22・このタイミングでカミングアウトなのですか!

「隠れる必要はない」

 不機嫌丸出しの声と共に、ディディエが部屋に入ってきた。慌てて立ち上がった私にツカツカと歩みより、手を取ると口付けした。更に

「私のアニエス。協定があるというのに、隠れて彼らに会うとはどういうことかな?」とのたまう。


「恐れながら殿下。私は殿下のモノではございません」

 こちらも負けじと不機嫌オーラを全開にして、手をスカートで拭う。

「どうぞ誤解を招くお言葉はお使いにならないで下さい。そしてまずは私たちに、挨拶をさせて下さいませ」


 突然の王子乱入に、みなそれぞれの表情で立ち上がっている。


「不躾な行いですまない」と謝ったのはディディエではなく、リュシアンだった。「ギヨーム殿、マノン殿。それから客人方」

 彼の後方には気まずげな面持ちのマルセルもいた。


 ギヨームとマノンは、とんでもないと慌てている。とはいえ、いくら王子だからといって不躾なのは事実だ。執事の案内を待たずに乱入したのは明らかで、王族だから文句は言われないだけのこと。


「おめでとうございます、ディディエ殿下。あなたの好感度は地獄の底で底無し沼に沈みました」

 可能な限りに冷たい声で告げると、ディディエが怯んだ。


「……ギヨーム、マノン、邪魔をする」


 改めてそれぞれが挨拶をする。ギヨーム兄妹はディディエに対して恐縮しきりだ。リュシアンには礼節がありつつも緊張を解いている。

 ふたりの騎士は騎士としての、ジスランは余裕の笑みで、クレールとカロンは普通に挨拶をした。


 それから短い議論を経て、私の両隣はマノンとカロン、向かいは変わらずクレール、ジスラン、エルネスト、右手にギヨーム左手にディディエ。そのそばにもうひとつ椅子を運んできてマルセル。離れた二人がけにクロヴィスとリュシアンが並んで座り、何やら小声で話している。


 リュシアンは婚約にまつわることをディディエ、マルセル、イヴェット、ジョルジェット、主だった従者たちに打ち明け、全員が協力してくれることになったという。昨日もらった手紙にそう書いてあった。




「それで? 私をのけ者にして、これは一体どういう集まりだ?」

 まだ不機嫌な顔をしたディディエが訊く。

「私がギヨームさんに相談事があって、訪問させてもらったのです。そうしたら彼らが突然押し掛けてきただけで、集まりなんてものではございません」

 ギヨームが肯定する。


「相談? 何のだ? 何故私にしない」矢継ぎ早にディディエ。

「むしろ何故、親しくもない殿下に相談しなければならないのですか?」

 ディディエは怯む。が、すぐに立ち直った。

「私は王子だ。どんなことでも解決できる力がある」


『それならリュシアンがあそこまで追い詰められる前になんとかできなかったの?』

 その問いが喉まで出かかったけど、かろうじて飲み込んだ。


「見苦しいなあ」

 そう呟いたのはクレールだった。

「何をっ!」

 ディディエが年下の少年を睨み付ける。

「だってそうでしょ? あなたは縦ロールが望まないことばかりをしておきながら、自分を頼れと強要する。墓穴を掘ってくれるのは大歓迎だけど、正直、これが我が国の王子なのかって呆れるよね。しかも僕よりもみっつも年上」

「口を慎め!」クロヴィスが鋭くたしなめると立ち上がり、「申し訳ございません」と頭を下げた。


「やめてよクロヴィス。僕は謝るつもりはないし、クロヴィスに代わりをさせたくもないよ。だって事実だもん」

「その通りだな」リュシアンが離れたところから声を上げた。「だが正直さで身を滅ぼすこともあるから気をつけろ。ディディエは狭量ではないがな」


「……クロヴィス、座れ」

 ディディエは不満げな顔をしていたけど、クレールを叱責はしなかった。それから私を見ると、顔がふにゃふにゃと崩れた。

「……私はアニエスの特別になりたいのだ。一体どうすればなれる」


 またか! 急なデレ! ディディエのデレが来ましたよ! 耳を伏せた子犬のような顔をして! 良心に訴えかけてくる悪どい作戦め!


「そんなの、俺もなりたい」ぼそりとエルネスト。

「私だって!」マルセルが続く。

「僕はなれるよね」上目遣いできゅるんとしてくるショタ。

 可愛いぞ! 思わずうなずきたくなってしまうじゃないか。

「私は二番目の特別でも構いませんよ。交際してくれるのならね」

 妖しい流し目の煩悩まみれ神官がそう言うと、エルネストがカロンに手を伸ばして

「剣の用意をしておく」と言う。

 うなずき傍らの短剣を手にするカロン。ああ、もう!


「私は誰も特別に思いません。みんな一律にお断り! カロンさま、お願いだからその人のせいでお手を汚すようなことはなさらないで下さいね! ジスランさまもカロンさまに負担をかけない!」


 攻略対象五人がそれぞれ文句を口にする。

 そこにリュシアンが、

「ちょっとよいか」と声を上げた。

 全員の視線が彼に向けられる。

「昨日、ディディエとマルセルに話したが、俺がみなに協定を組ませたのには訳がある」

「縦ロールのためではなかったの?」とクレール。

「それもある。だが一番の目的はディディエを暴走させないためだった。陛下からはイヴェットを、妃殿下からはカルターレガンの王女をディディエが選ぶよう誘導しろとの命を受けていたからだ」

「何それ」クレールの眉がピクリと跳ね上がる。「そんなの本人に言いなよ」


 騎士ふたりは黙って顔を見合っている。


「でもそれはもう止めるのですね」

 ジスランが問うと、リュシアンは頷いた。

「アニエスを困らせないならば、俺としてはもう協定の必要はない。皆が必要と思うなら維持をすれば……」

「協定は今ここに廃棄する!」

 従兄の言葉を遮って、ディディエが高らかに宣伝した。沸き上がる拍手。今までで最もディディエが支持されている。


 でも何でリュシアンは今、そんなことを言い出したのだろう。彼を見ると目が合った。にっこりと微笑まれる。


「それともうひとつ。これはここだけの話にしてほしい」

 再びリュシアンが注目される。

「俺の婚約は父が決めたこと。これから全てを無効にするよう、両親に反旗を翻すことにした」

 騎士ふたりがまた視線を交わしている。


「それが成功した暁には」とリュシアン。

 ん? 何だかイヤな予感がする。


「俺はアニエスに告白する」


 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、

「やっぱりか、リュシアン!」とディディエ、

「お前もなのか! 」

 とマルセルそれぞれが叫び立ち上がった。


「参ったなあ。強敵じゃないか。ていうかそれ、告白してるのと一緒」とクレール。

「宣戦布告ですか。受けて立ちましょう」とはジスラン。

 エルネストとクロヴィスは目配せしてからさっと動いて床に片膝を付き頭を垂れた。

「決して口外しないと誓い申し上げます」

 騎士たちの声が重なる。

「仲間になれとは言わぬが、口外したらクビだ。覚えておくように」とディディエ。

 案外、従兄思いのところもあるらしい。


「みなが集まる機会があって丁度良かった」

 リュシアンはにこにこしている。

 やだな、なんだか私のほうが気恥ずかしい。


 と、視線を感じて目を向けると、ギヨームがもの問いたげに私を見ていた。

 彼には今日の相談内容は知らせてあるけど、なぜそれを知りたいかは告げていない。だけどそれがリュシアン繋がりだと気がついたのかもしれない。


「だがこの状況ではアニエスは相談はできないな。俺たちは帰るか」

 リュシアンがそう言うと、ディディエが椅子にぽすりと座り、

「せっかくアニエスに会えたのに」と残念がる。「どうしても私には相談できないことなのか」


 その言葉に、この部屋に座る人たちの顔を見渡す。リュシアンに関係のない人が多すぎる。だけど彼は自分の置かれた状況を話した。


「実は」

 そう口にするとディディエが嬉しそうな顔で身を乗り出した。

「デュシュネ大公夫妻がどんな方々なのかを教えてもらいたかったのです。イヴェット殿下から色々と頼まれておりまして。私自身もリュシアン殿下のお力になりたいと考えています」

 ディディエが私とリュシアンの顔を見比べる。

「そういえば昨日、イヴェットとジョルジェットがアニエスがどうのと話していたな。あまりに腹が立ったものだから忘れていた」

 マルセルが頷く。

「ディディエは何で最初に相談してくれなかったんだと怒りまくっていたからな」

「マルセルもだろ」とディディエ。


 リュシアンはと見ると、嬉しそうな顔をしていた。


「僕も協力する」とクレール。「リュシアン殿下ほど熱心に視察に来て、ヒラ団員の声に耳を傾けてくれる王族なんていないもの」

「ん?」ディディエの眉がぴくりと動く。

「ギヨームとマノンも協力するよね」

 クレールの言葉にふたりは首肯する。

「私もやぶさかではありません」とジスランが言えば、

「先輩に従います」とカロンが言う。

 と、リュシアンはふたりの騎士を順に見て、

「お前たちは何も言うな」と制した。

 ふたりの立場を考えたのだろう。


「だけど疑問が幾つか」とジスラン。「国王夫妻の意見が合わなかったとはいえ、何故ディディエ殿下には何も伝えず妻選びの会を開いたのか。そしてディディエ殿下の目付役を丸投げされているリュシアン殿下をどうして王族から外そうとするのか」

「目付役ではない」ディディエが顔をしかめる。

「殿下の認識はそうでも、周囲は違いますよ。リュシアン殿下がまるで近侍であるかのように陛下やデュシュネ大公殿下に使われていることは、周知の事実です」

「……そうなのか」

 と愕然とした様子のディディエと、控えめながらしっかりと頷くふたりの騎士。


「いいんだ、ディディエ。好きでやっていることだ」とリュシアン。「だがそれももう終わりにするのだから」

「……気付かなかった。すまない」


 ディディエがまた雨に濡れた子犬のようになっている。ギャップ萌えを狙っているのかな。

 いずれにしろゲームの彼が聡明な王子だったのはリュシアンの陰の支えがあったからなのかもしれない。だからきっとリュシアンはモブだったんだ……。


「神官殿の疑問については」とマルセル。「私たちも明確な答えは分からない。だが私の父は何かしら思い当たることがあるかもしれない」

 そうだ、彼の父親は宰相だ。

「実は」とリュシアン。「既に父には指示に従いたくないと伝えたのだが、取り合ってもらえなかった。だからダルシアク公爵から有益な情報がもらえないかと考えている」

「父は仕事でここ数日都を留守にしているが、週末には帰ってくる予定だ」

「だからそれ以降に相談する予定なのだが」とディディエ。「アニエスも来るか。イヴェットとジョルジェットもいる」


 え? いいの!

「もちろん行きます!」

「ずるい! 会う機会を増やそうとしてる!」クレールが抗議する。

「協定は破棄されたのだ! クレールも賛成しただろう」ディディエが偉そうに胸を反らす。

「どのみちアニエスには参加要請の手紙を俺が送った」とリュシアン。「今頃、屋敷に届いているはずだ」

「ありがとう!」


「……なんだかなあ」

 クレールがそう呟いて立ち上がるとピアノに向かった。

「今のうちにアピールしとこ。ギヨーム、借りるよ。『アニエスのために』だ」


 クレールがピアノを弾き出した。やっぱり曲は素敵だ。以前は深く考えなかったけれど、クレールから見た私の印象がこうなのだろうか。むず痒いなあ。出会った日の私は不審者であって素敵な令嬢ではなかったはずなんだけど。



 演奏が終わり、万雷の拍手にクレールが恭しく頭を下げる。


「では次は私が」とジスランが立ち上がる。「アニエス、あなたに捧げた詩を暗唱しましょう」

 カロンが静かにうつむく。

「む。ならばその次は俺が剣術の披露を」とエルネスト。

「やめて下さい! やるならば外で!」

 ギヨームとマノンが揃って悲鳴のような声を上げる。


「ジスランさま、暗唱するなら古典ものでお願いします。エルネストさまは剣術は結構なので、腕力アップの運動を教えて下さい。もしまたバルコニーの外に落ちたときのために」


 リュシアンがぶっと吹き出して笑い出す。他の面々も。カロンも。


 ――これはこれで、楽しいかも。みんなが笑っいるのなら。

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