18・予想外の対策をとられました

 ダルシアク邸のお茶会は、楽しく参加することができた。マルセルの姉たちはみな面白い方たちだったし、ジョルジェットとイヴェットが私が馴染めるように気遣ってたくさん話をふってくれた。


 ロザリーと私以外はみな公爵家や侯爵家の令嬢ばかりだったのだけど、その方たちにもすんなりと受け入れられて、アニエスさまって意外に話しやすい方なのね、と褒められた。


 意外、という言葉に引っ掛かったけど、やっぱり縦ロールが強烈な印象だったらしい。きっと強気で厄介な令嬢なのだろうと思っていたそうだ。あながち間違いではないけど……。とにかくあの髪型から卒業しておいて良かった!


 ロザリーのほうも手作りのケーキをきっかけに、令嬢方に溶け込んでいた。どうやら庶民時代について根掘り葉掘り、洗いざらい、語ることはもう何もない、というほどに話をさせられたみたいだ。


 貴族の中でもハイクラスに属する令嬢たちは、料理人ではない人間が菓子を作れるとは思っていなかったみたい。更に彼女たちにとって庶民というのは異世界で、ロザリーの話全てが新鮮だったらしい。


 令嬢たちの詮索に悪意はなく、本当にただの興味だけ。素直にロザリーの話に感心していた。素敵令嬢ジョルジェットに関係する令嬢は、同じように優しい方々のようだ。


 一方でロザリーはちらちら私に視線を寄越していたけれど、攻略対象たちみたいなトンチンカンな発言をすることはなかった。


 ちなみにチェロ演奏をしていたギヨームとは、ちょこっとだけ話した。彼が

「どうだった?」

 と尋ねてきたので、

「残念ながら、最悪でした」

 と答えた。ギヨームは優しく『ドンマイ』と励ましてくれたのだった。


 そのギヨーム兄妹の演奏が途切れたとき、どこからともなく素晴らしいピアノ演奏が聞こえてきた。可愛らしいソナタ。まさか、と思っているとマノンが言った。

「聞いたことのない曲ね。弾いているのはクレールよね。彼の新曲かしら」

 その言葉にご令嬢がざわつくなか、ギヨームは私を見て意味ありげな微笑みを浮かべた……。

 予測通りだとすると曲が素敵なぶん、タイトルが残念すぎる。


 それからお茶会で話題となったのが、アルベロ・フェリーチェの開花についてだ。『幸運をもたらす伝説の樹』なんて、当然令嬢たちの心をくすぐる。お茶会に参加していた唯一の王族イヴェットは、もう見たのか、どんな花だったのかと質問攻めにあっていた。

 彼女は一般公開の予定は今のところないけど、その代わりに花びらをお守りとして配布することになりそうだと話した。兄のリュシアンが、それが恒例だと古い文献から探し出したのだと、イヴェットは自慢気だった。


 この件はリュシアンに、私の名前を出さないでほしいと頼んである。彼は不満そうだったけど、約束は守ってくれたようだ。良かった。


 そして帰り際。執事から封書を渡された。それにはリュシアンからのメモがついていて、『とりあえず目を通してあげて、その上で本人に返却するのはどうか。これを用意するには相当な時間をかけただろうから』と書いてあった。封書はエルネストの身上書だった。

 確かにそれがベストのように思えたので受け取り、持ち帰ることにした。


 やはりリュシアンは、気配りが細かい。




 ◇◇




 お茶会の翌日には、何通もの手紙が届いた。


 まずはリュシアン。その内容は主に三つ。

 ひとつ目はお茶会のねぎらいと、私がディディエたちを諦めさせるのは難しそうだから別の策を考えるということ。


 ふたつ目。私たちが彼らの元を去ったあとマルセルがリュシアンに、ジョルジェットに惚れた男がいるとは本当なのかと詰め寄っそうだ。マルセルはかなり動揺しており、相手を教えろとかなりしつこかったという。


 リュシアンは、自分が明かせることではないからジョルジェット本人と話すようにと、答えたらしい。その結果は分からないとのことだ。


 どうかこれを機にマルセルが目を覚ましてくれていますように。


 そしてみっつ目は、アルベロ・フェリーチェの花びら配布の日時が決まったことだった。この件の功績はリュシアンとケーリオ氏のものになったそうだ。意地悪なはずの大公令息はそのことに、やけに恐縮していた。



 ……それにしても。リュシアンの母親の話には驚いた。そんな複雑な事情を抱えているようには見えなかった。知り合ったばかりの私が意見するようなことではないけど、もし彼の婚約がイヴェットの言った通りの事情ならば、再考したほうがいいと思う。ましてや神官になろうと準備をしているなんて。


 ……いや、違うな。私が嫌なんだな。リュシアンはよく分からないヤツで腹が立つこともあるけど、気のおけない友達のような気がしている。彼が理不尽な扱いを受けるのも、それにより自ら逃げを打とうとしていることも、納得しがたい。


 もっとも、まずは本人の口から話を聞かないと判断はつけられないけどね。

 リュシアンの手紙の返事には、無難なことだけを書いた。



 次の手紙はロザリーから。ワルキエ邸にいついつにお茶しに来ませんかというお誘いだった。そういえばディディエの誕生会で誘われたときに、きちんと返事をしていなかった気がする。

 ぜひ伺いますねと返信した。



 それからギヨームからも手紙が来た。昨夕に楽団のミーティングがあったらしい。そこでクレールと事務局長であるセブリーヌがピアノソナタのタイトルをめぐって口論になったそうだ。


 ギヨームが仲裁に入りクレールに、まずは私に名前を出していいのか確認をすべきだと説得して、なんとかおさまったという。で、セブリーヌの方にはこっそりと、私に許可しないように伝えると話したそうだ。出来ることなら、タイトルを拒んでほしいと書かれていた。


 もちろん、許可などしないよ。恥ずかしい。

 ギヨームは不許可の場合の代替案も提案してくれ、彼が味方になってくれて良かったと心の底から思った。



 次の手紙はジスランからのもの。きのう出来なかった自己アピールと私に捧げる詩というものが滔々と綴られていた。こんなものを書くヒマがあるのなら、カロンとお茶でも飲んでくれ。

 ただ。筆跡も文章も美しいし、詩もなかなかに素晴らしい。アホウなナルシストってだけではないようだ。


 彼への返信には、神に仕える方からこんな手紙をもらっても困るとはっきり書いた。


 ついでにエルネストの身上書返却用手紙も書いた。こちらはもう少し柔らかい言葉を使った。

 なんで十歳近く年上の騎士にこんなに気を遣わないといけないのだ。コレットはあんな堅物のどこがいいのだろう。不思議すぎる。




 ◇◇




 そうしてお茶会の翌々日のこと。またしてもリュシアンがやって来た。ヒマなのかなとの考えが一瞬頭をよぎったけれど、ちゃんと用件はあるようだった。


 今回はエマに、ほどほどに可愛くしてねと頼んで服と髪を任せた。

 そんな私を見たリュシアンは

「ふうん。前回を反省して普通の可愛さを狙ってきたか」

 だって。見抜かれてしまった。悔しい。次の機会があったなら縦ロールで出迎えてみよう。


「となると、次回は縦ロール復活か?」

「なんで分かったの!?」

 リュシアンはぶふっと吹き出した。

「だってアニエス、負けず嫌いだろう。俺の鼻を明かそうとしているのが見え見え」

「悔しい!」

 楽しそうに笑うリュシアン。


 ……まあ、いいか。何故だか私も楽しいから。

 いつもの応接間で、リュシアンが持ってきてくれたケーキをつつく。


「それにしても、こんなにうちに来て大丈夫なの?」

 ディディエにズルいとなじられる、とか。婚約者がいるのに他の令嬢の元に行くなんてと非難される、とか。色々とまずいことがありそうだ。

「問題ない。俺が正式にバダンテール邸に来たのは、ディディエ代理の見舞い一度だけ。初回と今回はお忍びだ。信頼できる従者と馭者しかつけてないから、秘密が漏れることはない」

「従者と馭者だけ? 護衛は?」

「従者が兼ねている」さらりとリュシアン。

 だけど確実に少ないよね。王位継承権四位の王族なら、もっと騎士やらなんやらが付くべきではないのだろうか。それに初回は陛下のご命令だったはずなのに……。


「俺自身、腕に覚えはあるからな。かなり自由にさせてもらっている」

「……そうなの」

「ちなみに今日はギヨームに協力を得て、ゴベール邸にいることになっている」


 なんとなく腑に落ちない。と言っても王族について詳しくもないから、それが普通なのかそうでないかが分からない。もしかしたら、引っかかるのは彼の母親の話を聞いたせいということもあるだろう。


「ギヨームが仲間になってくれて、大助かりね」私はそう答えるにとどめた。「それで今日の用件は?」

「ああ。手紙にも書いたが、茶会はご苦労だった」とリュシアン。

「いいえ。せっかくジョルジェットさまとイヴェットさまにも助けてもらったのに、なんの成果も出せずにごめんなさい」

「仕方ない。考えていた以上に、事態が深刻だった」

「マルセルさまは? 彼は目が覚めた?」

「いや。ジョルジェットのことはショックを受けているが、それだけだ。変わらずお前が好きだと言っている」

「やっぱり殴っておけばよかった!」

「イヴェットが平手打ちした」

「えぇ!」


 とてもそんなタイプの子には見えないのだけど。


「マルセルのヤツ、ジョルジェットも俺も相手を教えないからイヴェットに訊いたんだ。それでイヴェットが激昂してな。何故教えてもらえないのかちゃんと考えろと叩いた」

 リュシアンはなんとも言えない表情をした。

 恐らくはそれでもマルセルは、何も分かっていないのだろう。


「マルセルさまはどうしたら気づくのかしら」

「あそこまで阿呆だとはな。どのみちジョルジェットはもういいそうだ。親が勧める婚約をすることに決めた」


 なんてことだ。私がマルセルを誘惑したわけではないけれど、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「アニエスのせいじゃない。そんな顔をするな」

 リュシアンの言葉に目をあげると、珍しく優しげな顔をしていた。

「今回のことがなくてもジョルジェットは、成人までに決着をつけるつもりだった。公爵令嬢がいつまでも婚約しないでいるのは外聞が悪いからな」


 なるほど。とするとゲームで彼女が悪役令嬢になった理由は、それもあるのかもしれない。年齢を気にして焦っていた、と。


「マルセルさまのことは分かったわ。それでディディエ殿下のほうは? それと策は思いついたの?」

 リュシアンはあからさまに目を泳がせた。

「実は、な。ひとつまずい案が出ている」

 出ている? ということは、それはリュシアン以外からの提案ということかな。

「なんでしょう」

「一応、阻止はした」


 なんだ、この勿体ぶり方は。私にとってかなりまずい案なのだろうか。

 果たしてリュシアンは、怒るなよと前置きをしてから言った。


「アニエスを適当な伯爵家に嫁がせる案だ」

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