19・私は斜め上で破壊力抜群らしいです
私を結婚させる?
なるほど。そうすればディディエたちは諦めざるを得ない。
「嬉しくないけど、そちら側からすれば有効な策ね」
「怒らないのか?」リュシアンは意外そうな顔をする。
「怒らないわよ。元々、自分の意思で結婚できるなんて思っていないもの」
「条件を言っていたよな。穏やかで平凡なイケメンだったか?」
「プラス同じような階級、ね。あくまで私の希望。通るなんて思っていない。うちの両親は、子供の希望を聞くひとたちじゃないから」
「そうか。そういえばディディエの誕生会は夜会だったのに付き添いがいなかったな」
「分かるでしょ?」
両親は私にもシャルルにも関心が薄い。その分好き勝手にさせてくれている(というより放置だ)けど結婚となれば話は別で、自分たちに都合がいいようにするだろう。今のところ私が第一王子に気に入られていると気づいてないようだけど、知れば大喜びするに違いない。
「それに阻止してくれたのでしょう?」
「一応、だ」とリュシアンは言葉を強調した。「そんなことをしたらディディエが、駆け落ちしかねないと進言してな。なんとか諦めてもらったが、この状況が長引けばどうなるか分からない」
「その時は、せめて私より年上の子供がいない方がいい」
「子供……?」
「だっていきなり年上の子の継母になるのはキツイもの。そこだけは陛下に頼んでくれないかしら」
「……分かった。覚えておく」
それからリュシアンは、力が抜けたように笑った。
「アニエスって、ほとほとおかしい」
「そう?」
「やることも考えも斜め上」
「そうかしら」
「ドレス姿でバルコニーにぶらさがるのは、十分に普通ではないだろう」
「あれは仕方ないのよ!」
「仕方なかろうが、普通の令嬢ならばやらない。確実に」
うぅっ。これは一生言われるネタだな。これはもう話をそらすしかない。
「それで手紙にあった策って、そのことなの?」
「……都合が悪くなると無理やり話を変えるな」
「なんのことかしら」
「まあ、いい。俺の考えた策は別だ。物理的に距離をとる」
それは、ディディエを視察という名目で何週間か都から離れさせるというものだった。おまけでエルネストを護衛につけて、マルセルにもそれらしい理由をつけ帯同させる。リュシアンとイヴェットも一緒に行くそうだ。その間に頭を冷やしてもらう。
しばらく前から王宮には隣国カルターレガンの王子と王女が来ている。カルターレガンは王妃殿下の母国で、彼らは甥姪にあたる方たちだ。従兄弟であるディディエの誕生会に参加するために訪れたらしい。
そこで、このふたりに国内を案内するという名目での視察旅行らしい。
「だけれど王女殿下のご体調は大丈夫なの?」
王女も王子もディディエの誕生会には出ていなかった。王女は長旅で体調を崩し、王子は彼女に付き添っているとの噂だ。
「ああ、体調ね。問題ない」
リュシアンは何故か小バカにしたような口振りだ。珍しい。というか私以外の人に対して、そんな口調をすることはなかったような気がする。
だけどそれ以上は言わないので、恐らくは伯爵令嬢風情が掘り下げていい話題ではないのだろう。私も興味はないし。
「それから」とリュシアンは話を変えた。「クレールは二週間ほど演奏旅行に出ることになりそうだ。事務局長が企画していると話していた。ジスランも地方での神事に参加だ。来週から準備で神殿から出るヒマはなくなる」
「すごい。完璧ね。全て陛下が動いて下さっているの?」
助かるけれど、私が国王に諸悪の根元と目をつけられているような、そんな恐ろしさも感じてしまう。
「いや、違う。ベロン局長は独自に考えたようだ」
そうか、悪役上司としての活躍だ。
「神殿はカロンの進言によるものらしい。中枢にも親しい方たちがいるんだが、彼らからそう聞いた。神殿はジスランの奔放ぶりには手を焼いているからな。しばらく閉じ込めてしまいたいようだ」
こちらは悪役巫女の面目躍如といったところかな。
ふたりとも大丈夫だろうか。
「もっとも」とリュシアンは続けた。「ジスランのおかげでお布施が増えているから、あまり厳しくもできないのだが」
「あんなに最低なのに!」
それにしてもリュシアンは顔が広いな。セブリーヌとも繋がりがあるんだ。ギヨームにリュシアンについて尋ねたとき好意的な答えだった。殿下だからかと思っていたけど、もしかしたらリュシアンだからだったのかもしれない。神殿のことにも詳しそうだし、図書館のケーリオ氏もリュシアンをリスペクトしているようだった。
なんだかモヤモヤする。
私が知っていることなんて僅かなことだろうけど、リュシアンは都で活躍したほうがいいのじゃないかな。
「リュシアンって忙しそうね」
「そうか? 普通だと思うが」
「屋敷でのんびりしている私とは大違い」
よく見ると大公令息のキレイな顔にはクマがある。
「寝不足のように見える」
「ふむ。ならば俺が倒れたら看病に来い」
「遠慮する。王宮なんてなるべく近よりたくないもの。第一あなたは婚約中でしょう。私が非常識な令嬢とそしりを受けてしまうわ……と。そう言えばイヴェットさまにあなたの恋人と誤解されていたのだけど」
リュシアンは小さなため息をついた。
「あいつはちょっとばかり恋愛に夢見がちなんだ。そういった本ばかり読んでいるし、ドラマチックな恋愛に憧れている節がある」
分かるような気がする。
「すごくいい笑顔で、ふたりの力になるつもりだったと言われたわ」
と、リュシアンは背もたれに身を投げ出した。
「頼まれたのだろう? 婚約を解消するよう、俺を説得しろと」
っ!!
これは、どうしよう。なんて答えるべきかな。リュシアンはかま掛けだろうか。助けてくれている彼に嘘はつきたくないけど、お茶会で協力してくれたイヴェットを困らせたくもない。
「バレバレなんだよ」とリュシアンは笑った。「イヴェットのヤツ、お前を王宮に招いて、ジョルジェットと俺の四人でディディエ対策会議をしようと持ちかけてきてな」
なるほど。彼女、行動が早い。
「だけど嘘をつくのが下手だから、ちょっと深く質問したらしどろもどろになった」
「お茶会でも、ぎこちなかったものね。素直な可愛い人なのね」
「可愛いかどうかは知らんが、素直なのは間違いない。兄思いのいい妹なんだ。その分、最近は考えすぎのきらいがある」
考えすぎ、か。
少しだけ迷ったけれど、正直に打ち明けることにした。
「イヴェットさまから、あなたとお母様のご関係を伺ったの」
リュシアンはうなずいた。
「『だから母と距離をとるため都合のいい相手と婚約をした。あんまりだから考え直してほしい』、だろ?」
「そう。違うの?」
「その通りだよ。だがイヴェットがうるさいから、秘密にしておけ。面倒だから、相手を気に入ったで押し通している」
「……私は事情がよく分からないから。だけどあなたはそんな結婚でいいの?」
実際、逃げられているし、との言葉は飲み込む。
「いいから、そうしたのだろうが。結婚相手に望むものが、俺は『都から離れられる』という条件だっただけだ。条件なんて人それぞれ違うものだろう?
イヴェットの望むものと異なるから間違った結婚だ、なんて言われても困る」
そう話すリュシアンにおかしなところはない。普段と変わらない表情と口調。本心を偽りなく話しているように見える。
「親しい人たちと離れるのは淋しくないの?」
「一生会えないならともかく、いつだって都に来られるのに淋しいもなにもない」
まただ。モヤモヤする。
「……私は淋しいかな。せっかく新しいお友達ができたのに」
「……」
「叔父が屋敷を出てから腹蔵無く話せる相手はほとんどいなかったから」
「……叔父はどこに行ったんだ? 遠いのか?」
「ラリベルテの王都」
「遠いな」
カルターレガンは北側の隣国だけれど、ラリベルテは南側の隣国だ。気軽に会える距離ではない。
「なんでそんな所に」とリュシアン。
叔父は父に穀潰しと言われていた。残念ながらそれも仕方ないかなと思える程度に、彼は趣味に生きる人だった。私がミステリ好きなのは、叔父の影響。他にも絵も嗜んだし、あらゆる賭け事、スポーツ、なんでも好き。そんな中で群を抜いて好んでいたのがチェロだった。
自分で弾くのは下手だったけど(悲しきかな、私もその血を受け継いでいる)、聴くのは大好き。
その大好きが高じて、ラリベルテから公演に来た楽団のチェリストと恋に落ちて結婚した。そして楽団と共に都を去った。ちょうどリュシアンの誕生会の頃だ。
今は向こうで音楽やミステリやらの批評家として活躍している。結構な人気もあるらしい。
そう説明するとリュシアンは
「お前が変なのはその叔父のせいか。図書館の変な運動も叔父だったものな」と勝手に納得した。
確かに叔父は変わり者かもしれない。趣味人でマイペース。自分勝手に生きている人だった。だけど私や弟が望めば構ってくれた。両親と違って。
ただ、私におかしいところがあるとしても、叔父のせいではないはず。前世の記憶を取り戻したせいだと思う。でも面倒なので乗っかることにした。
「きっとそうね。叔父の影響だわ」
「叔父もバルコニーにぶら下がるか」
「それは!」
リュシアンはニヤニヤしている。
「……いつまでも同じ話題を引っ張る嫌なヤツ」
「大公令息に向かって失礼だな」
「だけど伯爵家に婿入りしたら、同じ階級よ」
「確かに。まずいな威張れん」
「何それ」
思わず笑ってしまう。つられたのかリュシアンも笑う。
でももうひとつ、不安材料がある。あと二ヶ月のうちに婚約者が戻らなければ、神官になるという話だ。イヴェットはもう兄に確かめただろうか。
「……神官の話も聞いたそうだな」
話を切り出すか悩んでいたら、リュシアンから持ち出してくれた。ええ、とうなずく。
「修行期間が終われば、自由だ。悪いことはない」
「……確かにジスランさまを見る限り自由そうだし、人生を楽しんでいそうだけど」
「だろ?」
リュシアンはなんてことのないような顔をしている。私はこのモヤモヤをどう言葉にしていいのか、分からない。『なんだか納得できない』なんて漠然とした気持ちを、口にしていいのだろうか。
「俺がそうしたいと望んでいることだ。口出しはされたくない」
「……」
そうだよね。
「分かった。あなたはそう望んでいるのね」
「そう言っている」
「それならこの件は私は何も言わない。イヴェットさまには申し訳ないけど」
うなずくリュシアン。
「だけどもし悩むこととか判断に迷うことがあって、近しい人には相談しにくいときは、私に力にならせて。私は王族のしがらみとか分からないもの。斜め上から素晴らしい解決方法を思い付くかもしれないわよ」
「……アニエスの提案は破壊力抜群そうだ」
「破壊力って。私、かよわい令嬢なのに」
だけどその言葉は前にも言われた気がするな。いつだろう。
リュシアンは卓上のカップを手にとり口に運んだ。もうお茶は冷めているだろう。何度か様子を見に来た執事を、彼はその度に制して部屋に入れなかった。
気のせいだろうか。
伏せられた目を縁取る長い睫毛が震えているように見える。
「リュシアン?」
そっと呼び掛ける。
リュシアンは何も答えない。カップを手にしたまま、動きもしない。
不安が押し寄せてくる。
「私が力になれることは何かある?」
長いため息をリュシアンはついた。カップをテーブルに置き、それからゆっくり私を見た。
「やっぱりダメだ」
「何が?」
「俺は」リュシアンの顔が歪む。「アニエスが好きだ。一緒にいたい。ずっと。いつまでも」
心臓がどくんと跳ね上がった。
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