16・応援部隊を得た悪役令嬢は百人力でしょう
リュシアンとジョルジェットの話をしたときだ。
彼女はマルセルを想って毎日泣いていて、私に興味があるとのことだった。だから思いきってリュシアンを介して手紙を送ったのだ。
結果、彼女はこのお茶会で私の味方となってくれることになった。
更にリュシアンが、ジョルジェットの友人である妹も巻き込むことを決めた。彼女は泣き暮らす友人に心を痛めているとのことで、快く私の味方につくことを引き受けてくれたそうだ。
これで私陣営はロザリー、ジョルジェット、イヴェット、私の四人。リュシアンも入れれば、五人。敵と同人数、互角に戦えるはずだ。
イヴェットが兄に急ぎの手紙を渡す、というのはふたりがこの場に乗り込むための作戦である。ふっふっふ。
私はさりげなくジョルジェットに近づいて、
「先日は無理なお願いを聞いて下さり、ありがとうございました」
と礼を言う。これも作戦。すでに手紙で打ち合わせ済みだ。
「お役に立てたかしら」とジョルジェット。とても自然だ。なかなかの演技派とみた。
「ええ、お陰様で」
「良かったわ」
うふふ、おほほとお互いに笑っていると、やや困惑した表情のマルセルが
「何の話だ」
と割って入ってきた。
「初めてご招待いただいたダルシアク公爵家のお茶会で、粗相をする訳にはいきません。そこでジョルジェットさまに、服装や手土産のアドバイスをいただいたのです」
ね、と顔を見合わせて微笑みあう。
「……そんな仲だったか?」とまだ困惑顔のマルセル。
「前から挨拶を交わす程度には。マルセル様には無視されていましたけれど」
ちくりとトゲを差してやると、彼は表情を変えた。
「女性が苦手なんだ! 知り合い以外とは関わらないようにしていたから!」
「どうぞお気になさらずに。公爵家と繋がりを持ちたいなんて野望はありませんから」
「いやそこは気にしてほしい!」
そんなマルセルの後方で、手紙を読み終えた
「了解した。ありがとうな、イヴェット」と言った。
彼女がジョルジェットを見る。
「戻りましょうか」
「そうね」とジョルジェット。
「あ、お待ちになって」と私。「こちらでご一緒していただけませんか。少しの間で構いませんから。女子が私だけで困っております」
めちゃくちゃ茶番だけど、お互い様だ。
「大事な話をしている。遠慮してくれ」とディディエが機嫌の悪そうな声で言う。
「そうですか。では私も」と私。
「三人ともここに座りなよ」とクレールがすかさず止めに来て、先ほどまで座っていた長椅子を指す。「ディディエ殿下たちはこっち」と向かいの長椅子を指し、自分はリュシアン向かいのひとりがけに腰をおろした。
「縦ロールが行ってしまうより、いいでしょう?」とクレールは王子を見る。
言われたほうは渋々とうなずく。どっちが年上なんだか。
執事がすぐお茶のご用意をと言って下がり、全員が席につく。今回は右にイヴェット、左にジョルジェット。正面がディディエ、右斜め前がマルセル、左斜め前がエルネストとなった。
「それで皆さまは何のお話をなさっていのですか」
イヴェットが可愛らしい声で兄に尋ねる。が、残念なことにぎこちない。ジョルジェットのほうが演技力は上のようだ。
一方で妹の問いかけにため息をつくリュシアン。
「彼らがアニエス嬢に結婚をせまっている。俺は監視役」
兄のほうはスムーズな演技だ。
「まあ」イヴェットはぎこちなく、ジョルジェットは自然に驚いた。
「そうなのです」と私も参戦。「はっきりとお断り申し上げているのに、全く聞く耳を持って下さらなくて困っています。特にディディエ殿下とマルセルさまには、身分が下の私ではこれ以上強い態度には出られないので、おふたりに助けていただきたいのです」
「聞く耳を持たないのはアニエスもだ」とすかさずディディエが反論する。「ろくに検討もせずに興味はないの一点張り。私という人間をよく知ってから結論を出すべきではないか」
「殿下たちは私をご存知なかったでしょうが、私は存じ上げています。その上での答えです」
「アニエスが知っている私など一部にすぎん。もっと深く知るべきだ」
「その通り」とマルセルが賛同する。「私たちをよく知らないから、簡単に結論が出せるのだ。知れば私ほど良い相手はいないと分かるはず」
「最良は私だがな」とディディエが横槍を入れる。
「いいや、僕だよ」とクレール。
「俺」と堅物騎士。
「ずっとこれなんです」と私は両脇の応援部隊に言う。「お茶会を楽しみに来たのに、行かせてももらえません」
「ひどいわ。アニエスさまがどれほど心待ちにしていたか、分かりませんの?」ジョルジェットが幼馴染に向かって言う。
「……彼女が理解してくれたら行かせる」
「なんて暴力的なのかしら」とイヴェット。
「暴力的!?」ディディエとマルセルが揃って声を上げた。
「だってそうでしょう?」イヴェットが言えば、
「お茶会から離れたこんな一室で、か弱い令嬢ひとりを何人もの男性が囲み、自分たちの意見を受け入れるまで離さないなんて」とジョルジェットが続け、
「卑怯かつ暴力的な見下げた行為です」と最後はイヴェットがまとめた。
「いや、だって……」
とディディエ、マルセル、エルネストの三人はうろたえる。
「確かにそうだね」いち早くそう答えたのはクレールだった。「僕たち抜け駆けをしない協定を結んでいるから、ひとりだけでは彼女に会えないんだ。だからと言って、この状況は良くなかったね。彼女の気持ちを考えていなかったよ」
「そ、そうだな。協定のせいだ」とディディエ。「リュシアンが提案したのだ」
「俺は彼女を全員で囲めとは言ってない」リュシアンが静かに反論する。
「だが抜け駆けしてはならないのならば、こうなる」とマルセル。
「一室に隔離することはないわ」とジョルジェット。
「ええ、彼女のお友達も含めてお会いすればよろしいのよ」とはイヴェット。
「だからリュシアンが立会人でいるだろう!」ディディエ。
「俺がこの会があることに気づかなければ、五人対彼女ひとりだったよな?」
リュシアンの質問に王子は言葉につまる。
「だって仕方ないだろう! 私が話したいのはアニエスだ!」とマルセル。「四人の恋敵も一緒となると、それ以上に余計な人間を増やしたくないではないか。彼女と話す時間が減る」
「そもそも私には皆さまとお話したいことがないのですが」
それから六人で(堅物騎士とモブ令息は除く)侃々諤々の言い争いになった。特にディディエとマルセルは自分たちの主張の正しさや自分を選ぶべきだとのアピールばかりで、議論にすらならない。クレールはふたりよりはこちらの意見に耳を傾けてくれるけれど、基本はいかに私を可愛いと思っているか(彼の美的センスは絶対におかしい)の力説。
話は平行線のまま、力尽きてしまった。
リュシアンはと見れば、彼も困惑の表情だ。ここまで泥沼になるとは思わなかったのだろう。
ふうっと大きく息を吐いたマルセルは
「ジョルジェット」と幼馴染の名前を呼んだ。「お前はもう茶会へ行け」
苛立ちを含んだ声。
「なぜ?」
尋ねる彼女の声は強ばっている。
「そもそもお前は部外者だろうが」
「友人を心配しています」
「友人ならば私もだろう」
「あなたのやり方はよくありません」
「大きなお世話だ。口出しするな」
あれ、これはまずい雰囲気だ。ふたりの間に秒速で暗雲が広がっている。止めないと。
「やめろマルセル」と私より先に止めが入った。リュシアンだった。ほっと胸を撫で下ろす。「彼女に八つ当たりするな」
「八つ当たりではない」と眉を寄せるマルセル。「部外者なのは事実だ。私は彼女をここに招いていない。幼馴染だからといって大きな顔をするな」
ひどい言い草だ。
ジョルジェットが膝の上の手を握りしめたのが視界に入った。
「ジョ……」
彼女の名前を呼び掛けたとき。
「恋したことのないお前に何がわかる。この辛さが分からないようなヤツにあれこれ言われたくない」
吐き捨てるようなマルセルの言い様に、部屋の空気が凍る。
「……その言い方はよくないですよ」とおずおずとしたクレールの声。
「ジョルジェットさま。もうお茶会に行きましょう。お付き合い下さりありがとうございます」と私。
「そうね」と立ち上がるイヴェット。「時間のムダですわね。行きましょう」
私も腰を上げる。
「……アニエスは残れ」とディディエ。
なんですって!? アホなの、この王子は。この状況でそのセリフ? まずは親友をたしなめなさいよ!
思わず睨み付けると、さすがの鈍感も状況のまずさに気がついたのか、怯んで視線がさまよった。
「ジョルジェットさま」
まだ座ったままの彼女に声をかけて、はっとした。表情のない顔をして、それなのに目の端が涙で滲んでいたのだ。
「……マルセルの悪いところは、そうやって自分の知らないことを思い込みで決めつけるところよ」
静かな声。マルセルが反論しようと何かを言いかけたが、ジョルジェットの目に浮かぶものに気がついたのか目を見張り、言葉は出て来なかった。
「私は大失恋をしたばかり」とジョルジェット。
え、とマルセルとディディエが声を上げる。イヴェットが先ほどまで私が座っていたところに腰かけて、友人の手を握った。
「ずっと寄り添い助けてくれたのはイヴェットとリュシアンよ。あなたたちは自分たち以外の気持ちには無頓着ですもの。アニエスさまもそれを感じとっているから、拒否なさっているの」
ジョルジェットはそう言うと、すっと立ち上がりイヴェットと私に笑顔を向けて
「行きましょう」と言った。
今度は誰にも止められなかった。
三人で部屋を出て、勝手知ったる様子のジョルジェットについて廊下を進む。メイドに出会うと彼女は一部屋借りたいと頼み、すぐそばの小さなそれに通された。
ジョルジェットとイヴェットが並んで腰かけると私は深く頭を下げた。
「ご協力いただいたせいで、申し訳ありません」
彼女たちの力も借りて、きっぱりとマルセルたちをふりたかった。そのほうがジョルジェットも、なにも知らずに泣いているよりいいだろうと思った。だが大間違いだった。
「いいのよ、謝らないで」
ジョルジェットは微かに笑みを浮かべた。優しさにかえって胸が痛む。
「マルセルが無神経なのは昔からなのよ」とジョルジェット。
「マルセルさまはジョルジェットには特にそうなの」イヴェットが言う。「他の人にはもう少し気を使うのだけど」
「幼馴染にはそんな必要はないと思っているのね。アニエスさま、どうぞお座りになって」
礼を述べて、ふたりの向かいに座る。
先ほどジョルジェットは『大失恋』と言った。それはどういうことだろう。マルセルを諦めたのかな。それなら悪役令嬢にはならないかな。
だけどこんな展開は申し訳なさすぎる。マルセルがあんなに心ないことを言うヤツだと知らなかった。とはいえ、この状況の責任は私にある。
「マルセルが好きだったの」
唐突にジョルジェットが言った。イヴェットが慌てて友人と私を見比べる。今まで挨拶しかしてこなかった相手に打ち明けるようなことではない。だけれど彼女は戸惑っている私たちにお構い無しに続けた。
「それなのにディディエの誕生会が終わってからというもの、女性に喜ばれる贈り物やら服装やらを私に尋ねるの。だから最初はアニエスさまを妬んでしまいました。だけれどあなたからお手紙をいただいて、彼に困っているというでしょう?」
ジョルジェットは哀しそうな表情をした。
「彼はどこまでも他人の感情に疎いのだと、よく分かりました。今回のお話を引き受けたのは、気持ちに整理をつけるため。これでようやく前に進めます。だからアニエスさまはお気になさらずに。むしろ決断できたのは、あなたのおかげですから」
にこりと微笑むジョルジェットは、まるで菩薩さまだ。
「……お心遣いをありがとうございます」
「いやだわ、なぜアニエスさまがお泣きになるの」
しまった、泣いていいのはジョルジェットなのに。慌ててハンカチを取り出して、涙を押さえる。
「……だってジョルジェットさまはこんなに素敵なのに。あなたを悲しませるマルセルさまには鉄槌が必要だと思います」
「もう鉄槌は下っているわ。あなたは彼を選ばないのでしょう? マルセルが望むものを手に入れられないのは、きっと初めてよ。相当に辛いでしょう」
「いいのよ、あんな鈍感は苦しむべきですもの」イヴェットが強い声で言う。「アニエスさま。マルセルがまた言い寄ってきたら、バシバシキツい言葉を投げつけてやって下さいな」
「ええ、がんばります!」
まあ、とジョルジェットが笑う。「だけれど程々にしてあげてね」
気持ちに整理をつける、と言ってもジョルジェットは優しいからマルセルの不幸は望まないらしい。マルセルは愚かすぎる。どうしてこんなに素晴らしい幼馴染に目を向けないのだろう。
「さあ、お茶会に行きましょうか」とジョルジェット。「このお話をアニエスさまにしたかっただけなの。気持ちを切り替えて楽しみましょう」
うなずき立ち上がろうとしたところで、
「お待ちになって」とイヴェットが片手を上げた。「私も協力をしたのには理由があるの。アニエスさまとお話ししたいことがあります」
その言葉に、心持ち彼女に向き直る。
イヴェットはゲームに全く出ていなかったけれど、兄同様に美しい。とは言ってもふたりはあまり似ておらず、恐らくは兄は父親に、妹は母親に似たのだろう。
「アニエスさま。正直に答えて下さいな」とイヴェット。
はいと首肯する。
「兄の恋人でしょうか」
「はい?」
言われた言葉が理解できずまばたきをして、それからジョルジェットを見て、またイヴェットを見た。
「ですから兄の恋人でしょうか。どうぞ正直にお願いいたします」
イヴェットはいたって真面目な顔をしている。
「いえ、まさか」
「本当に?」
「ええ、本当に」
「イヴェットは非難しているのではないのよね?」とジョルジェットが尋ねると、イヴェットははっとした。
「そう、非難ではないの。ふたりが恋人ならば、私は力になりたいだけです」
「ご事情がよく分かりませんが、本当に違います。ディディエ殿下の誕生会から助けていただいていますけれど、それだけです」
「そうなの」
イヴェットはあからさまにがっかりした。
と思いきや、すぐさま回復して
「では兄に恋していたりはしませんか?」
とイキイキした表情で尋ねてきた。
なんなんだ。全く意図が分からない。
「いいえ。それに殿下は思いを寄せたご令嬢とご婚約をなさっていますよね?」
再びがっくりしたイヴェットは隣に座る友人を見た。ふたりは何かしらのアイコンタクトをしている。それから私を見たイヴェットは言った。
「兄のことで困り果てているの。あの婚約には裏事情があります。私たちも兄もあなたを助けるから、アニエスさまは兄を助けて下さいませんか?」
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