14・攻略対象たちは今日も飛ばしまくりのようで、うんざりです

 やって来ました、ダルシアク公爵家。春うららかな午後。最高のお茶会日和だ。

 しかし。マルセルたちのことはひとまず置いておいて、どんなお茶会なのかとワクワクドキドキしていたのに、屋敷に到着してお姉さまに挨拶し終えたとたんに拉致られた。執事によって。


 いや、そりゃ元性格アレで縦ロールのアニエスは公爵令嬢のお茶会にふさわしくないのかもしれないけれど、せめて座ってお茶のひとくち、会話のひとつぐらいは楽しみたかったよ。


 しかも完全にはかられたのだろう。他の令嬢はまだ誰ひとり来ていなかった。きっと私だけ時間を早く伝えられていたに違いない。


 唯一の救いはマルセルのお姉さまが、いたずらっ子のような表情で私に応対してくれたこと。これでもし、

 うちのマルセルをたぶらかすなんて!

 といった雰囲気を醸し出していたら、私は泣いていた。


 そうして私は市場に連れていかれる子牛のような心境で執事のあとをついてゆき、案内された部屋に入れば、攻略対象プラスワンが勢揃いしていた。ロザリーはまだらしい。


 それにしても昼日中の陽光の中で見る彼らの迫力は凄まじい。

 スワロ○スキーかダイヤモンドでも空中に漂っているのですか?と聞きたいぐらいに、キラッキラしている。腐っても鯛。じゃなかった、ヒロインを間違えても攻略対象。その輝きは失せないらしい。


 そんな中で唯一のモブ、リュシアンをチラリと見る。大公令息はひとり、部屋の壁際に下がってなんとも言えない表情で私を見ている。私だけ早い時間に招かれることを知っていたのだろうか。もしそうだったのなら、本の角で殴ってやる。




「よく来てくれた」とマルセルが私を迎えた。「私たちともお茶をしよう」

 その素晴らしい笑顔に、いささか引いてしまう。

 あなた舞踏会では、顔をしかめて『覗き見趣味の変態女』と私をなじったよね。覚えている?


 とはいえ私はしっかり躾をされた伯爵令嬢 (最近忘れがちだけど)。突っ込みは心の中だけにして、マナーにのっとり丁寧に挨拶をする。


 それから攻略対象も順々に。


 ディディエはひとの手の甲に当然のごとくキスをして、会いたかったと熱のこもった目を向けてきた。キラッキラ具合は随一だけど、マルセル同様に引いてしまう。


 エルネストは堅苦しく普通に挨拶。仕事を抜け出して来たのか、騎士団の制服姿だ。まあまあ、好感。


 ジスランも神官の姿のまま。彼も勝手にひとの手をとり、にぎにぎにぎにぎ。妖しげな流し目をしながら、また、しっぽりだとかねっとりだとか誘ってきた。

 ただただ気持ち悪い。


 クレールはまた膝小僧丸出しの服で、冷めた目で私を見上げ、今日の格好はつまらないよ、とダメ出しをしてきた。彼のセンスは謎だ。

 でもぐいぐい来ないので、ほっとする。


 最後にリュシアン。彼はあっさりと普通の挨拶をしておしまい。

 ……正直なところ、拍子抜け。うちに来た二回は挨拶抜きにイヤミをかましてきたから、今回も何か言われるのだと身構えていたのに。

 だけどよくよく考えたら、彼は監視役としての参加だと言っていた。だからおとなしくしているつもりなのかもしれない。


 全員との挨拶が終わると、何故かディディエに腰に手をまわされた。とんで逃げ、ようやく偽りの笑みを止めて言ってやった。


「お茶会を楽しみにしていましたのに、私は参加できないのですか」

 クレールが大きい目をぱちくりさせる。

「それはまた今度でいいだろう?」とディディエ。「ようやく十日ぶりに君に会えたのだ」

 なんて横暴。自分の欲が満たされれば、私を騙すのは構わないの?


「そう。長く苦しい十日間でした」とジスランがディディエの反対となりに来て言う。「あなたに恋い焦がれて何も手につきませんでした」

 空耳かな。通常運転ですとのカロンの声が聞こえる気がする。


「神官の仕事をきちんとしろ」とエルネストがたしなめる。「だが俺も注意力散漫と叱られてばかりだった」

「騎士がそれでは困るな」とディディエ。

 うん、それはごもっとも。エルネストの場合、命に関わるだろうに。


「お前こそ、公務に身が入っていないと叱られていただろう」とマルセル。

 王子のくせにそれはよくない。しかも私が余計に城から睨まれてしまうじゃないか。


「お前だって」とディディエが親友に反論する。「一週間の間に階段から落ちる、カップを落として割る、サインするとき彼女の名前を書くと、ミスの連続ではないか」

 ええ!? マルセル。あなた、冷静キャラだったよね?どうしちゃったの?


「みんなダメだね。僕はこの一週間の間にピアノソナタをひとつ、交響曲をひとつ作ったよ。縦ロールは僕のミューズだ」とクレール。

 それを聞いてギヨームが先日の雑談のときに、若かりし頃に意中の相手に曲を送ったと話していたことを思い出した。音楽家あるあるなのかもしれない。


「ピアノソナタのタイトルは『アニエスのために』だよ。早く聞かせたくて、この日を心待ちにしていたんだ」

 クレールがきゅるんとした目を向ける。言っているセリフにはドン引きだけど、その顔は反則だ。私のうちにあるショタは尊しの魂が、震えてしまうじゃないか。


 いやいや、ここで負けるなアニエス。


「だとしても私はダルシアク家に招かれるのは初めてのこと。普段は交流のないご令嬢の皆さま方とのひとときを、心の底から楽しみにしていたのです」


 しょんぼりとうつむくと、懲りないディディエが今度はがっちり腰に手を回してきた。

「だからそれは次に機会を設ける。私たちと共に過ごす時間のほうが絶対に素晴らしいぞ」

 反対側からジスランが私の手を握りしめる。

「すみませんね、アニエス嬢」

「姉たちの了解はとっています」とマルセル。


 私の意見は通らないらしい。チラリとリュシアンを見る。と、彼は小さくため息をついた。そうして、ディディエ、と部屋の奥から従弟に呼び掛けた。


「今、彼女の中でお前の評価は急速に下降しているぞ。嘘をついて呼んだのだから少しは譲歩しないと、彼女はお前を選ばない」

「何っ!!」

 ディディエは従兄を振り返る。


「あーぁ、言っちゃった」とクレールが肩をすくめた。「せっかく殿下が自爆してくれていたのに」

「クレール!?」とディディエは今度は彼を見た。

「足並みを揃える協定は結んだよ。だけどそれは彼女を困らせないことが主眼。僕たちはライバルだ。容赦なく蹴落とすつもりでいるよ」

「私もです」とジスランがうなずく。

「卑怯者」とエルネスト。

「いや、違うね。勝利するための作戦だ」ジスランが幼馴染に向かって答える。


「くっ。真面目に生きてきた私は不利ではないか」とマルセル。

「お前はただの女嫌いだろう?」とディディエが親友に突っ込む。「急に宗旨変えしなくていいのだぞ」

 言われたマルセルは王子をきっと睨む。

「ディディエこそ。なるべく他国の王女を妻に選ぶようにと、王妃殿下から言われてますよね」

「お前っ! 余計なことを口にするな!」

「なんだ、それなら殿下は諦めたほうがいいよ。逆らって無理やり縦ロールを婚約者にしたら、彼女が妃殿下から圧力をかけられちゃう」とクレール。

「それはいけない。可愛いアニエス嬢に辛い思いはさせられません」とジスランが言ったと思うとディディエが

「痛っ!」と叫んで私の腰に回していた手を離した。

 素早くジスランの手があいた腰に添えられる。

「お前、王子に何をする!」とディディエがジスランに噛みつく。

「そもそもあなたは神官。結婚できないでしょう!」マルセルが詰め寄る。

「結婚だけが愛の形ではありません」

「お前はひとに文句をつける前に、倫理観を学んでこい」


 エルネストがそう言って歩み寄ってくると、幼馴染が私の腰に添えている手をひねりあげた。

「痛たた! 離せ、脳筋!」

「節操の無い男は引っ込んでいろ。さっきからお前が触れるたびに、彼女の顔がひきつっているぞ」

 その通り。良いことを言ってくれるな、堅物騎士。しかしこの茶番はいつまで続くのかな。


 と。はあっ、と深く息を吐く音がした。犯人はリュシアンだった。呆れ顔だ。

「いい加減、彼女を座らせてやれ。バルコニーにぶら下がる猿でも、マナーはきちんとしているらしいぞ。このまま三文芝居を見せながら立たせておくのか?」


 リュシアン、ナイス。よく分からないヤツだけど、この中ならばやはり一番まともなようだ。

 攻略対象五人は一様に慌てて詫びの言葉を口にし、ようやく椅子を勧めてくれた。


 そこで、ひとりがけに座ろうとしたらマルセルに三人がけの真ん中に座らされ、右にディディエ、左にマルセルと挟まれてしまった。

「公平を保つために、アニエス嬢の両脇は時間で交代しますからね」と正面に座ったジスランが言う。

 なんだそれは。まるで婚カツパーティーみたい。

 ジスランの隣にはエルネストとクレール。私からみて右手のひとりがけにリュシアン。完全にイケメン軍団に包囲されている。


「とにかく」とリュシアンが従弟を見た。「彼女を少しはあちらの茶会に出してやれ。嫌われたくないならな」

「仕方ないな。私は」とまた勝手にひとの手をとり握りしめる王子。「君から一時も離れたくないのだがな」

 哀愁漂う目。

 前世ショタコンの私でも、うっかり絆されそうになる目だ。さすが腐っても攻略対象。だけど勝手に手を握るのが気持ち悪いから、全てだいなし。


「招待されたみなさまがいらっしゃるのは、何時でしょうか?」

「一時間後だ」とマルセルが答える。


 一時間か。それまでは応援部隊は来てくれない。

 なにしろ敵は五人。こちらはひとり。完全に数で負けている。彼らを断る決定的な理由もない。だから応援部隊を要請したのだけど時間をずらされるとは、予想外だった。敵ながら天晴れな作戦だ。応援が来るまでは、この状況を甘受するしかない。


 ……私、キレずに乗りきれるかな。


 不安を感じはじめたところで、執事がやって来てカップとケーキスタンドを並べはじめた。そのお茶を見て、のどがカラカラであることに気がついた。私ってば、かなり緊張しているらしい。


 いや、キレたらみんなの気持ちが冷めるかもしれない。それなら結果オーライじゃないかな。

 私の評判は地に落ちるかもしれないけど。


「アニエス嬢。お好きなものをお取りしますよ」

 向かいのジスランがケーキ皿を片手ににこりとする。

「いや、それは僕がやるよ。一番年下だからね」とクレール。

「む。ピアニストは手を使わないほうがいい。ここは俺が」とエルネストがぎこちない手つきでお皿を手に取る。

「それなら私が」とディディエとマルセルが同時に言って、私を挟んでにらみあう。「お前、ケーキを皿にのせたことなどないだろう、できるのか」


 なんだこれ。何をするにもこの調子なのかな。げっそりだ。


 部屋の隅に静かに立つ執事を見る。

「誰にお願いしても角が立ちます」

 その一言だけで執事はかしこまりましたと答えて、進み出た。五人のイケメンの鋭い視線に臆することもなく、素早くかつ優雅にケーキをとり私の前に置いた。


 そうしてエルネストを除く全員の前にケーキが揃い(彼はケーキが嫌いだそうだ)、執事が下がったところで私は結論を力強く口にした。


「最初に言いますね。私アニエスは、みなさまの誰にも興味はありません。婚約、結婚、交際、それらに準じることは全てお断りいたします」


「何をおかしなことを言う。伯爵家であることを気にして遠慮をしているのか? 可愛いヤツめ」とディディエ。

「いやいやいや、殿下」背中を冷や汗が流れる。「なぜに言葉をストレートに受け取らないのでしょう? 私のどこに遠慮を感じられました? 心底、興味はないのです」


「私たちはまだ知り合ったばかり。結論を出すのは早計だ。親睦を深めながら愛を育もう」とマルセル。

「そんな、マルセルさま。あなたこそ早計では? まともに会話をしたのは今日が初めてですよね?なぜによく知りもしない相手と愛を育もうなどと思うのですか」


「興味はこれから持ってくれればいいよ。幸いに僕は年下だから、すぐに結婚だとかを決める必要はない。時間はたっぷりあるから、ゆっくりお互いの芸術感について理解し合おうよ」クレールが素敵な笑顔を浮かべる。

「語るほどの芸術感なんて持ち合わせていませんし、申し訳ないけれどあなたが大人になるのを待っていたら、私は行き遅れになってしまうわ」


「ここは大人の私が、あなたに煌めく大人の恋愛を手取り足取り腰とり、しっぽりとお教えしますよ。興味と愛はあとからついてくるので、構いません」ジスランはまた妖しい流し目をして言う。

「あとからも何も、あなたのような破廉恥な神官に興味などが沸く日は永遠に来ないでしょう。ただれた関係だなんて言語道断です」


「興味も時間も必要ない。直感で、私の伴侶になるのはお前だと分かったのだ。言い訳などせずに、さっさとオレのものになれ」言葉は強いのに、頬を赤らめ視線は漂っているエルネスト。

「直感で一生のことを決めるなんて無謀なことは、したくありません。あなたは直感なんて信じずに、脳みそフルスロットルで自分にあう女性はどんなひとなのかを深く考えたほうがいいですよ」




 ふう。すんなりふることが出来るとは思っていなかったけれど、これは予想以上に難題だ。誰にも言葉が通じない。


「埒があかないな」とリュシアン。「こうなったらひとりずつ、自分のアピールポイントを披露したらどうだ?」

 これはきっと時間稼ぎをするための提案だろう。

「それでも彼女の考えが変わらなかったら、完全に脈なしだ。諦めたほうがいい」


 リュシアン! なんていいヤツなんだ。


「外野は黙っていろ。お前は彼女を好きではないのだろう? 傍観者に徹しろ」ディディエが従兄をにらむ。

「ですがアピールポイントは良い考えですよ。アニエス嬢が私たちのことをよく知らないことは事実ですからね」とジスラン。「ではまずは私から」


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