21・秘密の会合は大にぎわいです

  ピアノにチェロ、ヴィオラ、バイオリン、ハープにリュート。さすが音楽一家。応接間に楽器があふれている。

 ここはゴベール邸。私の右隣にはマノン。その向こうにはギヨーム。向かいの長椅子には難しい表情のクレール。笑顔のジスラン。無表情のエルネスト。左手のひとり掛けには困惑顔のクロヴィス。右手のひとり掛けには憂い顔のカロン。



 どうして、こうなったんだ。




 ◇◇



 戦うならば、まずは敵のことを知らなければならない。

 未成年のしがない伯爵令嬢である私は、リュシアンの両親も国王もよく知らない。会ったのは招待された誕生会の時の挨拶だけ。

 さてどうするかと考えて、思い浮かんだのがギヨームだった。宮廷楽団に所属する彼なら、王族を間近で見る機会があるはず。

 そう考えて相談の手紙を送ったところ、ゴベール邸に招待された。ギヨームは忙しいだろうに、転生仲間に優しい。


 人気チェリスト兄妹のお宅に訪問できるなんてと、やや目的を忘れて浮かれてやって来たら、間を置かずにクレールたちが来襲したのだ。



「大勢で押し掛けてごめん、ギヨーム」とクレール。「マノンが事務局長に、アニエスが遊びに来ると話しているのを聞いてね」

「あ」とマノンが口を押さえた。

「尊敬するギヨームといえども抜け駆けはさせないと言ったでしょ?」

「ええ?」困惑顔のギヨーム「そんなのじゃないのに」


「かといって」とクレールが続ける。「僕ひとりで来ちゃったらフェアじゃないよね。たからジスランとエルネストを誘ったんだ。あとのふたりはおまけ」

「すみません」とカロン。「祭祀が近いから、先輩がふしだらなことをしないよう見張っていろとおさからの指示で」


「クロヴィスは」と笑顔のジスラン。「私がゴベール邸に行くと知って、恋人が口説かれないか心配で付いてきたらしいです」

 顔を赤らめる悪役騎士とマノン。ふたりしてもごもごと、恋人では……と言っている。奥手すぎか。


「ノロノロしていると私がいただきますよ」とジスラン。

「先輩。その時は切り落とすよう、長から命じられています」

 とカロンがどこかから、そこそこ立派な短剣を取り出して、ガコンと卓上に置いた。

「女の子にそんなことを任せるなんて」とジスランが呆れたように吐息する。

「カロン、案ずるな。その時はオレがやる」とエルネスト。

「助かります」

「いや、待て、お前じゃ冗談にならん」

 余裕だった笑みがひきつるジスラン。

「冗談のつもりはないが」と堅物エルネスト。


 まいったな。ギヨームとふたりきりの予定だったのに、これでは目的が達せられない。それとも皆に訊いてしまう?

 騎士たちの仕事は王族を守ること。絶対に詳しいはずだ。

 でも、どうして知りたいのかと問われたら、なんて答える?


「それで? 縦ロールはギヨームが好きなの?」

 クレールが身を乗り出す。

「違うわ」

「じゃあやっぱりギヨームが彼女を好きなんだ」

「違うって」

「だって事務局長が、ギヨームが女性ひとりだけを屋敷に招くなんて初めてだって言っていたじゃないか」

「あ」とまたマノン。「確かに言っていたけど。その後の話は聞かなかったの? アニエスはギヨームの大ファンだった方の姪御さんよ」

「だから? 理由にはならないよ」

「大切な相談事があるの。ちゃんとした大人の意見を聞きたかったのよ。うちの両親は当てにならないから」と私。

「夜会に未成年をひとりで参加させるぐらいだものな」クロヴィスが言う。「そんな非常識な親はなかなかいない」


 みんなの視線が私に集まる。憐憫だ。

 どうやら私が考えていた以上に両親はダメ親らしい。きっとそれも私が悪役令嬢になる要因だったのだな。ほんと、前世を思い出して良かった!


「以前は叔父を頼っていたの。でももういないからギヨームに相談したのよ」

「それだけ? 本当に?」とクレール。

「頼るなら俺を」とエルネスト。

「相談に乗るのは大得意です」と笑顔のジスラン。

「先輩は乗るふりをしているだけじゃないですか。アニエスさま、騙されてはいけませんよ」

 カロンが大真面目な顔で言い、エルネストがうんうんと頷いている。


 ダルシアク邸に続いて、またもカオスなのかな。まったく面倒くさい!


「カロンさま。ご安心下さい。ジスランさまに相談なんて絶対にしません。ご評判はよく存じ上げていますから。カロンさまもお目付け役、大変ですね」

 にこりと笑みを向けるとカロンは、ほっとした顔になった。


「ならば俺に」とエルネスト。

「お前に何ができる。頭突きの仕方で彼女を口説こうとする脳筋が!」

 ジスランが言い、クレールとクロヴィスが吹き出す。

「お前なんてアニエスに軽蔑されているじゃないか。倫理観ゼロのエロ神官!」

 神官と騎士が程度の低い口論を始める。これはこれで面白いけど、私の目的が……。


「頭突きで口説くって何なの?」

 クレールが私に訊く。

「ええと……」

「ディディエ殿下の誕生会のときに、先輩がアニエス様を怖がらせて鼻に頭突きをくらったんです」

 言い淀んだ私の代わりにカロンが答えた。頭突きが恥ずかしいから言わなかったのに!

「さすが僕の縦ロールだ」

「だから腫らしていたのね」とマノン。

「先輩は自業自得ですけどね。その頭突きのことでエルネストさんがアニエス様を……」

「なるほどな。ヤツらしい」と笑いをこらえた様子のクロヴィス。

「ふたりともダメダメだね。縦ロール。僕が一番まともな男だよ」

 きゅるんとクレール。


「君はまだ少年でしょう」

「子供が何を言っている」

 ジスランとエルネストが同時に言う。

「年齢はね」とクレールは不遜な表情だ。「だけど中身はあなたたちよりは大人だよ。そんなくだらない争いなんてしないし、僕は常に縦ロールの気持ちを一番に考えている」

「確かに!」

 思わず同意すると、低レベルコンビの顔色が変わった。


「私には少年にはない知識がたくさんあります!」

「お前の知識なんて人妻関連だけだろう!」

「先輩はモラルゼロですけど神官としては随一です!」

 カロンの剣幕にエルネストはすまんと謝り、ジスランは満足そうに頷く。ほんとカオスだ……。


「まあエルネストも、騎士としては随一だ」

 そう言ったのは悪役騎士のクロヴィスだった。何故エルネストを援護するようなことを?

「ただプライベートではこの通り、ポンコツだ。お勧めはできない」

 なるほどそう来たか。

「クロヴィス、酷いぞ」とエルネストが抗議する。

「ご心配なく、エルネストさま。誕生会の晩から既にポンコツだと認識しています」

「……アニエスをバルコニーに引き上げたのは俺だぞ」

 しょんぼり顔のエルネスト。


 そうだ。すっかり忘れていたけどあの時は二組の腕があったし、片方は近衛の制服だった。引き上げてくれたのはリュシアンだけではなかった。


「エルネストさま。あの節はありがとうございました。そのことはとても感謝しております」

 ああ、と堅物騎士。

「俺だけでも余裕だったのだが、リュシアン殿下が構わぬと仰るから」

「あの方はフットワークが軽いから」とクロヴィス。「で、引き上げって何だ?」

「そこは聞かないで下さい!」


 クレールがくすくす笑っている。


「アニエス殿がうっかりバルコニーから落ちたのですよ」とジスラン。「バランスを崩してね」

 まあ。なんて上手いフォロー。ジスランは時々良いところがあるね。


 カロンとマノンは驚いている。これで自らバルコニーの外に出たなんて知ったら、私をおかしな令嬢だと思うだろう。


「手すりにぶら下がっていた彼女を殿下が見つけて、引き上げようとしたのです」とジスラン。

「万が一殿下が落ちてはいけないから、俺がやると言ったのだが聞いて下さらなくてな。せめてふたりでと頼んだのだ」とエルネスト。「リュシアン殿下は王族なのだから、もう少し御身を大切にしていただきたい」

「それが殿下だからとしか言い様がないな」とため息混じりのクロヴィス。


 言われてみれば、王族らしくない振る舞いだったのかな。少なくとも騎士がその場にいたのなら。


「リュシアン殿下って、そんなにフットワークが軽いのですか?」

 そう、とふたりの騎士が声を合わせる。

「剣術体術とも騎士並みに習得されているし修練も欠かさない。その分、ちょっと慎重さにかけるのが心配でな」とクロヴィス。

「どのみち王族は抜けるのだろう? 伯爵家に婿入りでは」とジスランは親友に顔を向ける。「むしろこうなってくると、その時に備えて会得したのかと穿ってしまうな」


 ふたりの騎士は沈黙で答えた。ということは、騎士団の間でもその考えがあるということではないだろうか。


「勿体ないよ」とクレール。「国王は無理でも将来は補佐となってくれるものだと思っていたのに」

「……その言い回しはよくない」クロヴィスが低い声でたしなめる。

「だけどそう考えている人は、結構いるよね?」


 ひょい、とマノンが立ち上がった。つかつかと部屋の一隅に歩いて行き、そこにあったリュートを手に取る。そして近くの椅子に座ると、黙って弾き出した。


 どこか哀愁漂う音色。

 静かに耳を傾ける。


 曲が終わり、皆で拍手する。

 そこにメイドが小走りで飛び込んできた。全員が何事かと息を飲む。


「大変です! ディディエ殿下とリュシアン殿下がいらっしゃいました! 大層不機嫌なようですけど、ギヨーム様は何をおやらかしになったのでしょう!」


 あぁという、声ともため息ともつかないものが一斉に漏れる。

 不機嫌の理由は、私に違いない。


「私、隠れたほうがいいかしら?」

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