23・幸運のアイテムをゲットいたしましょう
「すごい人ね」
「ですからお嬢様は屋敷でお待ち下さったほうが」
「いやよ。こういうのは自分でもらわないと、ありがたみがないのよ!」
エマが困ったように執事を見る。アダルベルトは諦めの境地のようで、ゆるゆると首を左右に振った。
大神殿前の大広場。ここでアルベロ・フェリーチェの花びらが配られるのだ。
一日限定二百枚。ひとり一枚のみ。生花ではなく乾燥させたものなので脆いから、それを入れる容器を持って来た人のみの配布、ということだった。
なので張り切ってもらいに来たのだ。執事とエマには自分がもらって来るから屋敷で待てと説得された。けれどひとり一枚なのだ。欲しければ自分で出向く。これ、当然。
だけど、まあ……。
私たちの前にずらりと並ぶ人を見る。どれだけの人数がいるのだろう。手に入れるまで何時間待つことか。
こういうとき、前世を思い出しておいて良かった。あちらではお目当てのスイーツのための行列は日常茶飯事。友達と話していれば時間なんて、あっという間。
「さあ、がんばって待ちましょう。がんばった先に幸せはあるのよ!」
「お嬢様、おかしな本でもお読みになりましたか?」とエマ。
「……あなた、最近突っ込みが厳しいわね」
くすくすと笑い声が広がる。後ろに並ぶメイドたちだ。
「だってお嬢様。おかしいですもの」
「こんなに使用人を引き連れて並んでいるのはバダンテール家だけですよ」
そうなのだ。
くじ引きで外れを引いてしまった可哀想な使用人以外の全員で並んでいる。名目はシャルルのお守り。
屈強なガタイの庭師はシャルル用の簡易椅子を運ぶ係り。メイドたちは話し相手兼日傘係り。料理人はおやつ係り。
「まるで僕は王子様」とシャルルが笑う。
「あら、シャルルは私の天使だから王子様より素敵なのよ」
ついするっと心の声が出てしまった。まあいい。もう気取った伯爵令嬢は飽きた。
コホンと執事が咳払いをする。小さな声で
「お気をつけ下さい。それは問題発言かと……」と言った。
そうか。だけど確実にディディエよりシャルルのほうが可愛いのだけどな。
と。
「まあ、アニエスさま!」
と声がした。目をやると、行列の前方にロザリーがいて、こちらに手を振っていた。
「そちらにお邪魔してもいいでしょうか?」とロザリー。
どうぞと答えると、ヒロインは嬉しそうに駆けてきた。
「お守りをいただく前に幸運がやってきました! まさかアニエスさまに会えるなんて!」
こぼれ落ちそうな笑顔のロザリー。先ほどまで彼女がいたあたりを見る。こちらを気にしている様子の人はいない。
「ロザリーさま。どなたといらっしゃっているの?」
「ひとりです。私は少し前まで庶民でしたから、従者はいなくても大丈夫なの」
ややはにかみながら答える彼女を見ながら、考える。ワルキエ家はけっして使用人がいないような貧乏貴族ではない。
彼女がワルキエ家に引き取られた経緯については、いつだったか噂話で耳にした。彼女は現当主の兄の忘れ形見らしい。
本来ワルキエ家を継ぐはずだった兄はメイドと駆け落ち。先代当主は最期まで長男を許さなかったけど、夫人は息子を探し続けていた。だけれど見つかったのは孫のロザリーだけ。息子もその妻も事故で亡くなっていたのだ。
ロザリーは両親の友人に引き取られて、幸せに暮らしていたようだ。だけれど夫人のたっての願いで現ワルキエ男爵の養女に入った。
確かそんな話だった。
でもひとりで外出なんて。家族とうまくいっていないのだろうか。
「……あの、実は」ロザリーは可愛らしく頬を薔薇色に染めた。「内緒で出て来てしまったのです。だから私に会ったことは秘密にして下さいな」
「まあ。なぜ?」
「花びらをもらいに行きたいと頼んだら、義父は使用人を取りに行かせると言って了承してくれなかったのです。だけど私、どうしても自分で手に入れたくて。優しくしてくださるおばあさまにプレゼントしたいの」
「っ!」
なんてヒロインらしいのだ!
可愛いみが激しい!
あまりのキュートさに鼻血が出そう。
と、またしてもコホンと咳払いが聞こえてはっとした。
執事、エマ、シャルルが冷めた目で私を見ている。しまった、ロザリーのあまりの愛らしさにヨダレが出ていただろうか。さりげなく口元を押さえてみる。出ていなかった。セーフ。
ああ、そうか。
「お気持ちはわかるわ、ロザリーさま。だけれどおひとりでお忍びで出掛けて、万が一事件に巻き込まれてしまったら、おばあさまを悲しませてしまうのよ。次からはどうぞ私に相談して下さいな」
出来る令嬢ぶってそう諭すと、なぜかロザリーはキラキラした目を向けてきた。
「さすがアニエスさま。仰る通りですね。おばあさまを悲しませてしまったら本末転倒でした。次からは真っ先に相談させていただきます」
気づくと両手をとられて固く握りしめられている。距離も近い。いけない、彼女も私への好意が過剰なのだった。
そっと上体を反らしながら、にこりと微笑んだ。
◇◇
ロザリーに断りを入れてから、ワルキエ家に彼女をお預かりする旨を伝えた。行列は長く、どう考えてもすぐに帰宅はできない。彼女の不在に気づかれて騒動が起きるよりは、お小言ひとつで終わるほうがいいはずだ。
実際、配布の番が回ってくるまで二時間ほどかかった。
けれどそれは、実に楽しい時間だった。ロザリーとはすっかり打ち解けて、好きな菓子や流行りのドレス、人気の音楽などの話で盛り上がった。ちょっとばかり距離感がおかしいことと、ボディタッチが多いことをのぞけば、とても気のおけない友達だ。シャルルもすっかり彼女になついてしまった。
それからメイドたちの恋バナにも首を突っ込み、厳格な執事の好物はホイップ増し増しのココア(なぜホイップがあるのかと問うてはいけない。前にも言ったが、この世界は色んなものが時代考証無視でごちゃ混ぜになっているのだ)だと判明。
かなり有意義な時間をすごして、やっと回ってきた順番。配布場所にたどり着き、初めてなぜこれ程の時間がかかっていたかがわかった。花びらはドライフラワー状で相当にもろいらしく、一枚一枚をピンセットでそっとつまんで、容器に慎重に入れていたのだ。
小瓶にいれてもらったそれを目の高さに掲げる。黄ばんだ白い地に、くすんだ桃色のハート柄がくっきりと浮かんでいる。前世でも今世でも見たことがない。
メイドたちは思わぬ可愛さに、テンションが上がって喜んでいる。みんなで来て良かった。
「待った甲斐がありましたね、ロザリー……さ、ま……。あれ?」
つい先ほどまで隣にいたロザリーがいない。辺りをぐるりと見渡す。人が多すぎて見通しが悪い。はぐれてしまったのだろうか。
背の高い庭師に探してもらう。と、すぐに
「あそこの青年の元に」
と、やはり背が高くて頭ひとつ群衆から飛び出ている青年を示した。
人混みを縫ってそこへたどり着くと、ロザリーは嬉しそうな顔をして青年と話していた。どうやら知り合いらしい。
「あ、アニエスさま!」彼女が私に気づく。「ごめんなさい。彼を見つけて、つい急いてしまって」
青年が私を見てペコリと頭を下げる。平凡だけれどひとの良さそうな面持ちをしている。
「すぐに見つかって良かったわ、ロザリーさま。あなたに何かあったらワルキエ家の皆様に申し訳がたたないもの」
ロザリーは頬を可愛らしく紅色にして、ごめんなさいと言う。
と、青年がため息をついた。
「自分で男爵家に入ると決めたのだから、ちゃんとしなきゃダメだろ」
「だって!」とロザリーは青年を見上げた。「こんなに会えなくなるなんて思わなかったんだもん!」
『だもん!』ですって!
ロザリーは頬をぷくりと膨らませていてめちゃくちゃ可愛い!
って、違った。青年は何者だ。ゲームには出ていなかった。
青年は私を見て、再びペコリとした。
「彼女が庶民だったときの友人です。バジル・モフロワです」
「そうだわ、アニエスさま。紹介が遅くなってごめんなさい。彼は幼なじみなんです。バジル、こちらばバダンテール伯爵令嬢のアニエスさまよ」
「アニエス・バダンテール……?」
バジルという青年は驚いたような顔で私の名前を呟いた。一体なんだというのだろう。彼は少しの間、逡巡の様子を見せたけれど意を決したかのように、
「宮廷薬局で薬師をしています」と言った。それから小声になって続けた。「リュシアン殿下から、花びら配布の慣例を実際に発見したのはあなただと伺っています」
「まあ」
秘密の約束なのに、どうして。
「殿下は『自分はいずれ都を出るから、薬局にも真実を知る人間がいなければならない』と仰って。他言はしていません」
「そうなのね」
ということは彼はリュシアンが最も信頼している薬師なのかもしれない。若いのに素晴らしい。
そのとき、ようやく気がついた。バジルは手に深さのあるザルのようなものを持っている。きっとアルベロ・フェリーチェの花びらを運んで来たのだ。
と、バジルの視線が私の手元で止まった。
「まさか、あなた様も列にお並びになったのですか?」
「そうよ。楽しかったわね」とロザリーに声をかける。
「ええ、とても」と微笑むロザリー。
「殿下にお頼みすればいくらでも手に入りますよ!」
「いやよ、ありがたみがないもの」
ね、とロザリーと顔を見合わせる。
「……いくらでも……」
そんな呟きが耳に入った。振り向くと、そこにいたのは私服を着たカロンだった。胸元に花びらの入った小瓶を大事そうに押し当てている。たった今、私に気づいたようで、目があうと驚いた顔になった。
挨拶をする。
「カロンさまは、花びらがたくさん必要なのですか?」
気になったので尋ねてみる。
「あ、いいえ、違うのです。ごめんなさい。私、今日はお休みだからもらいに来れたのだけど、明日からは仕事があるから無理で……。今日の分は差し上げるから、私の分は手に入らないなって思っていたから、つい余計なことを。気にしないでください」
彼女は早口でそう言うと、ではと去ろうとした。
「それ、もしかしてジスランさまの分かしら?」
慌てて尋ねるとカロンは足を止めうなずいた。
「先輩は今日から神殿の外に出る暇が全くないんです。だから私が代わりにもらっておこうと思って」
うっ。ジスランが出られないのは、もしや私のせいでは。
「それなら、これをカロンさまに」
私はもらったばかりの花びら入り小瓶をカロンに差し出した。
「私は明日も来るのです。今日来れなかった使用人たちの引率をしなければならないから。だから、どうぞ」
カロンは、でも、と戸惑っている。
「神官や巫女の方々がお勤めをしてくださっているから、神々の加護があるのですもの。お布施がわりだと思って下さい」
「……分かりました。ありがたく頂きます。お礼の言い様もありません」
彼女は恭しい手つきで小瓶を受け取った。
「ひとつだけお願いがあります。ジスランさまには内密に」
「内密ですね。了解です」
それからカロンは米つきバッタのようにペコペコ頭を下げながら、去って行った。
「……誰が明日も来るのでしょうか?」エマが剣呑な目を向けながら尋ねる。
「あら、そういう話だったじゃない」と誤魔化す私。
「二日連続二時間もお並びになるのですか? お嬢様が?」
「足腰のトレーニングにちょうどいいわ」
「伯爵令嬢がそんなものを鍛えてどうするのですか!」
「えっと」とずっと黙っていたバジルが割って入ってきた。「やっぱり殿下に……」
「遠慮します!」
と、ばふんとロザリーが抱きついてきた。
「やっぱりアニエスさまは素敵!大好き!」
「え? どこが?」
「アニエスさまってば可愛らしすぎるわ!」
いやいやいや。それはヒロインであるロザリーだよね。
「エマ、アダルベルト。とにかく明日も並ぶわよ!」
気合いを入れて『オー』と腕を天に突き上げると、ふたりから冷ややかな視線が注がれた。
しまった。また令嬢らしくないことをしてしまった。
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