブリーヌが険しい目で私を見る。「……あなた、ギヨームに何かしたの?」
「え?」
「うちの人気団員なのよ。奏者としても作曲家としても天賦の才があるの。ギヨームに悪影響を与えないで」
「違うわ、セブリーヌ! 彼女は関係ないの」とマノン。「結局お客様がたくさん来て。クロヴィスも、リュ……、こちらの方も。ね、みんなで楽しく過ごしたのよね」
クロヴィスとリュシアンがそうだと肯定する。……が、もしやこれは嫉妬? やったじゃない、ギヨーム!
どうする私、ギヨームのために煽る? 煽っちゃう?
「ギ、ギヨームさんって素敵ですよね。忙しい中、相談に乗ってくださってお優しいし。どうぞご心配なく。悪影響なんて与えません。尊敬していますもの」
にこりと微笑むとセブリーヌの眉が跳ね上がった。ちょっと噛んでしまったけど、上手く煽れたみたい。
「あなたねえ、分かっている? ギヨームは国宝級の音楽家なの。彼に害をなす人間はどんな身分であろうと許さないわよ!」
「落ち着いて、セブリーヌ! アニエスは悪い影響なんてないから」
マノンが執りなし、セブリーヌは一応納得して去って行った。
「マノンさま、ごめんなさい。ちょっと煽り過ぎてしまいました。ギヨームのためを思ったのだけど」
「いいえ。彼女が彼のことであんなに熱くなるのは初めてよ。脈有りなのかも。ありがとう、アニエス」
マノンは嬉しそうな顔をしている。
「お役に立てたなら良かったです」
「俺は面白くない」とリュシアン。「素敵なんて言われたことがないぞ」
「私も」とロザリー。「アニエスさまの相談とやらに乗りたかったです!」
「ええと、リュシアン殿下はディディエ殿下のサポート具合が素敵です。ロザリーは今度、別件の悩みを相談させて下さいな」
「アニエスは大変ねえ」
とマノンが笑い、クロヴィスもうなずく。
本当、そう思う。悪役令嬢になりたくなかっただけなのに、どうしてこんなことになった。
だけどオリジナルアニエスだったときより楽しいかも。
◇◇
配布場所にたどり着くまで、予測通りに二時間かかった。絶対にリュシアンとマノンの存在がバレると思っていたけどそんなこともなく、無事に花びらをゲット。ちゃっかりリュシアンももらっていた。いくらでも手に入るのではなかったかな?
ふと見ればマノンとクロヴィスは花びらを見ながら満面の笑みだ。それが入っているのはお揃いの小ビンに見える。それでまだ付き合っていないの?
並んでいる間だって、ハートが飛び交っているのが見えそうなラブラブっぷりだったのに。
リュシアンはと見ると、こちらは素敵な形の小ビンを持っていた。
「可愛いわね」
「そうか? イヴェットからいらない物をもらっただけなんだが。ならば」と彼はそれを私に差し出した。「交換しよう。女性は入れ物も可愛いほうが気分が上がるのだろう? 上がるの意味は分からないけど」
分からないんだ、とおかしくなる。
「勝手に交換したら、イヴ……さまに申し訳ないわ」
「いや。同じ物が沢山あるから問題ない。幾つでもくれると言っていた」
「そう? ならばお願いしようかな」
私たちはお互いの小瓶を交換した。
リュシアンからもらったそれは、なみなみの曲線がどこか花のように思える可愛らしいものだった。
ロザリーはちょっとむくれていたけど、『見逃してあげます』と言って文句はつけなかった。というか、しょんぼりしているように見える。
「ロザリーさま。どうかしましたか?」
「いえ」と言った彼女の頬が赤らむ。「お前もこの瓶が欲しいのか?」とリュシアン。
「違います。お気遣いさせてすみません」ロザリーは顔を更に赤らめ、私を見る。「……バジルに会えるかと思っていたけど、いなかったから。少しがっかり」
「薬師のバジル・モフロワか? 確かロザリーは男爵家に引き取られる前はモフロワ家に世話になっていたのだったな」
「はい」とロザリー。「バジルは兄同然なんです」
「なるほど。彼は良い薬師だ」
「ありがとうございます。――ただ最近はお仕事が忙しいみたいで会えなくて」
「では次に会ったときに、妹が淋しがっていると伝えよう」
リュシアンがそう言うと、ロザリーが大輪のバラのような笑顔になった。
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