15・アピール合戦が始まるようです
ジスランが喋り始めようとすると、
「待て」と遮る声がかかった。ディディエだった。「まずは王子を優先すべきだろう」
「大物は勿体をつけて最後だよね。ここは人生の一番後輩である僕からだ」とクレール。
「年功序列」と最年長のエルネスト。
「まずは招待主からがマナーだ」とマルセル。
「いや、アニエス嬢を招待したのは君の姉上ではありませんか」とジスラン。
またか。なんて面倒くさい。
リュシアンはと見ると、ばちりと視線が合った。
「ではリュシアン殿下から時計周りで」
名指しされたほうは、え、と心底億劫そうな顔をした。
「何故だ。彼は監視役にすぎない」とディディエ。
「そう、君にアピールすることなど彼にはない」とマルセル。
「だ・か・ら・で・す!
先ほどからあなたたちは言い争ってばかり。大変に不快です。私は令嬢たちとの楽しいお茶会に参加するつもりで来たのに、なぜ醜いケンカばかりを見せられなければならないのですか」
すると五人は気まずげに口を閉ざして、お互いを見やった。
「……ごめん、縦ロール」最初に口を開いたのはクレールだった。「愛しいひとにようやく会えたから、良いところを見せたかったんだ」
麗しのショタが捨てられた子犬のような顔をする。ひ、卑怯だぞ、その顔は反則すぎる。
「私も申し訳ありません」とジスラン。「こんなに女性に相手にされないのは初めてで、必死になってしまいました」
お前はさらりとモテ自慢か!
「……すまん」と一言、頭を下げたのはエルネスト。
簡潔なところが彼らしい。
「私もすみません。女性に惹かれるのは初めてで、どうしていいのかが分からない」とはしょんぼり顔のマルセル。
そんなに落ち込まれると胸が痛むけど、あなたが惹かれるべき相手は、私ではなくてジョルジェット!
「……悪かった」最後は王子ディディエ。「頼む、嫌わないでくれ」
なんだそのセリフは! 急なデレなの? ここでデレなの? さっきまでの俺様はどこに行ったの? ちょっとばかりキュンとしてしまうじゃないか。
しかし、すっかり居心地の悪い雰囲気になってしまった。
「分かっていただき、ありがとうございます」
なるたけ優しく明るい声で礼を述べる。
それぞれの視線が私に向いた。
「ついでに私がみなさまに興味がないこともご理解いただけると」
「それは無理」五人が一斉に口を揃えて即答。
残念。失敗だった。
「では俺から始めるぞ」
空気を変えるかのように、リュシアンが大きめの声を出した。なんだかんだで頼りになる。
「リュシアン・デュシュネ。十八歳。アピールポイントは、大公令息であること。以上」
短っ!
「それだけ?」とクレール。「殿下ならアピールすることは沢山ありますよね? 何にでも秀でているのでしょう?」
「悔しいけれど、殿下の思考の回転の速さと判断の的確さには敵わない」とマルセル。
「殿下は騎士団でも通用する腕前の持ち主だしな」とエルネスト。
「私ほどではないけれど、美男ですしね」とジスラン。
リュシアンはふんと鼻を鳴らした。
「俺は彼女にアピールしなければならないポイントはない」
「そうだな。お前には婚約者がいる」とディディエ。「ならば次は私だ」
そう言った王子はまたしても、当然のように私の手をとり握りしめた。
「ディディエ・サリニャック。我が国の第一王子。来年成人すれば、王位継承権一位になる。つまり私の妻になればお前は王妃だ」
「ごめんなさい、全く興味がありません。というか私風情が王妃だなんて、馬鹿げています」
ディディエが一瞬怯む。そして。怒濤の勢いでアピールポイントを語りはじめた。頭脳だとか剣術、人脈財力容姿に血筋。よくもまあ、それだけ思い付くものだ。
ディディエ越しに見えるリュシアンが何度も欠伸を噛み殺している。
興味がない集まりでも、従弟の面倒を見るために参加なんてご苦労なことだ。
それにしても王位継承権か。
我が国では成人男性が優先されるので、今現在ならば、先だって成人したリュシアンのほうが順位は高いらしい。執事の話では、リュシアンは父親とふたりの叔父に次ぐ四位とのことだった。ディディエが成人したら彼らはひとつずつ順位を下げるらしい。
だとしても大公令息は五番目だ。彼の婚約者はよくそんな人物を捨てて出奔できたものだ。家に罰が下る可能性の心配はしなかったのだろうか。
もっとも今のところは何も咎めはないようだけど。
……なんだか変だな。リュシアンが処罰を止めているような感じはない。どちらかと言えば、どうでもよさそうだ。
リュシアンのご両親は、優秀な息子が馬鹿にされたと怒らないのだろうか。それとも自由恋愛にめちゃくちゃ理解があって、見守っているのだろうか。
「……聞いているか? アニエス?」
気づくと目と鼻の先にディディエの顔があった。私の顔をのぞきこんでいる。
「もちろん聞いています。ディディエ殿下の素晴らしさがよく分かりました」
ディディエは目を細め、それから深くため息をついた。
「……演技が下手だな。棒読みにもほどがある」
リュシアンがくっくっと笑う。
「話が長すぎる、ディディエ。いくらその長所が事実でも、冗長すぎて頭に入らん」
「ならば簡潔に言い直す」
「やめて」とクレールが抗議する。「あとが詰まっているんですよ。どうしてもやり直したいのなら、一周周り終わってからにして下さい」
「その通り」とジスラン。
「……分かった。では最後にもう一度」
ディディエはそう答えて、私の手を離した。
おや、素直だ。さっき怒ったのがきいたのかな。
と、離されたばかりの手が再びとられた。今度はマルセルだ。まずい、こんな様子はジョルジェットに見られたくない。だけどディディエは振り払わなかったのにマルセルにそうしたら、ディディエがあらぬ勘違いをして喜びそうだ。
きっと私以外の招待客が来るのはまだ先だろうから、このままでガマン。念のために室外の気配に神経を集中しよう。
マルセルも女嫌いはどこに行ったとツッコミたい前のめり姿勢で、だけど淡々とアピールポイントを語る。
ディディエとは違って血筋や財力容姿については一切触れず、各種才能についても、他人よりはあるというにとどめた。その代わり、両親と姉たちにはアニエス・バダンテールを妻にする許可は得ているとか(ご家族に、それでいいのかとツッコんであげたい)、今まで女性に言い寄ったことも気を持たせたこともないから身辺はキレイだとか(ジスランへの当て付けかな)、自分ほど一途で誠実な男はいないとか、そんなアピールをした。
一途で誠実?
それが事実だったとしても、幼馴染が自分に向ける想いに気づかない鈍感野郎じゃないか、と言ってやりたい。いくら女嫌いだからって、周囲を見る観察眼がなさすぎる。
私は断然ジョルジェットの味方だもんね。
「……なんだか怒っているか? 表情が険しい」
マルセルが困惑顔で尋ねる。
「……マルセルさまにはジョルジェットさまという素敵な方がいらっしゃるではありませんか」
ついついガマンできずに言ってしまった。
「いやいや」マルセルは笑った。一点の曇りもない顔で。「彼女はただの幼馴染だ。気にかけないでくれ」
怒りが沸き上がる。
歯をくいしばれ!
と叫んで頬にグーパンをいれてやりたい!
なんなんだこいつは。
お前がそんなアホウなせいでジョルジェットは悪役令嬢になってしまうのだぞ!
「お似合いだと思いますがね」
ジスランが言う。
「だが本当にただの幼馴染だ」とディディエ。振り返るとヤツも、その言葉に疑いを持っていない顔をしていた。「敵に塩を送るのは嫌だが、疑われたらジョルジェットも困るだろうからな」
こっちも鈍感か! リュシアンが気づいていながら、何故親友のディディエが気づいていないの! 将来国王になる身ならば、周囲の様子には目を向けておかないといけないのではないの?
と。
「チェロだ」
とクレールが呟いた。言われて気づいた。その音が聞こえる。二人でチューニングをしている。だけどそれはすぐに止み、柔らかな二重奏が始まった。
「ゴベール兄妹が今日は演奏の依頼があると話していたけど」
クレールの言葉にマルセルがうなずく。
「茶会での演奏を頼んだようだ」
さすが公爵家。お茶会に生演奏つき!
「宮廷楽団とは珍しいな」とディディエ。
「そうなんだ。事務局が売り込んできたらしい。ギヨームが完全復活したことを世間に浸透させたいようだ」とはマルセル。
ちらりとリュシアンを見ると、彼はそっと肩をすくめた。
売り込みがあったということは、もしかしたらギヨームがここに来ている本当の目的は、このお茶会の様子を見ることかもしれない。
「最近は民間の楽団も人気を博しているし、隣国の楽団も我が国で演奏会をするしで競合が激しいですからね」とジスランがクレールを見る。
「まあね」とクレール。「宮廷楽団に所属できることは名誉だけど、演奏の場は少ないからね。入団希望者が年々減っているよ」
「そうなのか?」と驚いている王子。
「そうですよ。ご存知なかったのですか?」
クレールがあからさまに不満げな表情をする。
「ああ……すまん。不勉強だった」
おや。またしても素直なディディエ。やや好感度アップ。
「演奏を始めたということは、そろそろ客が来るのでしょ? テンポアップをお願いしたいな。縦ロールをあちらにも行かせるならね」
クレールが言うと、そうだなと言ってマルセルがようやく手を離してくれた。
ぬっとエルネストが立ち上がる。
「殿下、席をお代わり下さい。私も彼女のとなりでアピールしたい」
「……分かった」
渋々立ち上がるディディエと入れ替わりに座った堅物騎士は、しばらく手が宙をさ迷っていた。やがてそれはため息と共に自分の足の上に下ろされた。
「騎士団所属エルネスト・ティボテだ」
そう言う声はこのメンツの中で最も低音で素敵なのだが、顔は完全にリュシアンのほうを向いている。なんて可哀想な二十五歳なんだ。女嫌いキャラのマルセルは平気で私の手を握って身を乗り出してアピっていたのに。
ディディエはギシギシと軋み音をたてそうな動作で懐から封書を取り出し、テーブルに置くと私のほうに押しやった。
まさか恋文では……。
「簡単な釣書だ」とエルネスト。「本当ならば仲人を通してバダンテール伯爵に結婚の申し込みをしたかった。だが協定に加わらないとクビにする、加わったなら足並みを揃えろと殿下が脅すのだ」
「殿下ってリュシアン殿下?」
リュシアンは首を横に振る。
「ディディエ殿下」とエルネスト。
振り返り先ほどまで騎士が座っていた席にいる王子を見ると、彼はわざとらしく咳をして
「そんなことを言ったかな?」
とのたまった。
再びエルネストを見る。
「権力を傘に、酷いわね」
「いや、それは!」背後で将来の国王が慌ただしく立ち上がる気配がした。
「だけど正式に結婚を申し込まれても困ります」
騎士の肩ががっくりと落ちる。
釣書はどうしよう。せっかく用意したものを突き返していいものなのだろうか。こんなにしょんぼりしている人に。かといって気を持たせることもしたくない。
と、手が伸びてきてその封書を取った。リュシアンだった。
「これは俺がいったん預かる。彼女も扱いに困るだろう」
「……頼みます」力なくうなずくエルネスト。
「ほら、落ち込んでいないでさっさとアピールしろ」ジスランからの檄が飛ぶ。「これからのアピール次第で結婚を了承してくれるかもしれないのだぞ。そうなったら全力で邪魔するけどな」
あれ。ジスランもいいところがあるんだ。見直し……
「私もなかなか良い人間でしょう」ジスランがにこりとする。
「今の一言がなければね」とクレール。
「本当ね」
せっかく見直しかけたのに、全て台無しだ。ジスランはゲームにおいてギャグキャラだったっけ? そんなことはなかったと思うのだけどな。
「で、アピールは?」とクレールがエルネストに尋ねる。
「……剣ではこの中の誰にも負けない」
「確かに」とリュシアン。「他には?」
「……体力も」
「騎士だからね」とクレール。「もっとないの? 女の子がときめくような長所」
「お、女の子がときめく……?」困惑する堅物騎士。
「私たちのアピールを聞いていたでしょう?」とマルセル。
「真似をすればいい」とディディエ。
「……聞いていなかった」また肩を落とす堅物騎士。
「さっきまでの時間は何していたのさ」クレールがツッコミ。
「……アニエスに見とれていた。あんまり綺麗だから」
「天然タラシなの?」とクレール。
今まさに私も同じことを思ったよ。
はぁっと盛大な吐息が聞こえたかと思うと。
「エルネスト・ティボテ、二十五歳。ティボテ子爵家の次男。宮廷騎士団第一隊第一分隊長」
早口でそう言ったのはジスランだった。
「見たとおりの美丈夫。健康と真面目が取り柄で、子供のころから風邪ひとつひいたことがないし、嘘をつくのも苦手。脳筋だけど騎士としての能力は高い。同年代では一番の出世頭。ライバルと言えるのは第二分隊長のクロヴィス・ファロのみ。この年までろくに女性と付き合ったことがないから、女性の扱いはド下手。その代わりに一途で浮気は絶対にしない。意外に私服のセンスがいい」
こんなところかな、と最後にジスランは言って話を締めた。
「助かった」とエルネスト。
「お前のおかげで俺の好感度が爆上がりだな」とジスラン。
うん、本当にそう。ただの気持ち悪いナルシストではなかったんだね。
と、そこへ失礼しますと執事がやって来た。
「どうした?」とマルセル。
「ジスラン・ドゥーセ様にお迎えがいらっしゃいました。巫女カロン様でございます」
「えっ」とジスラン。「何故バレたのだ」
「お前まさか、仕事をサボって来たのか?」とエルネスト。
「仕方ないだろ。予定があると言っておいたのに、今日の祭祀担当に無理やりされたんだ」
ん?
それ、ゲームで聞いたことのあるセリフだな。それを仕組んだのはカロンだと、断罪シーンで明かされる。まずいな、彼女は悪役巫女になりかけているのかもしれない。
「少し待たせておいてください」とジスランが執事に言う。「これから私の番ですからね」
んんん。良くない展開な気がする。
「ジスランさま。あなたの長所は先ほどの件で分かりました。どうぞすぐにお帰り下さい。面倒見の良い素晴らしい後輩を待たせるのはよくありません」
「……そうなのですがね。いつもいつも、いいところで彼女は邪魔をしてくるのですよ」
「あなたを好きなんじゃないの?」とクレール。
「まさか」とジスラン。「カロンは真面目な巫女ですよ。色恋に耽るような娘ではありません」
どうやらこっちも目が曇りまくっているようだ。ゲーム設定上で悪役に対しての鈍感さが必要なのかもしれないけれど、揃いも揃ってひどすぎやしないだろうか。
「仕方ありません。帰るとしますか」ジスランは立ち上がると何故か私のそばにやって来て、また勝手に手を握りしめた。
「今回は諦めますが、次回会ったときはふたりでしっぽりしましょう」
「お断りするわ」
「私はこの中の誰よりも女性の扱いが上手いのですよ。私を選べば必ずや満足します。では失礼」
そう言ってチャラ神官は部屋を出て行った。
「……まあ、女性の扱いに関してはそうだろう。あいつに迫られて無関心、というより引いている女性はアニエスが初めてだ」とエルネストがようやく私に顔を向けた。「あんなヤツだがマメだし、女性の心がよく分かっているらしくて人気は絶大なんだ」
「だけど私の好みではありません」
「縦ロールの好みはどんななの?」
マルセルと席を入れ替わったクレールがきゅるんとした瞳で見つめながら尋ねてきた。
「ええと。同じような階級で、穏やかで平凡なイケメン」
「なにそれ。ここにいる全員、ダメじゃない」
「だから興味ないと」
「だけど僕が一番条件を満たしているね。階級は伯爵だもん。ちょっと非凡すぎるのがマイナスだとしても、穏やかな性格だし」
「え? どこが?」思わず尋ねる。「さっきライバルを容赦なく蹴落とすと宣言してたよね?」
「ライバル相手に穏やかにしていたら、縦ロールを盗られちゃうじゃないか。好きな相手には穏やかでいるよ」
そうかなあ。どちらかと言えば、サディストの気がありそうなんだけど。
「伯爵家の長男なんて、いい条件でしょ?」とクレール。「ピアノの才能は国一番。両親が結婚に反対することはないし、不安要素の幼馴染はいない。当然のこと、元カノはいないし、かと言って君の顔を直視できないような堅物でもない」
……確かに良い条件だ。ふたつ年下だけど何年かすれば気にならなくなるだろう。五人の攻略対象の中では、比較的まともな性格をしているようだし。こんなめちゃくちゃな状況で出会っていなかったら、それなりに良い結婚相手ではないだろうか。
「心動かされた?」
きゅるんとした目が私を見ている。元々は最推しなのだ。その愛くるしい表情には生唾を飲みこみそうになる。
と、そこへ執事がまたまた登場。今度は可憐なご令嬢をふたり、連れていた。
やったね! 応援部隊が到着した!
案内された令嬢たちは私たちに丁寧に挨拶をしたあと、ひとりがリュシアンに歩み寄った。そして手紙を差し出す。
「お兄さま。緊急の連絡ですって」
そう。令嬢のひとりはリュシアンの妹イヴェット・デュシュネ。もうひとりは、ジョルジェット。
急遽頼んだ私の応援部隊だ!
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